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CHIMERA ~嵌合体~ 第二章/第二話 『為』        


Michelle Miller(ミシェル・ミラー)
Diary(日記)


SUMMER July 21 「discovery」


 あれから五日も経ってしまった。色々と危なかったわ。
 順番にとにかく記載していく。

 最初は日本人なんて最悪だと思っていたわ。でも、最高の人とも出会った。アメリカでもどこでも、最低最悪な人もいるし、最高最善な人もいる。一部を見てそれを全体と思い込むことがいかに愚かなことかと痛感した。母は父を好きになった理由や、惹かれる理由もなんだか分かってきた気もする。そんな五日間だった。


July 16 Night of the day


 謎の村への侵入前にこの日記やM4カービンといった大きな武器系はバラしたまま、もともと持参してきたバックパックごと隠して置いていった。
 所持したのはSIG M17ハンドガン軍用コンバットナイフ、拾ったノートPCが入ったPCリュックにスマホだけという、比較的に身軽な装備で向かい、目的は「充電」と「村の調査」だけに特化したの。

 ノートPC持参の理由は、念のためここがどこかの軍か研究所側の何らかの駐屯地といった場所だったらという期待と、この手に入れたスマホはアジアエリアで流通している一般的な物だから、ここの村人も持っているだろうと予測したその充電器がUSBタイプのコードだけだと嫌だったからっていう理由もある。PCリュックの内ポケットにはノートPCのACアダプタは入っていたから、PC充電と同時にスマホも充電が可能な状態にできるとも計算してね。

 侵入時の時間は23時。外を出歩く人影もほとんどなくなった時間なので村への侵入は楽だった。この日は夕方前からこの時間まで観察していたが、みんながみんな、女性や子供まで全員が『白装束』をきていた。父が持っていた写真や日本の話からも、そんな習慣は見たり聞いたこともない。地域的なことなのか、なにか『世界』が違うのか・・・・・・

 見張っていた最中、ここの村人の二名が焼身自殺していた真っ黒に焦げつくした死体を担架で運びこんでいた。あの死体はここの村人だったのかもしれないが、ここ一体はやはり自殺者が多い地域であり、この周辺のそういった出来事の”あと片付け”をこの村人が行っていたのだ。

 日暮れからずっと、とっくに闇に眼を慣らせてきていた。闇に乗じての隠密は十分訓練されているので、追手から逃げるよりもストレスはない。

 洗濯物の有無や落ちているゴミの砂埃ぐあい、新しい足跡の多さや履物、生活臭などから、人の気配がない建物から順番に探っていった。理想は現在留守にしていて、電気が通っている家なのだが・・・なかなかそんな都合のいい場所は無かった。

 ほとんど廃墟、全体的には廃村のような状態でインフラが整備されているような雰囲気ではない。微かに電気が点いている建物があったが、自家発電なのか、場所によっては車のバッテリーから電力を引いているような家もあった。その車内にシガレット充電があればベストだわね。

 流石に寝込みで侵入し充電などをする危険性を選べる勇気はない。忍者じゃないいんだから。

 最悪は、人がいてもひとまず充電だけさせてもらい、アカウント設定や母への連絡は後で村を出てからという選択肢だが、スマホの電波が入るところまで探していかなければならない。こんな廃村の奥地に、さっきもGPSが入らなかったように基地局があるとは思えない。理想はWifiを通していればだったが・・・・・・

 いくつか建物の内部を物色するが、食料も充電器も、これといったものは特になかった。必要のなくなった何らかのコードがあってもいいものなのに。
 この時点で、ダメだったらノートPCとACアダプタを分解して無理やりスマホ充電器を制作するしかないとも考えていた。当然そんなことはやったこと無いし、そこまで機械科の勉強なんてしたことないけど、車の配線とかとそんない変わらないよね。失敗してもやるしかない状況なのよ。
 なのでついでに工具セット、せめてドライバーでも見つけれればとも思い探していた。

 すると、何のマークかも分からない『エンブレム』が壁や玄関に描かれた、外観はまるで教会のような雰囲気の建物に差しあたり、周囲と窓から中を探ってみた。一般的にはだけど、夜の教会なんて普通は誰もいないはず。外から窓の中に何らかの照明器具も見えたので、電気が通っている可能性も高かった。

 あまりウロウロとしすぎても、ばったりこの怪しい村人に出くわすなんてことも例えこの時間でもないわけでもないし、できれば人が寝ている家に侵入なんてのも避けたい。村の中心部、主要っぽいエリアに何らかの重要施設がありそうなこともなかった。大体が普通の民家だったからここが軍や研究所などの駐屯地や野営地として管理されてこともなさそうだった。
 外観的にそんな分かり易い映画のようにテントを張ってたり、重々しい施設にしていたりなんてことはリアルではない。使えるものはなんでも使う。それがこんな廃墟のような建物でもね。
 概ねの家や小屋に重要施設なら警備員の一人や二人は居るはずだけど、それらも全くなかった。

 普通の一般人の村だ。そう判断し、ノートPC等を分解してみる方向で考えてみることにした。この教会の内部なら一晩ぐらい滞在していても問題は無さそうだし、少しだけ警戒を解いて安心して休憩もできそう。ゆっくりと分解し配線と基板を使い、無理やり繋げてみようと思った。

 あと、すごく怪しい村の人たちだけど、案外話せば分かってくれるんじゃないかしらともこの時、ふと楽観的な期待もした。もちろん見つかることは避けたかったけど、家族の安全が第一だしね。例の遺書と首吊り自殺男性の件で軍人として話に来た。そのプランを、こんな怪しいところで使うなんて不安しかないけど・・・これもまた仕方がない。これで私の”足”がついてしまうならそれもそれまで。最後に、できればドムの顔を見て抱きしめたかった・・・そんなことを考えながらその教会へと窓から侵入した。

 大体、二階の窓は閉められていないか、そもそも鍵なんてないことも多い。こんな田舎では一階ですら鍵がないこともざらにある。特にこのような何らかの宗教施設はそのような罰当たりな人もいなければ、中に貴重品なんてそもそもないことも分かっているため、現にどこからでも入ることができた。

