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信じてる【5分で読める短編小説(ショートショート)】

ある日突然、私たち平凡な家族の平凡な生活が奪われた。

3年前のあの日、主人はいつも通り7時過ぎに家を出て、息子も8時過ぎにはいつも通り登校した。

私は朝のバタバタした時間が過ぎ、束の間の休息をリビングでボーッと過ごしていた。その時、家の電話が鳴り、平凡な生活の時計の針が止まった。

『はい、近藤です』

『●●署の者ですが、先ほどご主人が痴漢の容疑で逮捕されました』

一瞬、理解が追い付かず受話器を握ったまま黙っていると、『奥さん、奥さん、聞こえてますか?』という呼びかけに我に返った。

電話を切った後も信じることができず、『何かの間違えよ、主人に限ってそんなことするハズないじゃない』、『そもそも本当にさっきの電話は警察?イタズラ電話じゃないの?』と思い、自ら確かめるために警察署へ電話をした。

現実だった。

暫くすると再び電話が鳴り我に返る。

『はい・・・』

主人の会社からだった。

『朝から熱を出して寝込んでいるので今日はお休みさせてください』適当に取り繕い電話を切った。

なぜ、主人が?魔が差したの?いや、正義感が誰よりも強い主人は絶対に痴漢などする人ではない。

それに・・・今日は私の誕生日。何より家族の記念日を大事にする主人が今日に限ってそんなことをするはずがない。

『じゃ、今日は早めに仕事切り上げるから』と言って出ていき、19時に駅前にオープンしたチェーン店の焼肉屋に家族で行く予定だった。


その後、警察から再度連絡が入り、主人は一貫して「自分はやっていない」と容疑を否認し続けているという。

私の中で主人の冤罪は確信に変わった!そして、この時から私たち家族の戦いが始まった。

ちなみに日本における痴漢冤罪が証明され、無罪となる確率は0.1%以下。

私は覚悟を決めた!

その後、主人は15年勤めていた会社を限りなく解雇に近いカタチで自主退社させられた。

噂はあっという間に広がり、息子の学校にまでその声は届いてしまった。

しかし、私は逃げも隠れもしたくない。息子には「お父さんはやっていないから胸を張って学校に行きなさい」と言ったが、「もし行きたくないなら行かなくてもいいわよ」とも言った。

息子は嫌な顔をすることなく学校に通い、時に帰宅するなり部屋にとじこもることもあった。

最悪、イジメにあった場合、私は学校に乗り込んででも命がけで息子を守りぬくつもりだった。

しかし、息子は一度も弱音を吐くことはなかった。

あれから丸3年、ついに主人の無実が証明された。

小学生だった息子は中学生になっていた。

被害を訴えていた女性が、その後も痴漢被害を何度も何度も訴え、3年間でその件数は30年を超えていたという。

そして、10人以上が冤罪を訴え、残りの被害者は示談金を支払い和解している。

あまりにも短期間に被害件数が多いことから警察が動きだした。そして、少女の自作自演だったことが判明した。

少女は法廷で実際に痴漢に悩んでいた過去を告白した。最初の被害は高校1年生の時だったという。怖くて声を出すことも出来なかったそうだ。

その日以降、同一人物と思われる男からの痴漢は続き、車両を変え、時間を変えても狙われ続けた。しかし、誰にも相談もできなかったそうだ。

そんなある時、ひとりの勇敢な乗客が痴漢を捕まえてくれた。その時、痴漢男性はその場で土下座し30万円差し出してきたという。

そして、少女は『痴漢被害』でお金を稼ぐことを思いついたという。

そんなことで私たち家族の平凡な生活を奪った被告を絶対に許さない思ったけど・・・法廷にいた被告の両親が泣いている姿を目にした時、もう終わりにしようと思った。

法廷を出た私たち家族は暫く無言だったが、息子の「久々に焼肉屋行こうよ!」の一声で笑顔になり、「そうだな、お母さんの誕生会の仕切り直しだ!」そう主人が言うと、私たち家族の平凡な日常が再びはじまった。





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