見出し画像

The Match 2022: 那須川天心VS武尊 / もう地上波なんていらない?(アメリカの場合) Part 2

Part 1 はこちらです >>>

(1974年10月30日に行われたモハメド・アリVSジョージ・フォアマン)

1940年代から存在するアメリカのPPVマーケット


 The Match 2022の地上波放送が消滅したせいか、最近になって「格闘技はこれからPPVで流す時代だ」といった発言をよく目にするようになりましたけど、果たしてそうなのか?
 これを論じる前に、まずアメリカのPPVの歴史を振り返ってみたいと思います。

 PPVの始まりは、会場に人を集め入場料をとってみせるクローズト・サーキットです。これはもう1948年のジョー・ルイス対ジャージー・ジョーの頃から実施されていたんですね。
 そんなクローズト・サーキットの繁栄期は1960と70年代でしたが、その原動力は、モハメド・アリというたった1人のボクサーの存在でした。
 18歳で五輪金メダルを獲得し、22歳でWBC世界ヘビー級チャンピオンとなり、9度の防衛に成功した後にベトナム戦争への徴兵を拒み、タイトルを剥奪され、3年間のブランクを経て復帰したアリは、アメリカだけでなく、世界中の誰もが知る文化的アイコンでした。
 クローズト・サーキットでも怪物的な販売件数を弾き出したのは、そんなアリの試合だけでした。
 「ランブル・イン・ザ・ジャングル」(キンシャサの奇跡)という謳い文句でも有名な1974年に行われたアリ対ジョージ・フォアマンのWBA・WBC世界統一ヘビー級タイトルマッチは5000万件、翌年の「スリラー・イン・マニラ」アリ対ジョー・フレージャーの3戦目、WBA・WBC世界ヘビー級タイトルマッチの方は、1億件も売れたそうです。

 そして80年代に入り、PPVは、ケーブルTV(または衛星放送サービス)という新しいプラットフォームに移行し、PPVマーケットは第二次全盛期に突入。
 80年代にアメリカに住み、実際にテレビを観ていた人たちに、PPVで大成功したイベントは?と聞くと、大体「ボクシングとレッスルマニア」と答えると思うんです。
 そうなんです。アメリカでは80年代から、フットボール、野球、バスケ、ホッケー、テニス、ゴルフは地上波で観れるけど、それ以外はケーブルTV局かPPV放送で観る。
 これが普通だったんです。
 そしてこの時期に、大々的にPPVマーケットに参入してきたのがプロレスで、その中でもPPVのお陰で、企業としても飛躍的な大成長を成し遂げたのがWWF(現WWE)なんです。

 ここで、少し、話を整理したいと思います。 
 1980年の少し前から、アメリカのTVは:
1)地上波

2)ケーブルTV(または衛星放送サービス)があり、
そのケーブルTVには、契約すればくっついてくる
A)俗に「フリー・チャンネル」と呼ばれるケーブルTVの付属チャンネルと
リモコンのボタンを押せば簡単に購入できるけど
B)毎月の定額料金のかかる有料チャンネルと
C)単発で購入できるPPV放送
があったんです。
 そしてほとんどの中流のちょい下以上の家庭はケーブルTVを引いていたんですね。
 それはTVについてくるアンテナだけでは地上波ですら、まともに観れなかったから。(だからわたしは「アメリカの地上波は詐欺だ」と言っているんです)
 もうその時から、日本のテレビだと、TBSとか日本テレビを観るのと同じ感覚で見ていたのが、ESPN、MTV、HBOのようなケーブルTV局。
 ちょっとスペシャルな時に観たのがPPV放送。
 これが一般的なアメリカの「お茶の間」だったんですね。
 つまりですね、地上波が持つTVマーケットのパイは、日本の地上波のそれと比べると、もうこの時から、かなり小さかったんです。日本のTVと比べると、この時からかなり多様化されていたのがアメリカのTVなんですよね。

(レッスルマニア3のメイン、ハルク・ホーガンVSアンドレ・ザ・ジャイアント)