 おそらく大聖堂のような広間だろう部屋から入った。そこの方がとりあえず誰もいない可能性が高いから。すぐ目の前に二階へ上がる階段があったので先に上がり、人が居ないか確認した。もちろんついでになにか物資がないかもね。誰もいないし何もなかったけど。

 一階の広間に戻った。そこは日本のTATAMI(畳)が敷き詰められていた。この畳というイ草の匂いがまたなんだか懐かしい気がした。小さいころにもしかして私はこの日本に来たことがあるのかしら・・・この時、そんな気がしていた。
 広間の奥に別の部屋への扉があった。私たちの教会で言うところの神父や牧師が待機する用のような部屋の位置だ。ゆっくりと木造の引き戸を開けようとした。けども開かなかった。誰かがいる。そう思い、私は早速プランをきり替えた。

knock・・・knock・・・knock・・・コン・・・コン・・・コン・・・

 何を信じているのかは分からないが、神を信じるような崇高な人であれば、だれでも死者を敬うだろうと思って正面から三回ノックをした。日本では確かknockは三回だったよね、
 しかし、誰も出ずに返事もなかった。もう一度ノックを繰りかえすが、無反応だった。

 この部屋が内側からの鍵ではないとしたら、倉庫的な使い方をしているかもしれない。ドライバーなどの工具かなにかぐらいはあるかもと思って”いつものように”ヘアピンを使って鍵を開けることにした。
 このような木造建築の鍵はフック式のシンプルなやつってのが相場が決まっている。ヘアピンの先端をL字に曲げて、何度か長さを調整しながら鍵本体のフックが重いので、ピンの根本にナイフの先を差し込み回し込む。

コトン・・・・・・

 と、鍵が外れる音がした。
 慎重にライトとハンドガンを構えながら、内部を見ると予想外なことになった。
 私の目に映ったのは例の白装束だった。なので一瞬、人かと思ったわ。でも違ったの。頭髪は赤毛で、体格は人よりすこし小さめ。手足の体毛まで赤毛で着物からはみ出すほどに長い。

 ・・・そう、実験体obj『トラビス』がそこにいた。

 なぜそこにいたのかは順に後で記載する。
 とにかくその時いきなりトラビスに襲われたの。部屋がそんなに広くなかったので、いわゆる動物の縄張りテリトリーってやつに入ってしまったのね。私は手に持っていた銃を反射的に発砲してしまった・・・三発も・・・・・・

 トラビスだと気が付いたのはその後よ。ごめんね・・・トラビス・・・・・・

 びっくりしたわ。すぐにトラビスだと分かってさらに驚いた。横たわり大量に出血をしてる”人獣”の先に、二回りも小さな人獣がいた。トラビスの子供だ。キレイな金髪色で両目が隠れるほど頭髪も全身の体毛も長く、日本人の黒髪のように艶やかな光沢をしたストレートヘア。
 研究所にいたころはボサボサのままでずっとトラビスが離さなかったらしく、任務開始時に見た資料の写真といまの風貌とは少し違ったけど、テナガザルのように長い腕と、犬やキツネのように少し長い鼻と顎がほかの実験体と違いがあり、すごく印象的で覚えていた。この村で清潔にされたのだろう。月光に照らされるそれはなんだか美しく見えた。

 すぐにトラビスの止血をしようとしたけど、ダメだった。私が迷彩の戦闘服を着ていたのと母親の、防衛本能が先に動いてしまったのね・・・・・・
 私の脳裏には脅えて子を抱きしめながら震えているトラビスの姿が走馬灯そうまとうのようにフラッシュバックする。

 気が付くと私は泣いていた。

 必死に、全身トラビスの血だらけになりながら、泣きながら止血していたが、血は止まらなかった・・・・・・

 そうこうしているうちに、銃声を聞きつけた村人が数人やってきて、私は捕まりそのままその村に幽閉されてしまったの・・・・・・


 July 17 「confinement」


 捕まった次の日。この時は絶望感でしかなかった。
 トラビスを殺してしまったこともショックだったが、結局、母に連絡もできずにこんなところで捕まってしまったことにも愕然としたわ。
 そんなことなら在日軍で不当な処罰でもなんでも、我慢して受けた方がましだったってことになる。
 そう・・・私だけが処刑されるか、二百年や三百年という刑期に服した方がね。

 心配だった。家族に、国家反逆罪なり国際テロリスト等といった疑惑やレッテルが貼られるようなことになってしまうのではないかと・・・・・・

 そんな風に落ち込んでるうちに、数人の男性がやってきて私をリンチしにきた。

「なんてことをしてくれたんだ!」

「神ごろしが!!」

 と、多分だれも使われていない汚い小屋で、後ろ手に木の柱に麻の縄で縛られた私を色々と罵声を浴びせながら殴る蹴るを繰り返してきた。

「神からの天罰がくだる」

「異たんの異きょうとが・・・・・・」

 私が少し分かる日本語『神』『天罰』という単語。この時点で、この村がなんらかのカルト集団の集落だったってことが分かった。

 一時、この村人たちが思うがままの感情をぶつけられて間もなくして、この場所のリーダーっぽい人物がやってきて色々と話しかけてくる。殴る蹴るの頭への衝撃などもあり、こいつが早口だったのもありで概ね何を言っているのかが分からなかったが、おおよそ私は何者なのか、なぜ殺したのかといった内容だったと思う。

 多少の日本語も喋ることもできたのだが、この日は会話をする気には一切ならなかった。自分への戒めや不甲斐なさ、悔しさなんかもあった。暴行してきた奴らへの怒りもあるし、頭の整理が追い付かなかったのもある。

 この日は日本語がわからない外国人のふりをして、気分的になんとなく、そんな僅かな抵抗をしていたかったのだ。


 July 18


 カルト教団の捕虜となって二日目。
 目が覚めると昨日のリーダー、村長とでも言うのだろうか。その男が私の前にかがみ込んでじいっと見つめていた。気を失うように眠っていた私をずっと見ていたのだろうか・・・なんだかすごく気持ちが悪かった。

 私の足元にはお皿の上に二つの蒸したジャガイモとコップに入った牛乳が置いてあり、かすかな甘い香りがすでに空腹な私は少し気が緩んだ。その反応を感じ取られたのか、牛乳をそっと飲ませてくれた。昨日の暴行で口の中まで切れていて血の味が混ざった牛乳だが、正直、美味しかった。

