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「農」の世界は日本の縮図だった

ここ数年の流れですが、「農」への関心が非常に高まっていると思います。

コロナで長い巣ごもり生活を余儀なくされ、「屋外活動」に目が向いたことがあるのでしょう。東京では貸し農園の人気が高まり、順番待ちになっています。私の会社の同僚は東京在住ですが、通える千葉に農園を持ったそうです。

また、資本主義の終わりなき競争と搾取から「降りて」、地方で手ごたえのある暮らしをしたいという考え方も若い人を中心に出てきました。環境破壊につながる都市の暮らしではなく、持続可能性という観点から「農」を選ぶという人も増えてきています。

実は私のパートナーも貸し農園で野菜のささやかな収穫を楽しむようになりました。傍目で見ている私も退職後に土いじりでもしながら地方暮らしをするのもいいかなと考えていたところです。

そんなタイミングで、ハッとさせられるような本に出会いました。『その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱』(高橋久美子著、ミシマ社)です。これは、地方で「農」(生計を立てる農業までいかずとも、農のある暮らし)を考えている人には必読の書だと思います。

著者の高橋さんは愛媛県の農村に生まれ、現在は東京で作家・詩人・作詞家として活動をしています。2019年10月、「実家の田んぼを太陽光パネルの設置場所にする」と父が決断したことを聞いた高橋さん。ふるさとの豊かな農地を守りたいと他の農家分も含むパネル設置場所を自分が買い取ることを決意します。東京から通いつつ、母や姉妹、知人の協力を得て農地を守る手はずも整えました。

「畑が守られるなら」と売却に応じてくれる農家、地域の人々の理解。意外に話はトントン拍子に進むのですが、実行に移す段階で困難が訪れます。農地を買うには「既に3反以上の農地を持っている必要がある」という法律があり、実家を手伝っている妹の名義にしなくてはいけない。作物を作ってみれば、里山の手入れをする人がいなくなったため人里に迫ってきた猿やイノシシに荒らされる。そしてコロナ禍で高橋さん自身が愛媛に帰れなくなる・・・。

「農」のある暮らしに入ろうとしても、規制や環境変化、感染症という逆風がある。高橋さんは著書の終盤、理解を示してくれていたはずの地域からの反発にも直面します。ここには日本社会の縮図があり、「楽園」はないのだなあという苦い現実を教えてくれます。

「自分が愛情を持つふるさとを守りたい」というシンプルな願いすらなかなか叶わない。そんな世界を垣間見て、あるアルバムを取り出しました。マリアン・マクパートランド(p)の「アット・ザ・ロンドン・ハウス」です。

マリアン・マクパートランド(1918ー2013)はイギリス生まれ。幼いころから音感の良さを認められていたようですが、音楽に本格的な情熱を持ったのは10代半ばからのようです。1944年にアメリカ軍の兵士を慰問する機関にピアニストとして入り、これをきっかけにコルネット奏者のジミー・マクパートランドと出会って結婚。終戦後はマクパートランド夫人となってアメリカ・シカゴで活動を始めました。

その後、ニューヨークやシカゴで活動を続け、強いタッチとブルージーな味わいのある演奏で多くのファンを獲得しました。1979年から2010年まで公共放送のラジオ番組「ピアノ・ジャズ」でホストを務め、ミュージシャンだけでなく文化人とも交流を持ちました。「ジャズ界の黒柳徹子」という感じでしょうか。

そんな彼女の人気作「アット・ザ・ロンドン・ハウス」には「Give Me The Simle Life」という曲があります。Rube BloomとHarry Rubyによって1945年に書かれた古い曲で、「自分には気取った暮らしはいらない、シンプルに生きたい」というのが歌詞の内容です。

この歌詞のVerse(導入部)が本編よりも深い味わいがあります。

Folks are blessed who make the best of everyday living
by their own philosophy
Everyone who needs the sun must find a way
and I have found the only way for me

自分の哲学を持って 毎日の暮らしでベストの選択をできる人は
祝福されていると言っていい
先を照らしてくれる太陽を求める人は道を見つけるもの
そして私は自分にとって唯一の道を見つけた
(拙訳)

マクパートランドがこの曲を取り上げたのは必ずしも歌詞のためではないかもしれません。しかし、「外国人で白人女性でジャズピアニスト」というのは当時、「異端」的な存在でした。自分で道を切り開いてきたマリアンがこの曲を弾いた時の思いを想像すると味わいが一層深くなります。

1958年9月24日のライブ録音。なお、「ロンドン・ハウス」はシカゴにあるステーキ店のことだそうで、イギリスでの演奏ではありません。ステーキ店というのは意外ですが、ライナーノートによると雰囲気の良いレストランだったそうで、お客との親密な雰囲気が伝わってきます。

Marian McPartland(p) Bill Britto(b) Joe Cusatis(ds)

②Play Fiddle Play
アーサー・アルトマンが書いた憂愁のある曲。マクパートランドは非常にブルージーで性別を感じさせないピアノを弾くのですが、こうした憂いのある曲もよく合います。あまり湿っぽくならずに凛としているところがいい。導入部はマクパートランドのピアノのみでスローに入ります。ちょっと緊張感が高まったところでリズム陣が加わり、ジョー・クサティスの快調なブラッシュ・ワークに乗ってマリアンがテーマ~ソロへとスイングしていきます。時に左手をゴリゴリ言わせながらソロを取っていくマリアン。しかし、後半は音数をぐっと絞ってこの曲の味わいを見事に描き出しています。よくある後半に飛ばして盛り上げるという単純な構成になっていないところに彼女の音楽に対する理解の深さを感じます。

⑦Give Me The Simle Life
ちょっとしたユーモアを感じさせるテーマ。マリアンが笑顔で弾いている感じが目に浮かぶような幸福感を感じます。そのままストレートな4ビートに乗ってソロへ。ここでもクサティスのブラッシュ・ワークが光りますが、②とは違ってゆったりした感覚でビートが刻まれます。主役のマリアンはと言うと、楽しいタッチながら高音より中低音域を生かしたソロで「重み」を大切にしているように聴こえます。ブルージーさを強調しているわけではありませんが、にじみ出てくるとでも言うのでしょうか。「シンプルに生きるのにも強さが必要よ」と諭されているような、しっかりとした「個」を感じさせる演奏です。

この他、ラスト⑩So Many Things もマクパートランドの強さが垣間見えるバラッドで素晴らしいです。

『その農地、私が買います』で数々の夢が頓挫しかかり、「答えはまだない」という高橋さん。もともと実家という基盤がある彼女でさえそうなのだから、「農」に関わるのはかなり大変なことなのでしょう。

しかし、このような本音の出版物が出るほど農への関心は高まっていますし、議論をしようという流れができているのかもしれない。道を切り開くのはいつも「強い個人」です。

高橋さんもマクパートランドも女性で、男性社会のルールに抗している部分は共通している。やはり、次の時代を新しい発想で切り開いていくのは女性のパワーなのかもしれません。

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