ひみつ【5分で読める短編小説(ショートショート)】
いつか言わなければと思っていながら、なかなか言い出せず、結果的に「ひみつ」になってしまうことがある。
私と妻は20数年前、お互い小さな子どもを連れて再婚した。
私の子どもは当時、ニ歳半の男の子。妻の子は一歳半の女の子だった。妻も私も元パートナーの浮気が原因で離婚した。
つまり、妻は息子の本当の母ではなく、私は娘の本当の父ではない。
無論、息子と娘も血の繋がった本当の兄妹ではない。
しかし、「本当は血が繋がってるんじゃないか?」と錯覚してしまうほど、強い絆があり、全員を平等に愛している。
妻とは結婚当初、子どもたちが物心が付いたらタイミングをみて打ち明けようと話していたが、いつしかお互いにその話題を避けるようになっていた。
気が付いたら二人とも成人し、息子は都内で社会人として働きながら一人暮らしをしている。
娘は短大を卒業後、地元の企業に就職し事務員として働いているが、一人暮らしをすることなく、今も私たち夫婦と共に暮らしている。
そんな娘が結婚することとなった。
相手は会社の同期で娘の2つ年上の好青年。
娘が初めて彼氏を家に連れて来た時、大人げなく嫉妬し、挨拶もそこそこに一人寝室に閉じこもっていたことを鮮明に覚えている。
彼氏が帰宅した後、妻と娘から「何なのあの態度は!?」「いくら何でも失礼じゃない!」などと猛攻撃を受け、翌週、改めて4人で食事をした。
そして、その時、彼氏の口から出たのは一番聞きたくない言葉、一番恐れていた言葉だった。
「一生、幸せにします!美空さんを僕にください!」
心臓が止まるかと思った。
心臓の音が皆に聞こえるのではないかと思うほどバクバクした。
「妻が命を懸けて産み、ふたりで命を懸けて守り、今日まで育ててきました。どうか、私たちに変わり、美空を命がけで守り、一生幸せにしてください。お願いいたします」
グッと涙をこらえて頭を下げた。
妻も目を真っ赤にして「どうぞよろしくお願いします」と言い頭を下げた。
そして、遂に「ひみつ」を打ち明けることなく結婚式当日を迎えてしまった。
ヴァージンロードを歩いている時、走馬灯の様に美空との思い出が頭を掛け巡った。
初めて美空と会った日の事、初めて4人でピクニックに行った時の事、初めて美空を名前で呼んだ時の事、初めてオムツを変えたこと・・・
たくさんケンカもしたし、その分たくさん笑った。
もう血の繋がりに拘る必要はないのかもしれない。
血が繋がってなくても親子であることは変わりがないし、どんな血の繋がった親子にも負けない自信がある!
結婚式はいよいよ終盤を迎え、娘から感謝のスピーチが始まった。
そして、私は一瞬耳を疑った。
「お父さん、お母さん、今日まで育ててくれてありがとう。私は二人の娘になれて心から幸せでした!お父さんは世界で一番の父親です。お母さんは世界一の母親です」
ずっと泣くまいと我慢していたが…
「今日、嫁ぎますが、例え血が繋がっていなくても、一生、お父さんの娘です」
人目もはばからず泣いた。
そして、ようやく長年の胸のつかえがとれ、本当の意味で父親になれた気がした。
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