 昨日とは違い、大分と生きる活力ができた。牛乳の力だったかもしれない。男はイモを二つに割り、口の中に放り込んでくれ私はそれをほうばるように食べた。体力をつけないといけない。こんなところで死んでたまるか、という気持ちが湧きあがってきた。

 すぐに完食すると、私は拙い日本語で話しかけた。とりあえず「ありがとう」とね。男はすこし驚いた顔をしていたわ。すぐにまた日本人特有のポーカーフェイスへと変わり、色々と質問してきた。何しに来たのか、一人なのか、仲間はいるのか、そしてお前は何者かと。

 一通り、真実を語った。下手なウソは尋問では返って不利になることも多いため、研究所や実験体のことは伏せて例の自殺体のこと、遺言書をポケットから出すようにと、元々のプラン通りに事を運んだ。

 遺書を読み終えると男は一時だけ席を外した。再度やってきたときはそのことはなかったかのように色々と質問された。とにかく何も知らないフリをし、急に襲われて咄嗟に銃を撃ってしまった。申し訳なかったと謝罪までした。それらもウソではないし本当の気持ちでもあることだし・・・・・・

 トラビスのことを考えながら、最初は演技のつもりだったが自然と語りながらも涙がこぼれた。男はそれからは黙ったまま私の話を、ずっと弁解を、懺悔室で後悔の念を聞いている神父のように聞いていた。

 この日はそれだけでその後は誰とも会話も、暴行も無かった。


 July 19 「execution」


 三日目。
 前日、18日の夜からだけど、一匹の野生のイタチフィレットが私の元へ何度もやってきていた。この最悪な状況でちょっとした癒しだ。
 この幽閉されている小屋の前には大量のゴミが置かれていた。この村のゴミ置き場なのだろう。ネズミとかが多く見られるので、それを狩りにきているのか、この小屋じたいがこいつの住処だったのか。

 見かける度にずっと目で追いながら、心の中で何度も語りかけた。
 《元気?ごめんね。お邪魔してるね。よければこの縄をかじってくれない?》・・・など。

 私はこのまま殺されるのか、日本の警察にでも引き渡されるのか、それとも・・・・・・
 そんなマイナス思考を誤魔化すかのように、イタチに癒されては話しかける。そんな時間を楽しんでいた最中に、カルト集落の住人が何人かやってきた。10人前後は居たと思う。

「神の子のいしが・・・・・・」

「こいつをころさないと、神がゆるしてくれぬ・・・・・・」

「おお・・・神よ・・・・・・」

「げんいんはこいつに決まっているわ・・・・・・」
etc…

 二名の男が無言で私を縛っている縄を解いていく。その他の人は口々に罵声と祈りを掲げていてすごく嫌な雰囲気だったから、縄が解けた瞬間に抵抗してみたわ。でもその抗いも空しく、私は村の外れにある広間へと連れられていく。

 後ろの方で傍観していたこの村、カルト集落の村長らしき男は、私が担がれ小屋を強制的に出される間際に
「すまないが、もうみなを止められぬ・・・・・・」

 そのようなことを呟いていた。

 私が仰向けで担がれて連行されている間の目前は、皮肉なようにキレイな青空だった。暴れても暴れても、下から無数の手が私を掴み担ぎ上げられる。地獄の使者に導かれ奈落へと落とされる瞬間とはこんな感じなのかと絶望を感じた。今から私は”公開処刑”される。そのことは明らかだった。

 広間にはもっと沢山の人だかりが、私を恨むように睨んでくる視線と、罵声が怒涛のように負の感情を乗せて波のように押し寄せてくる。
 数世紀も昔、欧米で盛んだった『魔女狩り』とはこんな感じだっただろう。
 地面に突き刺さった一本の木の杭に、また後ろ手で縛られていく最中、村長の男が私の前へやってきて話し出す。

「おまえが神の母をころした。そして神の子はそのショックからか、なにもくちにしなくなったのだ」

 後方からは何人もの「ころせー!」という声が多く聞こえる。

「われらがこんじきの神の子がすいじゃくしていく。みなはこれを神のいかりだとはんだんしている。われらの長きにわたる祈りにまいおりた天使が、おまえのふてぎわでまた天に召されようとしているのだ。そのまえにおまえを神へと捧げるしか・・・ほかにほうほうはないとみなでかけつした」

 そう言って、村長は民衆の方へと踵をかえしなにやら演説を熱弁しだした。

 手と足を縛り終えて、意味が分からない演説の最中に私は死を覚悟した。うな垂れる視界の右端に人が寝転んでいる足がチラつきそちらを確認すると、そこにはこの村人たちと同じ白装束を着せられている男の死体があった。よく顔を見てみるとその男は首を吊って自殺していたスーツ姿の男だった。

 この男もこのカルト集団の仲間だったのかどうかはわからないが、なにやら繋がりでもあったのだろう。自殺まで思い立った理由はこのカルト集落にあるのだろうか。

 もしかして・・・私がこの男となんらかの繋がりを疑われている?

 いま思えばそうかもしれない。そう思う根拠としてはこの時、この男の死体と私がこの処刑広間のような場所で群衆から見て並べられていることと、罵声の中に「うらぎりもの」「仲間」という声が聞こえたからだ。

 こんな自分の運命も、復讐とはいえブルーノをこの手で殺したことと、不可抗力だったとはいえトラビスをこの手で殺したことか・・・人類は望みもしない生命を作り出し、そしてあらゆる理由で作り出した生命をも殺す。そんな罪を”我らが神”もお怒りか・・・・・・この時はそうも思い、安らかな死を望んだ。

 すると、カルト集団の民衆がざわざわと慌てふためきだした。女子供は方々に逃げ隠れるように。男は半数が左側へ、残り半数は方々へと散らばり走り回っている。

 絶望で打ちひしがれていたのですぐには気が付かなかったのだが、遠くの方で銃声がけたたましく鳴っていた。定期的にマシンガンの音と、悲鳴がコラボレイトしていた。
 一瞬、なにが起きたか分からなかったがとにかくこの騒動に便乗してすぐに逃げるチャンスだとは思い、急いで必死に背中にそびえ立つ木杭に登って行った。足も木に一緒に縛られているので、体重移動しながら安定させながらじりじりと登っていく。

