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世界をそのまま抱いて生きることはできないから【ハイダグワイ移住週報#10】

この記事はカナダ太平洋岸の孤島、ハイダグワイに移住した上村幸平の記録です。

10/3(火)

まさに諦めかけた時だった。指差した方向には、求めていたサイズの半分朽ちたヒノキが立っていた。

同居人のタロンとずっとアウトドア・シャワーの外壁となる木材を探していた。こだわりの強い彼が求めていたのは、雷や自然発火で内部が焼け落ち、外側だけが残されたヒノキ。森の中に溶け込むようなシャワールームを作りたいらしい。そんな都合のいい木材なんてあるのだろうか。少々自然に注文が多すぎないだろうか。僕は半信半疑で、それでも一緒に何度も森に入って探しに行っていた。

今日見つからなかったら、代案を考えよう、と話して入った街の近くの森で見つけたヒノキ。僕たちは信じられずにずっとその木を見上げては、自然の造形美に息を呑んだ。中身の朽ち果て具合も、外壁の強度も、ほぼほぼ探し求めていた通り。

車道からは200メートルほど。チェーンソーを取ってきて慎重に根本から切り倒す。3メートルもない枯れ木にもかかわらず、男性二人では支えるのがやっと。町に住むブライアンに電話をかけ、木を運び出すのを手伝ってくれ、と頼む。

なんとか切り倒す

二つに切り分けた木に角材を打ち付け、取手にする。三人かがりでも10メートルごとに休憩を入れないと持たないぐらいに重たい。しかも道なき森の中。たった200メートルの距離なのに、ひとつめを運び出すのに一時間ほどかかる。適宜ナタで道を切り開きながら進み、ふたつめを運び終えた頃にはすでに5時過ぎ。

10/4(水)

昨日求めていたシャワー用の木材を手に入れたので、今日から実際にアウトドアシャワー建設に取り掛かる。朝ごはんはスモークサーモンといくら丼をかき込んでパワー全開。コンクリートを手で混ぜて運ぶのにはつくづく骨が折れたけれど。

物欲しげに見つめるサミー。

夕方には、パドル作りワークショップでインストラクターをやっていたキーランの家に遊びに来た。三年前に買ったキャビンに2階部分を増築するプロジェクトが進行中で、窓枠をはめる作業を手伝った。ハイダグワイで色々な人の家に遊びに行ったが、基本的にみんな仕事以外の時間は家やキャビン作りに勤しんでいる。だれもが大工仕事をこなせる土地である。

キーランのスキンボート。スタイル抜群のハスキー、リー。

キーランはバンクーバー出身のシティー・ボーイだったが、二十代前半でスキンボートの世界にのめり込む。スキンボートとはグリーンランドやアリューシャン、アラスカの先住民が使っていた船。木製のフレームに木や動物の皮を貼ったボートで、現代のツーリング・カヤックの原型となった代物である。彼はワシントン州やシベリアでスキンボート作りを習得し、バンにボートを乗せてカナダ中を旅していた。バンクーバー島北部のアラート・ベイでカナダの太平洋岸ファースト・ネーションの文化に惚れ込み、ハイダグワイに移り住んだ。今では野外教育の仕事をしながら、ハイダカヌーの彫刻師としても活動している。

彼がスキンボート修行のころに師匠にもらったという本を見せてもらう。アラスカやグリーンランドの伝統的なカヤックの作り方と図面が所狭しと掲載されている。まさにライフ・ワークだ。伝統的なカヤックは僕が持っているような現代ツーリング・カヤックとは全く異なる乗り物。クジラ猟用、ラッコ猟用、長距離移動用、物資運搬用など、用途によってさまざまな形があるが、どれも現代カヤックの頑丈さ、快適さからは程遠いものだという。

「とある考古学者によると、ハイダでもカヤックが使われていた時期があったというんだ」20万年前から15万年前にかけての最終氷期、カナダ本土が分厚い氷の塊に覆われ、ハイダグワイにも氷河が存在していた時代。今でこそ世界有数の森林を誇るハイダグワイだが、その当時は荒涼したツンドラが広がっていただけなのだという。大きな木が十分に獲れなかった時代には、木製のフレームにクマの皮を張って海に漕ぎ出していたのである。

グリーンランド式のパドルとアリューシャン式のパドルは全く違う。

羅針盤も海図もなく、今では想像できない寒さが大地を支配していた時代でも、人間は移動すること、旅をすることをやめなかった。その場所、その時期に適応した移動方法を生み出してまで冒険に繰り出した過去の人々の痕跡やストーリーは、僕に新しい一歩を踏み出させてくれる。アリューシャン式のパドルを、レッド・シダーから彫り出し、それを用いてこの地を旅したい。キーランにそう伝えると、ささやかな企みを含んだ少年のような笑みで、彼は僕の彫刻計画を練ってくれた。

飯食ってく?手際よくかぼちゃのパスタを作ってくれる。

10/5(木)