 そんな80年代から90年代の初めぐらいまでは、ボクシングというコンテンツに関しては、アリ対ラリー・ホームズもシュガー・レイ・レナード対トーマス・ハーンズも「こっちじゃねえ!俺がミックスした方だ!」という、あの悪名高いトレーナー、パナマ・ルイスの怒号が響いたアレクシス・アルゲリョ対アーロン・プライアーも、HBOという有料チャンネルに加入して観るものでした。
 毎月の定額料金はかかるけど、他のボクシングのタイトルマッチや映画も観れるから、ま、いいか、みたいな感覚でした。

 それがWWF(現WWE)のレッスルマニア3でのハルク・ホーガン対アンドレ・ザ・ジャイアントのような一夜限りのイベントとなると、PPVで一回5000円ぐらい払わないと観れない。
 ま、けど、それも友達の家に集まって、みんなで5ドルずつぐらい出せば大した出費じゃないでしょ。
 そんな感じで、みんなでお金を出してPPVを買い、悪友のリビングルームでビール飲みながら、アンドレがホーガンにボディスラムで叩きつけられるのを観て、大騒ぎしていたんです。

 これ、1987、88年の話です。

ボクシング中継を変えたマイク・タイソン

(マイク・タイソンが20歳5ヶ月でWBC世界ヘビー級タイトルを獲得したトレバー・バービック戦)

 この少しぐらい前のタイミングで、凄いファイターが現れたんです。 
 ボクシングだけでなく、プロ・スポーツ界の全てをスポットライトをかっさらっていくのでは? 

 それがマイク・タイソンでした。
 
 彼の出現により、ボクシング中継が変わりました。 
 それまではHBOかライバル局のSHOWTIMEに加入すれば、タイソンの試合も、その他のボクシングのタイトルマッチも観れたんです。
 でもタイソンがマイケル・スピンクスを秒殺したあたりから、これはHBOの定額料金じゃもったいないだろ、という話になったのか、タイソンの試合もPPVになっちゃったんです。 
 ですからタイソン対ラリー・ホームズは、友達の家のパーティーで観ました。 
 「PPVは安くない!」と書いてある紙の貼った、カンパを募るバケツが回ってきたのを覚えてます。 

 タイソンほど、アメリカのPPVマーケットに大きな影響を与えたスポーツ選手はいないと思うんです。 
 それまでは、PPVでもいけるっしょ、となるにはホーガン対アンドレというメインの他にも、”マッチョマン”ランディ・サベージ対リッキー”ザ・ドラゴン”スティムボート、ホンキー・トンク・マン対ジェイク”ザ・スネイク”ロバーツ、ハーリー・レイス対ジャンクヤード・ドッグ、敗者髪切りマッチで”ラウディ”ロディ・パイパー対”アドラブル”アドリアン・アドニスといった具合に、上から下までそれなりにビックマッチを組まないとダメ。 
 そんな感じだったんですけど、タイソン1人だけも十分にPPVいけるじゃん、という話になったんです。 
 1985年にプロ・デビューしたタイソンは、1988年にWBCヘビー級世界タイトルを獲得した時点で28戦26KO勝ちでした。 
 KO率92.9%です。 
 あの野獣のようなタイソンの猛攻をどれだけ耐えれるのか。そして最終的に、タイソンにぶん殴られるて崩れ落ちるところを観たい。 
 交通事故が起こるのをわかっていて、いつ起きる、いつ起きる、とビクビクしながら観る。 
 普段ボクシングを観ないオーディエンスからしたら、当時のタイソンの試合って、そんな感じだったと思うんです。  
 これならお金を払っても良い。 
 それほど、タイソンのKOシーンの衝撃度が高かったんですね。 
 ショック・バリューというやつです。 
 彼の試合なら、誰が相手でも5000円ぐらい、すぐに出しますよ。 
 そんなコンテンツが「マイク・タイソン」だったんです。