 後ろ手を目いっぱい伸ばし、体重を全て前へ。足を少しでも隙間ができるように動かしながら、ジャンプするようにして少しでも上へ。手首と足首が千切れるように縄が食い込み痛かったが、必死に我慢した。
 木の高さは私の身長の1.5倍ほど。何度もなんども繰り返し、少しづつだけど登って行った。肩の筋肉が悲鳴を上げる。頂上付近で木の先端を手で掴み、膝を曲げてできるだけ木杭の頂上、先端に上る。その形状はまるで棒のついたキャンディーのように木の先端でキープし、今度は体を左右へと振る。木から腕だけを抜いても足は抜けない。だから必死に左右に体重移動して、ギシギシ、ゆらゆらと揺らしていく。

 この木が地面のどのくらいの深さまで埋まっているのか。恐らくこの木杭の長さなら上から木槌やハンマーなどで地面に打ち付けるのは難しいと考えた。一度堀った地面に一部分を埋めた可能性が高い。なら地面が緩く土から木そのものを倒しきれるかもしれない。もしくはこの木じたいが自分の体重と木のしなりの反動にどこまで耐えれるか。木目やちょっとした傷からぶち折れさせれるかもしれない。そう考えたの。

 どんどん銃声が近くなってきた。民間で、マシンガンなんて手に入れることは銃社会である母国でない限り簡単ではない。アメリカだろうが、正規品なら州のよっては許可証が必要だったりするぐらいだし、ある程度の組織やマフィア、武器商人やレジスタンスなどに繋がっているのなら別の話だけど。
 今のこの地では特に軍や研究所の傭兵警備員の可能性が高い。助かったと思いきやそっちに捕まっても結果は同じこと。少し時間が延びるだけだ。

 そうこうしていると案の定、木杭がボコッと土を盛り上がらせながら地面からはずれ、私はそのままの勢いで地面に体を打ち付けられた。左に倒れた勢いで左肩が脱臼し、激痛が走り悲鳴を恥ずかしげもなく上げた。

 その瞬間、大量の武器を抱えて走っていこうとする青年と目があった。手元には私が見たこともないメーカーのライフルとマシンガンが数丁。恐らく弾丸が入ってそうなアモカンアンモボックスを持っていた。私にはその時間は数十秒にも感じたが、実際は数秒だと思う。青年は少しおろおろとしていたが、けたたましく鳴り響く銃声に後押しされるかのように走り去っていった。

 こんな村になぜあんなに武器弾薬があったのか・・・・・・

 ふとした疑問だが、この時はとにかく逃げることが最優先。地面を這いずりながら手足を木杭から外していった。首吊りをした男の死体の少し向こう側で小さな火が焚いてあった。恐らく私を火刑にしようとでもしていたのだろう。焚火まで急いで転がるように行き、はみ出ていた木材の一つを取り出しその小さな炎で手の縄を焼き切っていった。大分と火傷もしたけど背に腹は代えられない。足の縄は縛られていた木杭の分、余裕ができたので動く右腕だけでもすぐに外せた。

 村の入口のような方向でずっと銃声が聞こえる。入口といっても例の車の獣道がある方向を勝手に入口だと思っていただけなんだけど、とにかくそっちからだった。私の隠したバックパックはちょうど反対側の裏手。とにかくそこへ取りに向かった。

 その間も私と同じ方向へと逃げる村人が何人かいた。好都合だった。いくつもの足跡は私の逃走の手助けにもなるし捜索が分散される。この戦いで確実にこの村は壊滅するだろう。ただ

 ・・・なぜ戦っているのか。

 恐らく推測になるのだけど、このカルト集落は色々と悪いこともしていたのだろう。さっきの武器弾薬がなんらかの組織、マフィアか武器商人とでも繋がっていることを指していると思う。そして、私のこの見た目から軍関係者にこのカルト集落のことがばれて、突撃にきたのかと村側が勘違いして発砲しだしたのかもしれない。

 素人集団がいくら良い武器を揃えていたって、プロの軍隊には絶対に敵わない。おそらく何人かは生きたまま捕まり、私がここにいたこともバレる。
 ・・・と思ったとき、逃げることに必死だった私は重要なことを思い出した。

 トラビスの子・・・オリバー・・・・・・

 埋めて隠していたバックパックの中からSIG SAUER P320のハンドガンとマガジンを一つ持って、オリバー、金色の実験体の救出に向かった。P320はM18に比べ性能は劣るが、今すぐに使えるのはそれしかなかった。M4を組み立てている時間はなかった。

 途中、地面からいくつか木の根が地中をはいずり回るデカいミミズのように、二本の根がちょうどいい隙間を作っていた。

 ・・・そういえば地中をはいずり回って人を食うモンスター映画があったわよね。小さいころ、その映画が好きで何度も見たわ。

 その隙間に脱臼した左腕の肘を差し込んで、瞬発的に全体重を乗せて抜けた肩をはめた。少し痛みに悶えたが、すぐに立ち上がり走った。この時は、善意の救出心や自分が亡命するための物証の確保という気持ちではなく、単に母親としての使命が突き動かしていた。殺してしまったトラビスへの罪滅ぼし、って感覚もあったと思う・・・・・・

 そうして私が捕まった、トラビスたちとの再会を果たした教会へと向かった。村が武装していたのが功を奏してまだ軍が村の中まで進軍していなかった。トラビスが死んだ同じ部屋にはさすがにいないだろうとは思ったが、オリバーはトラビスの血が床一面に広がっているままの部屋で眠るようにいた。そしてそれに膝を付きながら拝んでいる人物が二名と共に。

 そのうちの一名は例の村長だった。私は銃口を二人に、村長の眉間を狙い定めながらオリバーのもとへゆっくりと向かい、抱き上げた。村長”じゃない方”の中年の男が私へとオリバーを取り返しに来るように襲い掛かってきたので、私は容赦なく発砲した。一瞬、村長もこちらへと追随しようとしたが、男が倒れ込み身動き一つしなくなった姿をみて、恐れ怯んだ。

「どうするつもりだ・・・・・・」

 なんてことを言いながら、私に銃口を向けられたその男の顔は大粒の涙を流していた。私はまたゆっくりと部屋の出口へと後ずさりながら、部屋を出たとたん走り出した。

 バックパックを拾い、オリバーを抱きかかえながら村を大回りをしながら村の入口、つまり車の獣道に隠してある首吊り男の車を目指した。
 ドンパチの間、戦闘のため集められた殆どの人員は戦火へと集中しているはずだからだ。その後も逃げ出した村人の捜索で村の後方と左右へと捜索しだす。ひと段落したら上への報告や村内部の捜索に一日は使うだろう。援軍を要求していたとして、そいつらに鉢合わせたら最後だけど、このまま後方に徒歩でこの子を抱きかかえながら、しかも傷だらけで疲労困憊なこの体で逃げるのはほぼ確実に追われ捕まるのは時間の問題なだけだ。なのでこれは賭けでもあった。無難で捕まる逃走経路より、少しでも可能性のあるほうに。上手くいけば救出に成功したと言い切れる。

 そししてこれは運よくも私の読みが的中した・・・といってもいいんじゃない?

