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なけなしがありったけになる、希望を照らす食堂の灯

この夏人気だったテレビドラマ
「私の家政婦ナギサさん」の魅力のひとつには、登場人物が皆、善良で温かな人で和み、
冬の夜のあったかい湯舟のようで、安心して観ることが出来た、ということがあると思います。

今日再読したのは、ハートフル短編の名手、吉田篤弘氏の長編小説(連作短篇)「おやすみ、東京」(ハルキ文庫)。

舞台は東京、ある街の交差点にある食堂「よつかど」。 ここに集う、深夜の様々な職業の人たち。本作はそのささやかな関わり合いを描いたもの。 作者の「つむじ風食堂の夜」に構図は似ているも、 また、違ったテイストが楽しめます。

登場人物が皆、穏やかで優しい人。
夜の静けさの中での展開ゆえに 
刺激がなく眠くなるかと言えば真逆で、
どんどん先へ急ぎたくなる。

本作で互いに心通わせるのは、
タクシー運転手、バーや古道具屋、撮影所、
電話相談所でそれぞれ働く男女たち。

過去と現在、想いと生き方、恋愛と仕事が
それぞれ交差する。 撮影所で働く女性ミツキが映画監督に指示された、撮影に使うブツを探しに途方に暮れるたびに、「風車の弥七」の如く、タクシー運転手の松井が助けてくれる構図が僕は好きなのです。

また階段の踏み板など、不思議な魅力のある
商品(材料、小道具)を揃える古道具屋の主人
イバラギも好きです。こんな生き方も有りと思います。

僕は、吉川英治氏の「宮本武蔵」のような
小説史に残る傑作や北方謙三氏の「老犬シリーズ」を例外として、一度読んだ小説を読み返すことは殆どありません。 だけど、渇いた心をそっと潤してくれる本作を、遠ざかる秋の日に再び手にしたのでした。

ジグソーパズルの最後のワンピースを
どうしてもはめ込めない。
もう一歩踏み出せばいいのに足踏みをする、
そんな「幸せ未満」な登場人物たち。
強欲とか傲慢とは無縁に、不器用に生きる人たち。

彼らが持ち合わせているのは、なけなしの、ありったけの生きる希望と夢。

深夜の東京、その空の下、 目の前にある幸せに気付く物語。 あったかい人たちに会える、やはり湯舟のよう。 こういうジャンルの小説は僕には尊いのです。

「迷い人の背中を照らす食堂の灯」弥七


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