 HBOが、ボクシング中継を始めたのは1973年です。
 ということは、初めの15年ぐらいは、HBOがライセンス・フィーをプロモーターに支払い、一定の数のタイトルマッチなどをオンエアしていた。それがタイソンの出現により、PPVの売れる選手の試合はPPVにしましょうよ、という風にコンテンツによりアジャストしていったということなんですよね。
 ちなみに、ケーブルTVがPPVマーケットを独占しいたこの時期は、ボクシングやプロレスの他にも、大学バスケ、ロデオ、ライブコンサート、ビキニ・コンテストなど色んなコンテンツがPPV放送されました。
 でも圧倒的に売れたのは、タイソンの試合とレッスルマニアだけでした。
 
 そんなタイソンがイベンダー・ホリフィールドに二連敗を喫したのが1996と97年。
 ボクシング界にとっては都合の良いことに、その翌年の1998年に、フロイド・メイウェザーJR選手が、21歳でWBCライト級タイトルを獲得。
 タイソンのバリューが落ちてきた後も、絶妙な時機にオスカー・デ・ラ・ホーヤ、マニー・パッキャオやメイウェザーなどが頭角を現し、彼らのタイトルマッチはかなりのPPV販売件数を記録。
 ボクシングのPPV繁栄期は、タイソン失速後も、こういったスター選手たちの活躍で、その人気は継続していったんです。

 ただボクシングもPPVマーケットで利益のでる選手は、今も昔もほんの一握りです。
 ボクシングには(2022年の時点での話ですけど)WBC(男子18階級、女子16階級)、WBA(男子17、女子16)、IBF(男子17、女子17)、そしてWBO(男子17、女子17)という4つの組織があり、それぞれ33から35人のチャンピオンを認定しています。
 そうなるとタイトルマッチだけでも、どう数えてもHBOやSHOWTIME中継だけでは、枠が足りないんですよね。
 それにチャンピオンによっては、アメリカで流すよりも自国の地上波で独占中継で流したほうが稼げるというケースも多かったですし、必ずしも、全ての世界タイトルマッチを、アメリカのオーディエンスが観たがるか?となると、決してそうではない。
 個人競技でもゴルフやテニスのようにトーナメント・ベースではなく、試合ベースのボクシングは、選手によりけり。
 自然と、TV中継に関しても、試合または選手によりけりでケースバイケースとなっていたということなんですけど、よく考えてみれば、それはアリ1人が、クローズトサーキットを独占したいた時と、根本的には変わらないんですよね。

 タイトルマッチ抜きにしても、ボクシングは毎週のように試合がたくさん組まれています。
 それに「ボクシング」というスポーツは、NFL/MLB/NBA/NHLのような「プロ・リーグ」ではないですけど、一つの「プロ・スポーツ」として大昔からアメリカや多くの国で、ファンの間でも、そしてボクシングをサポートしてきた協賛企業の間でも、その認知度、ビジネス関係は確立されています。
 そこでESPNがトップ・ランク社と組み、1980年にスタートしたのが「トップ・ランク・ボクシング」という番組だったんです。
 この番組は1996年まで続き、当時はケーブルTV史上最長寿番組となりました。それだけアメリカには、ボクシングを観るオーディエンスがいるということを立証したんですよね。
 1966年に、トップ・ランク社がアメリカ国内のスペイン語市場にシフトすると決め、ESPNとのパートナーシップを解消。
 もちろんESPNは、ボクシングを観るオーディエンスをみすみす逃すようなことはしませんでした。
 2年後の1998年に「フライデー・ナイト・ボクシング」という番組名で、ボクシングの中継を再スタートさせたんです。
 この番組のプロデューサーの1人が、1997年3月1日のヘクター・カマチョ選手との対戦を最後に、現役を引退したレナード選手のマネージャーだったビョン・レブニー。
 そうです、あのベラトールMMAの創設者、前のオーナー社長のビョンです。

(1990年代のWCWの看板カードの一つだったスティングVSザ・グレート・ムタ)