 これも多分、私の想像のシナリオの話だけど、見つけた謎の村の捜索を開始しようとした浅倉博士か、私かトラビスかを散策していたこの付近の兵士たち。その捜索最中にいきなり村人から襲われ、その集団が銃火器をもっていることを知り銃撃戦へと打って変わった。近場の兵士たちを総動員し、更に援軍を要請しただろう。遠征の部隊はせいぜい五名前後。二、三組の近場の部隊が集まったとしても十五名。しかしその援軍の駐屯地やらほかに私たちを捜索している軍人や兵士たちは、さすがに研究所や軍施設からこの周辺までは広範囲なために方々へ散って捜索しているはず。それらからの援軍到着には時間はかかる。その間をすり抜けるように私は行動できたのだ。

 私の車も無事に回収されず無事だった・・・とも言い切れなかった。草木で全面を隠していたはずだったがそれが取り払われていた。車体がむき出しで放置してあったのだ。村の人か、もしくは捜索隊かに一度は見つかっている。そんな様子でもあった。この事実は少しまずい状況でもある。軍側が見つけていたとしたならば、この場からこの後に無くなっている車を不審に思うだろうな・・・・・・

 でも、今はそれよりも、少しでもここから離れてイギリス領事館へ戻らないといけない。それが最優先だった。『生ける証拠』を見つけたのだから。

 後部座席にオリバーを寝かせて、なんとなくだけどわが子のように少し髪を指で梳かしたみた。どこまで人間に近づいた存在になったのか分からないけど、ブルーノやトラビスのように憎しみや愛情といった何らかの『感情』を持つのであれば、悲しみという感情もあり認識しているかもしれないじゃない・・・・・・

 そういった精神的疲労とかは、”人間なら”誰よりも理解して当たり前よね。

 このときに梳かした指に抜けた一本の長い体毛が絡みついた。なんとなく、それを自分の薬指に結んだ。ちょっとした保険を掛けたくなったの。

 車を村の反対側へと走らせた。ガソリンはもう殆ど無いけれど、ある限り走らせようとの思いでひたすらアクセルを踏んだ。

 安心感を少し得たからか、体のあちこちから痛みも走ってくる。必死に耐えながら、車が不安定な道で石かなにかを乗り上げたり、水たまりかなにかでへこんだ箇所を通るたびに揺れる振動が各部位に痛みとして響く。おかげで全然、眠くなったり気を失ったりはしなくてすんだけど。

 体感だけど、一時間ほど走らせると補整された山の公道へと出てきた。安定した道で体に響くことがなくスムーズに進めると少し安心したのも束の間、一名の軍人が車両の張り込みをしていた。最悪の気分で自分の運命を呪ったわ。

 あちらさんは警察などに根まわしもせずに、もはやなりふり構わずに軍人が捜索していることが実感できた。しかしこの状態でカーチェイスをする気にもならなかった。後部座席に寝かしただけの子のこともあるし、もう空寸前のガス欠でマヌケに捕まるだけの結果しかないしね。

 素直に車を停めて、腰元に挟み込んだSIG P320をお腹の方へ、いざという時のために移動させ、穏便にこの場を通れるかを先ずは試した。フロントガラスを笑顔で開けて、あいさつをして状況をしらばっくれながら話をしてみた。顔はカルト集落のやつらからの暴行で腫れあがり手配写真とはすぐに分からないかも。本日は非番でペットの体調が悪いから動物病院へと行く途中だ。この顔は上司に逆らってコテンパンにのされた・・・・・・

 ・・・なんて話をする前にもう怪しまれて、車から出るように言われたわ。ま、当然よね。

 有段者でベテランの柔道家が道着の着用の仕方や帯の結び方で相手の強さが分かるように、軍人も戦闘迷彩服の着方や動作、判断力の速度などで相手がどの程度の軍歴や階級かが分かる。間違いなくこの日本の軍人さんは現場経験はまだ浅いか、初めてに近い配属だと感じた。アサルトライフルは持ってはいるが銃口は下を向けたまま、私が車外へと出てくるのを見届けていた。

 私は反転しながら運転席から素直に出る流れで、懐に隠したハンドガンを素早く抜き銃口を相手の顔へと向けた。立場が逆転して、私はのちにタケダと名乗るこの日本軍人さんへ質問をいくつかした。最初は私のカタコトの日本語で会話していたけど、タケダは英語も日常会話程度なら話せるらしい。ニュアンスが難しい言葉や分からない単語は英語で話させてもらった。

 どうやらここにいるのはこのタケダ一人のようだった。二名体制でここを通る車両の取り調べをしていたらしいのだが、後の一名は例の村静圧へ戦力として駆り出されてしまったとのこと。

 そして私の予感通りタケダはエリートコース、作戦部や通信、交渉などの情報処理の部隊配属で、人手不足なために初めての現場任務だそうだ。戦火となっている村へもタケダは行かされなかった命令も合点がいった。

 情報処理部隊なら、研究所の話もうわさぐらいは聞いているかもしれない。そんな薄い希望も込めて、タケダには全てを話した。経緯や状況、そして後部座席の異形な実験体の実物まで見せた。まだ若くて新人に近いのなら今回の任務内容すら詳細は知らされてないだろう。私ですら”ああだった”んだから。