からっとした秋晴れが気持ちいい。先日のポットラッチで配られたワイルド・ベリーのジャムが美味しすぎて、自分でも作りたくなった。ほとんどのベリーのシーズンは終わってしまったが、今でもたわわに実をつけているベリーがひと種類ある。

サラル・ベリーは海岸近くによく見られるベリーだ。丈の低い枝木に紫のちいさいベリーがずらりとぶら下がっている。色素が強く、摘んだ指先、そして食べた後の舌や歯までも紫色に染め上げてしまう。ベリー・ピッキング用のバケツを手に、サルサと一緒に海岸を歩く。

ベリーたちは鳥や鹿などの動物に遠くまで運搬してもらうために、これでもかという数の実をつけるという生存戦略を取っている。なんという気前の良さ。その寛容さに感謝しつつ、腰を屈めてベリーをつまんでいく。

小さくて脆いサラル・ベリーを摘むのは簡単ではなく、二時間かけて2リットル分に満たないくらいの収穫だ。とりあえずは当分もつくらいのジャムを作れるだろう。芳香な甘い香りにうっとりしつつ、バケツを抱えて家路を急いだ。

10/6(金)

来週はかなり嵐の多い日々になりそうだが、明日の朝は晴れマークがついている。風予報は20-35ノットを示しているが、今回は海上の旅ではない。山に登るだけだから大丈夫だろう。一泊の山行なのにもかかわらず、45リットルのバックパックに荷物を納めきれず、95リットルの縦走用パックパックを引っ張り出す。カヤックにいろいろ積み込めることに慣れてしまったのだろうか。

オフロードではエンジンブレーキを使いつつ慎重に。

今日目指すのはグラハム島南部のレイモンド山。「スリーピング・ビューティ」の愛称で親しまれるトレイルが、ハイダ語(スキディゲート方言)でḴuu Jad TlldaG̱aawa(クー・ジャド・ティダグァーワ「ラッコ女の山」)と呼ばれるピークに繋がっている。サルサを助手席に乗せて南に向かう。

道中、ハイダグワイ博物館に寄る。募集中の仕事に応募したかったが、すでにポジションは埋まってしまったようだ。しゅんとして車に戻ろうとすると、レストランスペースに見覚えのある顔がいた。八月の音楽フェスで皿洗いボランティアした際、そこでシェフをしていたアーモンドだ。

「ここでのテナントになったんだ。ついに自分の店だよ。二十年越しの夢が叶ったんだ」町のレストランでずっと雇われシェフとして働いてきた彼は、ついに店を辞めて博物館の中で自分のビストロを始めることになったのだという。日本で数年働いていた経験もあり、フレンチとジャパニーズを融合させた創作料理を提供するつもりだとか。実は人を探しているんだ、と彼が漏らしたのを逃さず、自分も仕事を探しているんだ、と告げる。なんという偶然。お互いテンションが上がる。来週末から一緒に働こう、と約束して別れる。

気を取り直してトレイルに急ぐ。ダージン・ギーツの村からオフロードを30分ほど進み、トレイルヘッドに到着。簡単な案内板が立っている。今日は山頂付近の小さな池の近くでテント泊をし、明日早朝に山頂へご来光アタック、その後朝食をとって下山、という行程だ。

登山靴をしっかりと履き込み、ザックのバックルを締め上げ、行程開始。4キロほどの距離で獲得標高が700m近くあるトレイルなので、登り始めから急登が続く。無駄に詰め込んだザックが憎い。サルサが身軽そうにひょこひょこ登っていくのを羨ましく思いつつ、湿度の高い森の中を一歩づつ登ってゆく。

サルサは疲れ知らず。まだ子犬だ。

4時にスタートして一時間半ほど登り続けると、視界が一気に開ける。眼下にはスキディゲート・インレットが広がり、美しい多島海を望む。小さな池のまわりにはテントを張れそうな平坦な部分があり、ザックを下ろす。いくら慣れたテントでも、なかなかの風速がある環境ではまごついてしまう。石で四方を押さえつつテントを張り、ありったけのペグでしっかり補強する。

吹きっさらしのテント。一晩中煽られ続けることになる。

日没は7時過ぎ。スモークサーモンを酒蒸しにし、家から持ってきたおにぎりと一緒に夕食にする。町で買ったバンクーバーのブルワリーのIPAが絶品。風が強くなりそうだったので、さっと歯を磨いてテントに潜り込む。

10/7(土)

テントで一晩を明かすことの一番の醍醐味といえば、朝起きて外の様子を伺う瞬間だ。明後日から大きな嵐が近づいていることもあって、吹き曝しのテントはなすすべなく風に煽られつづけ、一晩中僕を眠らせてはくれなかった。

サルサと同じ寝袋で寝た。寝起きである

7時半にセットしていた腕時計に浅い眠りから起こされる。今日の日の出は8時。終わることのないように感じられる日照時間をもたらしてくれた夏はとっくにどこかへ行ってしまい、日に日に一日が短くなっていく。寝袋から上半身を起こし、祈るようにテントのファスナーを開けた。この瞬間のために、二時間のドライブ、二時間の700mのハイク、テントもろとも吹き飛ばされる恐怖に苛まれたのだから。