 一方のWWFも、早くからPPV向け大会レッスルマニアを観るのは、プロレス・ファンである、新しいオーディエンスをどんどんと獲得しないといけない、ということを察知していたと思うんです。
 人気コメディ番組「サタデー・ライト・ライブ」の不定期的な代替番組として1985年から1991年の間に29回「サタデー・ナイト・メインイベント」の番組名でをWWFのプロレスをNBCで流しましたし、1992年には、同じ番組名でFOXでも2度WWFはオンエアされました。
 MTVが持つ若いファン層を獲得するためにシンディ・ローパーやミスターTを担ぎ出したのも、この頃です。
 早くからケーブルTVがマーケットのパイを大きな部分を占めていたアメリカでは、もう随分前から、ボクシングもWWFも、地上波、ケーブルTV(と衛星TV)、PPVと、複数のプラットフォームで様々なスター選手やブランドを作ってきたということなんですよね。

 さて、1980年代は順風満帆だった言えるWWF。
 これはプロレスファンなら誰でも知っていることだと思いますけど、90年に入り、二つの大きな問題と向き合うことになります。

 スキャンダルとWCWという競合です。

 1992年にステロイド使用が社会問題となり、最終的には免罪となりましたけど、WWFのCEOビンス・マクマホンJRは起訴され、その裁判は1994年の夏まで続きました。
 1993年にはWWFのスタッフによるセクハラ疑惑も浮上。
 そしてエリック・ビショッフがWCWのシニア・バイス・プレジデントとなり、WWFと真っ向から勝負するぞ!と親会社のターナー・ブロードキャスティング社のトップを説得し、大幅な予算アップを取り付けたのが1994年です。
 WCWの制作拠点をフロリダのディズニー・MGMスタジオに移し、ハルク・ホーガンとリック・フレアーと契約。PPV大会の数も、この年は7回に増えました。
 1995年になると、WCWはケーブルTV局のTNTで「マンデー・ナイトロ」という番組をスタートさせます。同じくケーブルTV局USAネットワークで1993年の1月から続いているWWFの人気番組「マンデー・ナイト・ロウ」と全く同じ時間帯にぶつけてきたのです。
 アメリカのプロレス・ファンは、この月曜日の夜の枠について語るときに、今でも「マンデー・ナイト・ワー」という言葉を使いますけど、まさに、WWFとWCWとの間で、ガップリ四つの戦争が勃発したんですね。

 そして同じ年にWINDOWS 95とMacOSが発売スタート。
 わたし、IT業界には疎いです。が、TCP/IPが標準化されてインターネットという概念が誕生したのは1982年とはいえ、個人利用者が一遍に増えたのは、この年だ、というのは間違いないと思うんですね。
 この1995年に、WCWが打ったPPV興行は10回。前年より3回増えています。
 そして1996年に、東芝が世界初の家庭用DVDプレーヤーを発売。
 WCWはこの年、毎月PPV大会を開催しています。
 
 この辺りからプロレス業界にとってのアメリカのPPVマーケットは、新たな転換期を向かえたと思うんです。
 ボクシングとプロレスは、全くの別物。
 ボクシングはスポーツ・競技だけど、プロレスはエンターテイメント。
 それを明確にに示したのがアメリカのPPVマーケットだと思うんです。