 タケダの反応は驚きの表情をしていた。金色の子を目の当たりにしてから明らかに態度は顕著に変わっていった。

 やはりうわさ程度は聞いたことがあるようで、仲間同士で飲みながら茶化すような話だったそうだ。その研究所へ配属された者は二度と帰ってこなくなるや、なにかを失敗したら自分が研究材料にされるといった脅し文句に尾ヒレがついたような、そんなオカルトや怪談のような扱いだった。

 オリバーを指しこのように、実際に危険な実験体が野放しになっていることや多くの兵士たちが、戦など前線で名誉ある死でもなくただの科学実験に命を落としている事実。在日米軍や一部の敵国もこの研究に何枚も”かんでいる”ことの可能性。そして各実験体の私が体験した全てを話した。

 ブルーノ、トラビス、アルマス、モスマン、各部隊がどうなったかと・・・隊長のことなど。

 日本にきて、色んな事がたくさん起きた。感情的にも肉体的にも限界を超えていた。説明しながらもつい、どんどんと熱を帯びてきてしまい感情も溢れ恥ずかしくも泣いたり怒ったり、かなり情緒不安定なやつだと思われたかもしれない・・・・・・

 でもとりあえずタケダは、銃口を向けられていながらも真剣な眼差しで私の話を聞いていてくれた。すべてを吐き出して気分がスッキリしたからか、高熱が原因なのか、いつの間にか私は気を失ってしまっていたの・・・・・・



 July 20 「relief」


 気が付くと辺りは暗く、真上にキレイな満月が煌々と私のことをのぞき見してる。
 子供のころ、段ボールにのぞき穴を開けて中に入り、母がキッチンで家事をしている後ろから、そおっと近づいて驚かせるみたいな遊びをしていた。すると弟が先に私のことを見つけて、のぞき穴から逆に中を見てきて私が驚いたという思いでがフラッシュバックした。

 そして焦って目が覚めたわ。勢いよく起き上がろうとしたけど全身が激痛で起き上がれなかった。左目が空かなくて真っ暗なのに気が付き、顔を触ると布地の感触がして脱臼した肩も火傷していた両手にも包帯が巻かれ、手当てされていた。

 左側には小さな川が流れていて、右側を向くと焚火で何が入っているかは分からない缶詰を手持ちの網で炙っているタケダがいた。どうやらこいつが顔も肩も手も腫れあがっている私を川の水で冷やし手当してくれたようだった。

 オリバーのことを聞くと、車の中でまだ寝ているそうだ。私の話をきいて、実際に目の当たりにしているので怖くて中には入れないらしい。とりあえず自分の目の前で気を失うほどの怪我と高熱で倒れている女性をほおってはいられなかったそうだ。

 とりあえず日本語で「ありがとう」と伝えて、私は去ろうとしたがまだだめだと止められた。オリバーをあのままにしておくわけにはいかないと伝え、私はなんとか立ち上がり車まで向かう。
 タケダはもう私を止めようとはしなかった。捕まえようとしたり、殺そうとしないだけでも本当にありがたい。私の熱弁が効いたのだろうか。逆に自分が所属している組織に嫌気がさしたのだろうか。そのどちらかだったらいいんだけど・・・・・・

 最初、私の方が殺してでも抵抗して武器や無線機を奪おうとしてた。でも手当までしてくれたタケダの優しさや軍人なのに柔軟な思考に心底感謝した。まだそれでも私には奪い取ることはできたが、タケダの立場が危なくなる。自分勝手なお返しのつもりとして、何もせずにこの時は私も去っていったわ。

 車まで戻り、オリバーの確認をすると車内にいなかった。急いで見回すが影すらもなかった。研究所側に見つかって連れていかれたかもしれない。最悪の気分だったわ。フラフラになりながらもタケダの元へと走った。

《obj確保》
 そのような連絡が無線にて来るかもしれない。また泣きそうになりながら私は走った。

 タケダがいた川沿いへ到着しそうになる直前に、悲鳴というか驚きと恐れが混じったような声が聞こえた。草木をかき分け視界が広がるとそこには川の水をごくごくと音を立てて飲んでいるオリバーの姿と、少し離れた場所でタケダが慌てて銃を探している姿が目に入ってきた。

 私が彼らの元へ到着する前に、オリバーが水を飲み終えてタケダの方へと歩き出した。私は大声で
「NO!」「STOP!!」
 と両方へ向かって叫んだが、オリバーは犬やモグラのように地面の臭いを嗅ぎながらタケダの方へと向かう。
 途中、何度も石につまずき転倒しているオリバーは、視力が弱くほとんど見えていないらしい。嗅覚を頼りにずっと過ごしている。水の匂いとタケダの食事の匂いに釣られてここまできたのだろう。

 タケダはなんとか銃を手に取りオリバーに向けて銃を一発放ってしまった。
 私は愕然とし、その場で倒れこんだ。私と同じく倒れ込むオリバーを目前に、悲しみが押し寄せた。心の中で何度もなんどもトラビスへ謝罪の念を唱えた。


 タケダが私の元へやってきて手を貸してくる。しかし、なぜかこの時は立ち上がる気力も無くなっていた。絶望した表情で泣き崩れている私に向かってタケダは
「うったのは麻すい弾だ」
 と言った。刹那、私は瞬時に泣き止んだ。心底安堵して、少しのあいだその場で放心状態が数十秒続いた。感情と情報処理が追い付かなくなったんだと思う。タケダは笑顔でまた手を差し出してくれた・・・・・・


 この夜は一旦、日本人の男性であるタケダの世話になった。

 

 July 21


 昨夜はあの後、オリバーを車まで二人で担いでまた後部座席へ寝かしておいた。通気としてフロントガラスを開けたままにしているとまた逃げ出すかもしれない。閉じ込めておかなければならないため、夜とはいえこの夏の熱でやられないようにアイドリング状態で車内エアコンをつけておいた。テールランプなどは泥で埋めて、車ごと森の茂みに隠してからまたタケダのキャンプ地まで戻った。ガソリンはタケダがここまで乗ってきた軍用車から半分、私が気を失った昼の間にいれておいてくれていた。気が利くし、いいやつだ。

 オリバーがなにを食べるのかまでは全くわからないが、また目が覚めた時のために念のためリンゴや木の実、バケツに水をいれて足元に置いておいた。麻酔弾は人間用のものを打ち込んだので、体格差的にも通常よりも長く寝るし覚醒後もリラックス状態が続き当分の間は強力な睡魔が襲いかかるはず。

