タピ子_Queen_of_the_Sweets_03

「バイラル・ライバル #03」 タピ子 Queen of the Sweets

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 あばら屋の入り口に静かに立つ。タピ子はそこから長年暮らした我が家を──誰もいない我が家の中を、ただ独り黙って眺めていた。そのあばら屋は切り立った崖の麓にある。だからそこは日中でも薄暗い。入り口から僅かに入り込む日の光はちょうどタピ子が遮る形となり、質素な調度の上に、人の形をした影を落としている。

「ふふっ」タピ子は静かに笑った。特に思い入れなどないはずだった。しかし、離れるとなると少し寂しい。

「よし、行くか……」

 タピ子は風来坊然とした粗末なボンサックを肩に背負い、そして体を翻した。前を向き、決然とした表情で歩き出す。

「行こう。聖地ジユー・ガ・オーカへ」

🍰🍰🍰

「なんだお前は……なんなんだお前はぁあ!」

 チーズティーのチズ羽は絶望し、叫んでいた。そんなはずはない。あるはずがない。私の力が通用しないなど、あってはならない!

 そのチズ羽の眼前。対峙する一人の少女。長い黒髪をなびかせたスレンダーな体型。その衣装は銀色の光沢を帯びたライダースーツ状のタイトなもので、その表面をネオンめいた奇妙な光が明滅している。

 少女は手の甲をチズ羽に向け、己の顔の前へと掲げた。そしてささやくようにして言った。「私は未来から来た」その眼光。そこにはすべてを圧倒する凄みがある!

 チズ羽は恐怖した。「う、うわぁああ!!」そして恐慌にかられ強烈なフックを放っていた。その刹那の間、チズ羽の脳裏に想いが瞬く。

(私の流行力(ブームちから)は日の出の勢いなんだ……私の流行力はいずれ、あのタピオカ・ミルクティーだって凌ぐ……負けるはずがない。この私が! 負けるはずなどない!)

 その拳。そこには塩味を効かせたとろとろの甘みが乗っていた。凡百のスイーツ妖精であればこの一撃で終わりとなったであろう。

 だが──!

 その拳が眼前の少女に届くことはなかった。チズ羽の拳は少女の前で凍りつき……そして砕け散った。「バカな!」少女はゆらり、と両の手を交差するようにして顔の前へと掲げて言った。「瞬・間・凍・結」

「くそっ……認めるものかっ」チズ羽は砕けた左腕を押え、そして覚悟を決めた。「認めるものか……負けてたまるものかっ。私は立つ……いずれ私はスイーツ妖精たちの頂点に立つ! それが私だ! チーズティーのチズ羽だ!!」

 チズ羽は決死の力を奮った。体を捻り、凄まじい回転を乗せた蹴りを放つ。その蹴りはふわふわな生クリームとチーズクリームを纏い、恐ろしく濃厚である! それはまさに必殺の一撃!

 ズガン! チズ羽の蹴りが少女の胴体を貫いた──しかし。「ゲル化」少女のささやきと共にその体がどろりと崩れた。そしてぎゅるん、渦を巻くようにしてチズ羽の背後に再び少女の姿が現れた。

(なんだ……これは……)

 チズ羽は戦慄した。これは現実なのか? そして震えた。「お前は……お前はいったい何者なんだ」チズ羽は背後を振り返った。「お前は……本当にスイーツ妖精なのか?」

 そこには少女の鋭い眼差しがあった。「言ったはずだ。私は未来から来たのだと!」パン! 少女はチズ羽に向けて己の手と手を重ね合わせた。

「泡化(エスプーマ)!」

「あ……ああぁあ……」チズ羽の体が泡となって散っていく。「さらばだ。スイーツ妖精の戦士よ。これが科学が産み出した甘味──分子ガストロノミーの力だ……!

 少女は体を斜めに倒し、顔の前に手を掲げ、モデルのようにポーズを決めた。バーーン!! チズ羽は空へと散った。

 その少女は科学によって産み出された。それは分子ガストロノミーの極致。それは未来の甘味。それはスイーツを越えたスイーツ。それはオーバースイーツである!

 彼女こそはオーバースイーツ。未来から来た少女。オーバースイーツのオバ子!

「私は向かわねばならない。彼の地へ。聖地ジユー・ガ・オーカへ!」

04に続く

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