 スポーツファンは、どうしても生中継で観たい、試合結果をすぐに知りたい、勝敗を決するその瞬間を観たい、他のファンとも感動と興奮を共有したい、と思う人が多いらいしいんですが、プロレス・ファンの場合は、若干違ったんですよね。
 結果よりもストーリー重視のショーなんで、別にライブで観なくてもいいかな、特に5000円とか払わないといけなのなら。それならDVDが出るまで待てば特典映像も楽しめるし、少し待てばケーブルTVで再放送されるかもしれないし、違法かもしれないけどネットで動画も上がってくるし、という感覚のオーディエンスが多かったんですね。
 自分の好きなDVDを持ち歩いたり、旅行に持っていく人も増えたので、プロレスと映画のPPV購買件数がみるみるうちに下がっていったのも、この時期でした。
 そんな状況でも、結局生き残ったのは、WWFでした。
 ただここで特筆すべきは、最終的には崩壊したWCWも、WWFの真似ごとだったのかもしれないですけど、同じように複数のプラットフォームで映像を流していたんで、本来ならば継続して当然という数字を弾き出していたんです。
 1998年にはWCWの「マンデー・ナイトロ」はWWFの「マンデー・ナイト・ロウ」を視聴世帯数で越えましたし、2001年にWWFに買収された時点でも、TNTとTBSというターナー・ブロードキャスティング傘下の二大ケーブル局で、どの番組よりも高い視聴世帯数という「数字」を持っていたのはWCWだったんです。
 それでも結局消滅したその理由を簡単に説明しちゃえば、ターナー・ブロードキャスティングの親会社のタイム・ワーナー社とAOL社が合併。元々プロレスというコンテンツに手を出したテッド・ターナーのコントロールがなくなり、新しくきた社長のジェイミ・ケルナーが、これからはTNTとTBSはファミリー向けのコンテンツに特化するぞ、プロレスはそれに相応しくない、と判断して、超がつくほどの安値でWWFに売却してしまったんですよね。
 当時、他にもWCWを買収したがっていたグループがいたので、複数のプラットフォームでブランドやスターを作ってきたWCWのビジネス展開は、WWFと同じで、その時代にあった正しい動きだったと言えると思うんです。
 だからこそ、WWFは、スキャンダルに見舞われても、WCWのような強力な競合会社が現れても、この時期をしっかりと生き残れたのでは?とわたしは思っているんです。

 ちょうどWWFがWCWを買い取って潰したぐらいと同じタイミングで、ISDNやADSLといったものが登場し、常時接続してもコストの安いサービスが可能になり、ネット利用者が画期的に増えたんですよね。
 映画でもドラマでもスポーツでも新聞でも雑誌でも漫画でも電話でも、なんでもネットで、という時代に突入しました。
 グーグルが検索サービスの標準になったり、Skypeを使い、お金を払わずに電話をするようになったのもこの頃です。

新たなPPVマーケットの雄・UFCの台頭

(TUFシーズン1のフィナーレで行われたフォレスト・グリフィン VSステファン・ボナー)

 そんな時代に人気が爆発し、あっという間にアメリカのPPVマーケット最大のブランドになったのが、UFCなんです。
 MMAファンならご存知だと思いますが、UFCが設立されたのは1993年ですけど、2005年にSpike TVというケーブルTV局でオンエアがスタートした「The Ultimate Fighter (TUF) 」というリアリティ番組が当たるまでは、その経営状態は青息吐息。
 帳簿上の赤字は50億円を越えていると言われていました。
 元々アメリカのPPVマーケットでは、UFCはまだまだアンダーグラウンド的なイメージが強かったんですけど、TUFでの成功を足掛かりに、UFCは一瞬にしてメインストリーム化。
 TUFシーズン1の僅か2年後の2007年には、PPVのトータル販売件数でボクシングを越え、PPVマーケットでのトップの座を奪取。
 1948年に始まったクローズト・サーキット時代からPPVマーケットを独占してきたボクシングに、初めて辛酸を嘗めさせたスポーツ・コンテンツが、UFCだったんです。

(460万件という驚異的なPPV販売件数を記録した2015年5月2日のフロイド・メイウェザーVSマニー・パッキャオ)

アメリカのPPVマーケットが衰退した理由は、DVD、ネトフリ、メイウェザー?

