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【心の詩歌】師系の話は差し引いて考える

短歌の世界では「師系」の話題が結構あります。
誰それは誰それの弟子でその誰それの雑誌に影響を受けた誰それが次の時代に……。

そういう短歌史にも意味はあるのですが、なぜ意味があるのか。
そもそも短歌の世界がある程度不公平だからだと思います。
つまり、誰それの弟子でもなく突然あらわれる人は、あまりいない、ということになっているのですが、
誰それの弟子であることで読まれる機会が多いとか、
誰それを弟子に持つことで再読されるとか、
そういう身内の論理はあるでしょうから、差し引いて考える必要があります。

小高賢・編著『現代短歌の鑑賞101』は代表的な短歌アンソロジーです。
この本の終わりには、「現代歌人系図」なるものが載っています。
資料的な意味はあります。
ただあまりに重視しすぎると、
「あの人の家系図はこんなにさかのぼれて、こんなに偉い殿様に行き着く」
みたいな身分の話になりかねません。

私自身、短歌を知れば知るほど歌人の名前に詳しくなるため、「長年やればやるほど興味が過剰になっていく」という傾向にあり、気を付けたいところです。
「佐藤佐太郎は斎藤茂吉の弟子」くらいは、つい、知ってしまっています。

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248字
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