半分開けたファスナーから外を覗く。空は夜の闇を微かに含んだ紫色と、暖かな一日を想像させる鮮やかなオレンジ色のグラデーションで彩られていた。強い風に襟首を引っ張られたような雲が空を覆い、遙か下に臨むスキディゲートの入り江は雲海に満ちている。勝った、儲けた、勝負あり。疲れも眠気も全て吹き飛ぶと同時に、就寝用のベースレイヤーを脱ぎ捨てて行動用のギアを瞬時に身につける。ダウンの外にはシェル・ジャケット、冬季用の登山靴下を履いてブーツに足をねじ込む。昨日淹れたお茶がまだ魔法分の中で暖かいことを祈り、テントから飛び出て山頂を目指した。日の出まではあと20分。

世界最高のテント場なのでは。ひとりじめ。

***

「通り過ぎた世界の広さをそのまま抱いて生きることはできないから、その断面だけは大事にしたいという切実さ。写真を撮ることって、そういうことだと思うの」驚くほど自分の写真が少ないんだ、と呟いた。どれくらい前のことかは覚えていない。物書きだった古い友人は僕のカメラロールを横目で見て、こんな言葉を与えてくれた。「だから、君のカメラが自分でなく他人を向いているということは、すなわち君が一生抱いていく思い出と、その世界の広さを示しているのよ」

奥に見えるのも全て島。

午前8時ちょうど、レイモンド山山頂、標高980m。遙か地平線、カナダ本土の山々から太陽が姿を現す。ハイダグワイと本土の間に広がるヘケテ海峡からスキディゲートの入り江にかけては雲海に満ちている。東側の稜線には僕の立っている山の影がはっきりと映し出され、その奥には太平洋を臨むことができる。アラスカの山々は早くも雪化粧をして北の彼方に座しており、南には青々と輝く、いのちの満ちたモレスビー島の山々が朝日に照らされている。

二十五歳。まだ十分に若い。それでも、何にでも「若さ」という免罪符を引っ付けることは難しくなってきた。人は平等に歳をとるのであり、望むに関わらずある程度の責任というものを背負っていかなければならない。言いようのない不安、焦燥感、孤独さはどこの曲がり角に潜んでいるかわからない。車のアクセルを踏み込むたび、底の見えてきた資金と仕事の定まらない焦燥感に精神が切り刻まれてゆく感覚があった。

曇り続きの島で久しぶりに太陽を拝んだ。それはじわじわと僕の身体を、大地を温めると共に、自分自身の現在地を照らしてくれたような気がした。友人や恩師のことばを借りて、ハイダグワイの形而上的な力を借りて、ストーリーを伝えている。僕の足は北の孤島を歩き、僕のカメラは依然外の世界に向いている。身体で世界を知覚するということ、ストーリーを大切な人々にシェアすること——この作業がどこへ向かっていくか、実際に生きていくことができるか、そんなことは今はまだわからない。それでも、ちゃんと自分の愛することをできている。よかった。不完全な一人の人間として、そのように思えるということはひとつの達成ではないだろうか。

山に登るという営みは、自分自身のギア・ボックスを丁寧に分解し、厳かに油を刺す儀式だ。

朝ごはんはバナナパンケーキ。メープルシロップをたっぷりと。

10/8(日)

軽い筋肉痛を下半身に感じながら起きる。午前中は軽い雨の中、アウトドアシャワー用の水道工事をする。トレンチを掘り、パイプを埋める。

お昼頃にはオールド・マセットの村に向かい、パドル作りのワークショップに参加する。前回はカンナ、ヤスリといった基本的なツールの使い方を教えてもらったので、今日は実際に彫りかけのパドルを進めていく。パドルというものの性質上、平面でのシンメトリーだけでなくxyzの三軸で左右対称に掘り上げなければならない。木は彫ってしまえばやり直しが効かないので、慎重に少しづつ削っていく。

ヘンリーが撮ってくれた一枚。小さなワークハウスのなかでみんなでピザをつまみながら作業を進める。彫刻、とても楽しい。

今夜は嵐の予報。夕方には外で排水管の作業をしていたが、流石に雨風が強くなり過ぎたため、早めに切り上げる。サンクス・ギビングということでちゃんとしたディナーを作ることにする。

カモ肉、好みかもしれない。

マッシュポテトにグレイビーソース、裏の川で撃った鴨とカナダグースをローストにする。友人も呼んでさあ盛り付け、というときに家中の電気が消える。停電だ。「どこかで木でも倒れたんだろう」と現地人の二人は気にも留めず、ヘッドランプを装着し、ろうそくに火を灯す。突然田舎ムードが増したディナーになった。味は最高。

10/9(月)

オフの一日ということにする。朝からジャムをコトコト煮て、煮沸したびんに詰める。これで当分おいしくパンを食べられそうだ。図書館から借り込んでいた本を消化するかのように読書した一日でした。

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