 DVD(とブルーレイ)の次にアメリカのPPVマーケットの衰退に拍車をかけたのが、2007年に配信サービスをスタートしたネットフリックスなどの配信サービス会社です。
(この前年に初インターンを雇ったFacebook、この時点ですでにユーザーの数が3億人を突破していたTwitterなどのSNSも、このあたりから徐々にPPVマーケットに大きな影響を及ぼしていきます)
 配信サービスは瞬く間に多くのオーディエンスを獲得し、配信サービス会社は大成長し、ネットフリックスは2013年には独自のドラマや映画制作に乗り出しています。
 そして2015年に、メイウェザーがパッキャオ、アンドレ・ベルトと対戦した後に、現役を引退。

 ここでアメリカのPPVマーケットは、更に衰退したんですね。
 メイウェザーというPPVで稼げるスターがいなくなり、わざわざお金かけなくても、一定の定額料金を払えば、他にもたくさんのエンターテイメントが観れる時代。
 それでも一度のイベントに5000円から1万円かけても観たい。
それだけの購買意欲を促進してくれるだけの、衝撃的な強さを誇るアスリート、または多くのファンを抱えるタレント。
 それがなかなか出てきてないのが、今のアメリカのPPVマーケットなんです。
 最大のブランドであるUFCが、ESPNでの中継とPPV放送のパッケージになっている今、アメリカのPPVマーケットは、メイウェザーの抜けた穴を埋めるのに、かなり時間がかかっている、ということなんです。

 最近だとタイソン・フューリー選手対デオンテイ・ワイルダー選手の試合はそれなりに売れました。それでも3試合やって、PPV販売件数は、約32万5000件、85万件、60万件です。
 他の試合に関しては、フューリー選手はPPV放送はなし。ワイルダー選手に関してはルイス・オルティス選手との再戦だけで、27万件ぐらいしか売れていません。
 ポール兄弟のようなYouTubeから出てきたタレントも、最初は話題になったのでPPVは売れました。
 ジェイク・ポールとベン・アスクレン選手がメインだったTrillerは160万件近く売れたらしいですけど、その後のタイロン・ウッドリー選手との2連戦は、約50万件、20万件と下降の一途を辿っています。
 ローガン・ポールも、メイウェザーと絡んでやっと約100万件です。
 他にもブランドで言えば、素手で殴り合う衝撃度が受けて、BKFCがそれなりの販売件数を記録してます。
 でもまだまだアリ、タイソン、メイウェザーやWWF、UFCのように、コンスタントにPPVがたくさん売れるというレベルには達していない。
 これがアメリカのPPVマーケットの現状なんですね。

 少し長くなりましたが、80年ぐらい前からあったアメリカのPPVマーケットの歴史をこう振り返ってみると、いつの時代でも、売れるコンテンツのタイプは二つだというのが、お分かりになると思います。
 WWFやUFCのような圧倒的なバリューを持つブランドか、アリやタイソン、メイウェザーのような世間からの注目度も高く、熱狂的なファンや信者のいるアスリート(またはタレント)。
 これは今日も変わっていないと思うんです。
 ボクシングの世界チャンピオンのタイトルマッチは、ケーブルTV局でのオンエアなのに、YouTubeから生まれたタレント、ポール兄弟の試合の方はPPV中継。 
 この階級の世界最強は誰か?どっちが勝つか?という競技的観点よりも、ポールのようなファンの多いタレントが元UFCファイターに勝てるか?というテンタメ要素の強いコンテンツの方がPPVマーケットでは商売になる、ということなんですよね。
 
 ボクシングを見ても明らかですけど、これまでPPVで大金を稼げた選手は、ほんの一握り。
 下手したら、片手で数えられるほどです。
 (2022年の時点で)WBC、WBA、IBF、WBO4つの組織にトータルで135人の世界チャンピオンがいますけど、何人の名前がすぐに言えますか?
 そう考えてみれば、理の当然なんですよね。