 また川辺のキャンプ地にわざわざ戻ったのは私の治療と身体を冷やす必要があるからだと言われた。処置後またすぐに、気絶するように私は寝てしまっていた。


 翌朝、たぶん早朝だと思う。目が覚めた時もタケダは起きていた。その時になぜここまでしてくれるのかと聞いた。そもそも私の話を信じてくれたのかが一番気になった。すると、私の話の深部まではまだ疑心的ではあるが、思い当たるようなことがありずっとそのことを考えていたという。

 タケダの母も同じ軍人だったそうだ。その姿が私と被さるように見えたことも、最後の方で恥ずかしそうに言っていた。タケダの母は軍の経理などを担当している部署へずっと配属されていて、日本軍の資金廻りについてずっと”ぼやいていた”ことがあると。タケダ自身も入隊しエリートコースへの道を進んでいるのも、母の疑惑や懸念を確かめるためという使命感もあったかららしい。

 その母曰く、連合や同盟国との繋がりで軍資金や支援金が動くのはわかる。そして、それらは長くやっていると時期やタイミングに法則性が出てくるものだそうだ。各国の予算会議や決議のタイミングもスケジュール通りなため、慣れたように自分からそのデータや貸借対照表バランスシートのようなものを国税庁に催促していたほど。

 そんな業務のなかで、まあまあな金額が変なタイミングで動いていることがあるそうだ。大体がデジタル請求書のやり取りが主流なので、仕分け区分は雑費、雑収入などと最初は適当に振り分けられてたがその区分にしては金額があまりに大きかった。上司に確認しても「知らん、気にするな」としか返答がない。まあ、その時もタケダの母は自分には、”自分の業務”としては関係がないことだしどうせその上長もなにも聞かされていないだろう。そんな雰囲気でその場は流したが、タケダの母にはそれからどこか頭の片隅に引っ掛かりが出来てしまったらしい。

 その後、当分のあいだその不定期な雑収入はなくなったのだが、今までにはなかった金の動きがどんどんと出てきた。その分、処理量が増えていき仕事量も増えて、ずっとそのことで”ぼやいて”いたのだと。それらは区分や名目はバラバラでそれらしい文言で追加され続けてきた。

 そしてそれも何年も続くのだが、その追加され続けていくもの仕事たちには例の”規則性”が全くなかったそうだ。まるでその場しのぎの対応って感じがずっとしていた。

 そんな最中、ほとんどがデジタルデータだったのが、何通かの手書き領収書や請求書や小切手が届くことがあった。その裏手に、消されてはいるが鉛筆でなにかメモを書いてしまって、消しゴムで消されている痕があった。そこを薄く黒くまたえんぴつで塗りつぶしていくと、筆圧次第では文字が見えてくる。映画でもよくあるシーンよね。

 そこには全て漢字で書かれている何かの単語だった。調べてみると『SRC』の一国である、中国語だったらしい。

補足

 東南アジア諸国連合ASEANに日本が加盟し『|大東南亜連合《JASEAN》』が誕生した。そこにソ連と東ドイツなどの旧ワルシャワ条約機構が友好国としてどうなるかが今の世界では注目を浴びていて、個人的にはこの度の研究結果次第だと思われる。そうするとJASEAN
が、中国、韓国、カザフスタンやイランなどの中央アジアBRI共和連盟SILK ROAD CONCEPT(通称SRC)』を囲う形となり、軍事的にも流通経路としてもSRC側としてはその旧ワルシャワ条約機構のJASEAN加盟には断固として反対したいはず。

 欧州の諸国とアメリカはずっと北大西洋条約機構NATOを結んでいて揺るぎない関係性を続けているが、NATO加盟国であるドイツ全体が今回にて東ドイツ共にどのような動きを取るのかを欧米側はずっと睨んでいる。私個人的な推察では、現アメリカの今研究への関わりはここにあるのではないかと思っている。

 つまり・・・ずるずる、ちまちまとした『冷戦』を終わらせるための
『大戦』へのきっかけとして・・・・・・

 書かれていたのは誰かの『人名』と『店名』
 恐らくそれは日常的などうでもいいメモ書きだと思われるが、その当時では日本がSRCと貿易をすることはあり得なかったらしい。ずっと怪しんでいたタケダの母は、当時、付き合っていた軍関係者の彼氏と個人的調査をしていたそうだが、同僚と上長にバレてからは中東の辺境地へと部署異動されてしまったそうだ。


 そのような話を母から聞かされていたので、その仇とまでは考えてはいないがタケダはバレない範囲で調べてみようとは思っていた。
 そして、そこに私が話した『研究所』の件。ずっと謎に動いていた高額な金の流れとその出所に、裏で糸を引いている何かを感じているのだと。

 それがあってだけど、あとはただ単に人助けを見捨てるのは今後の自分の人生において後悔を残すのも嫌だからと照れ隠しのように言っていた。
 現状はその、タケダの立場は大丈夫かと私は聞いた。いつまでも私とこうやってのんびりしていいのかと。
 今の自分は云わば”待機命令”みたいなものだと。戦いの現場ではとにかく足手まといなので村へ呼び出された同僚待ちだそうだ。
 それも、今日中には向こうの制圧も完了して戻ってくるだろうからと、暗黙的に逃がしてくれることを示唆していた。

 日本には「一宿一飯の恩返し」という礼儀があるそうね。それどころの話ではないぐらい、タケダには世話になった。もしまた会えるなら、何かお返しをしなきゃね・・・・・・

 もしかするとだけど、私なんかではなくタケダのような人物が、世界を変えていくのではないかともこのときふと感じた。別れぎわにタケダは言っていた。

「ぼくも、もちろんむりはしないけれど、もともとしらべるために頑張って出世するつもりだったんだ。ぜんぼうやくろまくが分かれば、”僕ら”も動くかもしれない。そんなときにでもまた、お会いするかもしれませんね」