 フジテレビがThe Match 2022の中継から手を引いた時に、世界どこでも格闘技は地上波で流れてないとか、ボクも地上波なんて観てないから必要ない、みたいな声が散見されましたけど、ここまで書けばお分かりになると思いますが、もう随分前から、そしてこれからも複数のプラットフォームでコンテンツが流れる時代だと思うので、地上波も配信会社もケーブルもSNSも、試合の映像が流れるプラットフォーム全てが、アスリートにとっては重要な筈なんです。
 PPVがあれば十分と言えるのは、結局今の日本のマーケットでは朝倉未来選手だけであって、この論理が、他のMMAファイターたちに当てはまる筈ないんですよね。
 それはなぜか?
 今の日本というマーケットでの「朝倉未来」というコンテンツは、アメリカのPPVマーケットで例えると、70年代のアリであり、80年代から90年代のタイソン、2000年のメイウェザーと同じだと思うんです。
 勘違いしないでくださいね。
 別に未来選手が、ファイターとして、そしてプロ・アスリートとして、アリ、タイソン、メイウェザーと同じだと言っているのではありません。
 あくまでも、日本というマーケットだけの話ですけど「朝倉未来」は、確実にそれなりの利益が見込めるコンテンツです、という話なんです。
 そして他の日本のMMAファイターたちは、アメリカのPPVマーケットで例えるのなら、一般ではあまり知られていないWBCやWBAなどの世界チャンピオンみたいなもんなんです。
 ですから未来選手が「PPVの方が稼げる」というのは、ドンピシャの正しい意見・考えだと思いますけど、それは「朝倉未来」という日本のPPVマーケットで稼げるコンテンツとなったブランドでありタレントだからこそであって、彼とは雲泥の差の知名度の選手たちが同じことを言うのは、完全に的外れだとわたしは思っているんです。
 もちろん、地上波放送が無くなっちゃったけど、格闘技業界には、そしてプロモーターの皆さんにも頑張ってほしいから!という気持ちで、そういった類のことを言う選手たちの気持ちはわかりますが。

(「朝倉未来と会うだけで2億円もらえた」と記者会見後に明かしたメイウェザー / ©︎Getty Images)

コード・カッターズとコード・ネバーズを追え!

 日本とアメリカとではTV業界の構造も公共放送に関しての法律も違うので、一概に比較できるものではないですけど、最後に、あくまでも一つの例として、現在アメリカのプロ・スポーツが、どんなライセンス契約を結んでいるのかについて、書きたいと思います。

 Part 1でも触れましたけど、NFLはNBCとCBSとFOXと契約してますし、NHLはABCとケーブルTVのESPNとTNTで観れます。
 NBAは、ABCで年間19試合、ESPNで82試合、TNTで67試合、そしてNBA TVで106試合中継されます。
 2016・17年シーズンからスタートしている9年契約は、総額約3兆2400億円です。
 この契約も2024年に終わるので、2025年からの契約の交渉を始めているらしいですけど、人気沸騰中のNBAなので、そのライセンス契約の額は、年間約10兆125億円ぐらいに跳ね上がるのでは?とアメリカのメディアでは予想されています。

 MLBは、こんな感じなんです。
 まず地元のケーブルTV局が全てのホームゲームをオンエアします。そして試合によっては、全米ケーブルTV局のESPNかFS1かTBSかMLB Network、または地上波のFOXでオンエアされることがありますが、その場合、地元のケーブルTV局の中継はブロックされます。
 もう50年ぐらい前から、こうやって複数のチャンネルでMLBを観るのがごく普通のことだったんです。
 巨人の試合は日テレだけ。新日本プロレスはテレビ朝日だけ。
 1980年にアメリカに移住したわたしには、それが当たり前だと思ってたんで、アメリカのテレビでどうやってプロ・スポーツを観るのか?始めはかなり戸惑いました。

 最近、アメリカでテレビ業界を語る時に、コード・カッターズ(Code-Cutters)とコード・ネバーズ(Code-Nevers)という言葉をよく耳にします。
 ケーブルTVと契約すると壁から出てくるコードがボックスに接続され、それがTVに繋がるんですけど、そんなケーブルTVとは解約。ネットだけにすわ、という人たちのことをコード・カッターズと呼んでいるんですね。
 我が家なんて、まさにこのコード・カッターズです。
 中学生の頃から数えたら40年以上お付き合いをしていたケーブルTVは、5年ほど前に解約して、Fire Stickを使ってテレビを楽しんでいます。
 コード・ネバーズは、ケーブルTVなんて引いたことない人たち。もうテレビすら買ったことない。全部コンピューターや携帯で観る。
 そんな人たちのことです。
 余談ですけど、弊社でマネジメントさせて頂いている井上直樹選手が、典型的なこのコード・ネバーズです。
 彼のアパートには、新品のTVが初めからついてきたのに、コンセントすら繋げてないんで、観ないの?と聞いたら、つけたことすらないと言うんです。
 え、けど映画とかな大きな画面で観たくない?と聞いたら、彼はこう答えました。
 「映画は映画館で観ます」
 これがコード・ネバーズの感覚みたいです。
 そんなコード・ネバーズを獲得するために、MLBは今年から、Apple.TVで金曜日の夜の試合を、そしてPEACOCKで日曜日のデーゲームの中継を始めました。

 これと比べると、日本の格闘技となると、必ず名前が上がるフジテレビを見ても、バブルが弾けてもう30年近く経つのに、今だに昼間はテレフォンショッピングや、昔のドラマの再放送を流している訳ですから、決して景気が良くないというのは、わたしのようなど素人が外野から見ているレベルでも、なんとなく察しがつきます。
 ネット配信一つをとっても、アメリカの4大ネットワークと比べると、足枷でもあるんですか?と問いたくなるぐらい、フットワークが重いのが、手にとるようにわかります。

 だからと言って、このまま日本の地上波が何もせずに、競合会社がマーケットのパイをどんどんと占めていくところを、諦めてボケッ〜と見ながら何もしない訳ないでしょ、とわたしは思うんです。(そんなことしたら株主も怒りだすと思いたいです)
 まずどの国でも、地上波には圧倒的なリーチがあります。瞬時にして多くのオーディエンスにアピールできますし、なんと言っても、アメリカと違って、日本の地上波は、ブランド力がまだまだ強いと思うんですよね。
 地上波ならギャラなしでも出ます、なんて言うタレントがたくさんいることがそれを証明していると思います。
 日本というマーケットでは、地上波への憧れは大きい。
 これはデカイと思うんです。
 それに日本の地上波の場合は、全国にローカル局を抱えています。本来ならば、20年ぐらい前にやっていれば、今頃凄いことになってたと思うんですけど、景気の左右されやすい広告収入だけに頼らずに、他の配信サービス会社などとタッグを組みつつ、全国津々浦々に広がるローカル局やラジオ局を駆使し、ネットでのサブスクリプション収入など他の収入源も構築していけば。 
 そしてテレビの前に座っている従来のオーディエンスだけでなく(日本にはそんなに多くないですけど)コード・カッターズと、日本でもわんさかいるコード・ネバーズを本気で獲得することに本腰を入れたら。
 いくらでも巻き返しは可能なのでは?
 聞くところによると、コロナの影響でローカル局の経営状態がかなり悪化している所が多いらしいので、ここで業界再編成みたいのが大きな動きが起きて欲しいと、個人的には期待しているんです。

 そうなると、やはりキラーコンテンツを作れるブランドやタレントの需要がどうしても高くなる。
 これは、火を見るより明らかだと思うんですね。

 The Match 2022に関しては、フジテレビにフラれた形となった榊原さんですけど、それなら、と手持ちのコマの中で、一番数字の取れる2人であるメイウェザーと未来選手をぶつけたのは、これは、地上波なんていらない!と言いたかったわけではないと思うんです。
 むしろ逆で、うちはこれだけいいコンテンツが作れるんですよ。利益が見込めるじゃないですか。明日の天心VS武尊のPPV販売件数を見てください。もう一度交渉のテーブルについても損はないでしょ。 
 「フロイド・メイウェザーJRVS朝倉未来」というコンテンツは、地上波を含む、全てのプラットフォームに対しての、榊原さんのそんなメッセージだとわたしは思っているんです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?