 『僕ら』・・・・・・

 立ち振る舞いや声には頼りなさそうな男ではあったが、その言葉と思想にはなんだか希望が見える青年だった。

 最後に、僕の肩を撃ってくださいとタケダは言った。何を言っているのかが分からなかったが、説明を聞いて感謝の気持ちでまた少し泣きそうになった。

「僕はあなたにおそわれたことにしてください。そして無線と銃や食りょう、医りょうせつびなどをうばわれたことにすればおたがいにだいじょうぶでしょう。あなたは、れいの村でそんざいはバレているんでしょう?」

 そう言って、自分では撃つ勇気なんてないから、是非、とも言われて、恩人を撃つなんてことは私でも嫌だから断ったが、タケダは何だかキラキラした眼差しで私が持っていたSIG P320を手渡してきた。

 必ず、この恩は返させてもらいますから。
 そう、ちゃんと言葉にしてタケダに伝えた。すると

「死なないでくださいね。ごぶうんを」

 『ごぶうんを』と、この言葉の意味はまだ私には分からないが、きっと
「see you…」
 
って意味だと思う。ええ。必ず生き残ってみせるわ。そしてタケダはもちろん、ボビーたちや隊長の家族たち、そして自分の家族にも会って、話すことや伝えるべきこと、お礼の気持ちや謝らなくてはならない想いが沢山ある。

 タケダを強く抱きしめてから、日本語で「ありがとう」と伝えタケダの肩を撃ち抜いた。ちゃんと骨や重要な筋組織が破壊されないように。日本式の敬礼が分からなかったが、しっかりと軍式敬礼をしてから去っていった。



 後部座席のオリバーはまだ今もずっと後ろで寝ている。タケダとの別れのあと、車を走らせてひとまず安全だと思われる場所まで移動してきた。今はタケダから貰った無線を気にしながら、これを書いている。当たり前だが、ここまで無線が届くわけはない。貰ってきたのは、追手である捜索隊ではなくても軍関係者が近づいてきたらすぐに分かるようにするためだ。

 スマホもノートPCも、村で取り上げられてしまったままなので、今は急いでイギリス領事館へ向かわなくてはならないのだが、また熱が上がってきていて眩暈と疲労で普通に交通事故を起こしかけた。事故で私もオリバーも死んでしまうなんて、そんなバカなこともできないので今晩は一旦休むことにし、明日中には到着するようにする。その後の鋭気も養っておかなくてはならない・・・・・・
 




○○○○年
 〇月 〇日

所 長 Ilya Ivanov 殿 

報告者 Gordon G. Gallup

捜索報告書

  1. 目的 被疑者全ての身柄確保or消去

  2. 期間 捕獲、消去の完了まで

  3. 結果 現在進行形

詳細・経緯

⑴ 浅倉被疑者と実験体X-3の捜索


 当、捜索対象該当者への捜索に関しては研究所周辺エリアは除外する。聞き込み調査と近隣の施設、及び商業施設等の監視カメラに浅倉と思われる姿が映されていた。その移動経路と時間から推察するにもう既に国内県外の範囲に捜索網を広げる必要あり。


⑵ Michelle Miller二等兵


 近隣集落との抗争にて足取りが判明。目撃証言として臨時補充兵との接触もあり、その後”東方向の都市部”へ向かった模様。即刻各移動経路の張り込みと取り調べを指示。


⑶ 実験体C-2とC´


 ⑵の集落にて実験体C-2トラビス死亡確認済み。アメリカ軍がよく使用するSIG SAUERシリーズの9x19mmパラベラム弾を三発被弾。そのうち一発が心臓を撃ち抜き即死。状況と証言的にミシェル”元”隊員が射殺したとみて差し支えない。
 DNA解析を開始。検体は十分に確保。クローン生成は解析完了後いつでも可能。
 C´及びC-2トラビスの自然交配児は未発見。現在上記集落で確保した現地人を尋問中。終始、理解不能な発言を繰り返す。精神的不安定状態。観測し機を見て再度、質疑応答を試みる。




○○○○年
 〇月 〇日

所 長 Ilya Ivanov 殿 

記述者 近藤 紀子

実験体X-2報告書


生体


 皮膚

 体の表皮は乾燥に弱く、一日の大半は水中にて過ごす必要がある。その特徴は爬虫類や両生類のようにも思える。
 皮膚はワニのような硬質的なものではなく、部分的にヘビのようなうろこ状を形成しているが触感はカエルのように柔らかく、粘度のある分泌液を纏っている。その分泌液はうろこ状の皮膚部分のみから分泌していて、定期的にそれを全身に鞣すかのように毛着くろう。

 成長時には脱皮を繰り返しその都度よく眠る。

 手足には水掻きがあり、指紋は無い。背びれのようなものは退化している。もしくは背骨が水中移動するための環境に進化過程と言う方が妥当かもしれない。


 摂食・嚥下えんげと呼吸法

 X-2『カブラ』の栄養補給方法は他生物の体内にその細長い舌を差し込み、体液を吸収する方法を取っている。先端は棘のように細かい腺毛状になっていて、その先端部分だけを形容するならばそれは毒を抽出しないクラゲの触手、逆に吸収する器官のようである。

 捕食前段階、通常では先端の腺毛部分は舌口内に収納されており、ある程度の伸縮で吐出してくる。
 口腔内からの器官は塞がって舌の収納だけの機能となっている。

 呼吸はエラ呼吸にて水陸商用を果たしているので、現在の生物学的な分類でいうと完全に「両生類」の枠に入ることになるだろう。


繁殖


 現在ではまだ未知数だが、少なくとも外見上オス生体ではないことは確かである。親世代であるような異質な繁殖手段は今のところ見られない。膣腔、産道といった機能は親と同様に存在しないため、完全に成体となった場合には厳重注意が必要。

 エコー検査では子宮と思われる器官が見られるが、懸念点は下記参照。


その他


 排泄器官も存在しない。余分な栄養はないのか、そもそも吸収することがないのか。
 上記エコー検査で見られる器官というのが子宮などの繁殖機能なのか、消化器官なのかが不明瞭である。

 現状で安心していいのが、恐らく”単為生殖”はしないということは言い切れる。

 知能指数の測定も判断が難しく、他実験体のようなコミュニケーション方法では測定ができない。
 水中ではなんらかの周波数を発していて、類似ではイルカの周波数に近い。いずれは海獣類との接触を実験したいと思う。


補足

 今後クローンの生成を主軸としていくのであれば、解剖にて詳細がもっと分かります。指示、判断のほど願います。




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