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私の愛するディック本


フィリップ・K・ディック(Philip Kindred Dick)
1928.12.16 - 1982.3.2
アメリカのSF作家

 映画「ブレードランナー」や「トータルリコール」などの原作者として知られるフィリップ・K・ディックは、60年代を中心に多くの作品を残したSF作家です。

 近年でも新訳や新装版がリリースされたり、フェアが組まれたりと、今でも人気の高い作家さんなのです。


代表作となると、やっぱ

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」

ですね。

 映画「ブレードランナー」の原作として有名ですが、その印象的なタイトルとともに、ディックの傑作と呼ばれていています。



 …ただですね、
 私にとって、一番、面白いディック本は、これじゃあないんですよね~

 ということで、今回は、私がハマったフィリップ・K・ディックの長編作品について "note" していきたいと思います。


+  +  +  +  +  +


 ディックは自分にとって思い出深いSF作家の一人で、高校~大学時代にハマって読んだ作家です。
 もちろん、きっかけは '82年の映画「ブレードランナー」だったことは間違いありません。

 ただ、映画「ブレードランナー」って、公開当時よりビデオ化された辺りから徐々に人気が高まっていったと記憶しています。
 映画の人気が広がってく中で、原作者であるディックも再評価されて、サブカル系の雑誌とかで特集されたり、研究本が出版されたりと.. 盛り上がってた感じでした。

 自分も研究本なんかを参考にしながら、ディックの作品を読んでいったわけなんですが、今回の記事にあたって、これまでに読んだディックの長編作品を数えてみました。(あれ?13冊しかない💦)

【ディックの長編作品一覧】(太字が読了作品)

(「市に虎声あらん」*1950)
「偶然世界」1955
(「メアリと巨人」*1955)
「ジョーンズの世界」1956
「いたずらの問題」1956
「虚空の眼」1957
「宇宙の操り人形」1957
(「小さな場所で大騒ぎ」*1957)
「時は乱れて」1959
「未来医師」1960
「ヴァルカンの鉄鎚」1960
「高い城の男」1962
「タイタンのゲーム・プレーヤー」1963
「アルファ系衛星の氏族たち」1964
「火星のタイム・スリップ」1964

「最後から二番目の真実」1964
「シミュラクラ」1964
「ドクター・ブラッドマネー」1965
「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」1965
「去年を待ちながら」1966
「ライズ民間警察機構/テレポートされざる者」1966
「空間亀裂」1966
「逆まわりの世界」1967
「ザップ・ガン」1967
「ガニメデ支配」1967 レイ・ネルソンとの共著
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 」1968
「銀河の壺なおし」1969
「ユービック」1969
「死の迷路」1970
「フロリクス8から来た友人」1970
「あなたをつくります/あなたを合成します」1972
「流れよわが涙、と警官は言った」1974
「ジャック・イジドアの告白/戦争が終わり、世界の終わりが始まった」*(1975)
「怒りの神」1976 ゼラズニーとの共著
(「アルベマス」1976)
「スキャナー・ダークリー/暗闇のスキャナー」1977
「ヴァリス」1981
「聖なる侵入」1981
「ティモシー・アーチャーの転生」*1982

→*を付しているものは一般小説
→( )付タイトルはディックの死後出版
→違うタイトルのあるものは併記

 もうちょっと読んでる気がしたんですが…
 30作以上あるディックのSF長編の半分にも満たないんで、ディックを語る資格はないかもしれません。
 ただ、あえて言わせてもらうと…

ディックは今でも人気

 最初にディック人気が高まったのは「ブレードランナー」後なんで、かれこれ40年前になるんですが、今でも根強い人気があります。
 例えば、SF界のビッグ3と呼ばれるアーサー・C・クラークアイザック・アシモフロバート・A・ハインラインでも、現在では絶版になってる作品がけっこうあるのに、ディックの場合、今でも(有名作品でなくとも)大半の作品が読めたりするんですよね。

 ただ、誤解を恐れずに言うとですね…

ディック作品はB級作品!

 ディック作品は、「壮大なスケールでつづる宇宙叙事詩!」みたいな感じで紹介されることはないんです。
 どこか ”B級感” が強く漂うんですよね~。(オイッ、怒られるぞ!)
 まず主人公がヒーローっぽくなくて、むしろグダグダな感じだし…  設定や出てくるガジェットなんかも、ネーミングを含めて「なんじゃこりゃ」みたいなことも多いんです。
 フィリップ・K・ディックって、存命中は売れない作家だったらしくて、日銭を稼ぐように書かれた作品もあるし、アンフェタミンを多用したりして、(生活だけでなく)精神的にも不安定な時期に書かれてることもあって、ストーリーが破綻してるなんて作品も珍しくないんです。

 ただ、ストーリーが破綻してても、多少ヘンテコな設定だったり、妙な道具が出てきたり、結末のオチがアレであったとしても… ディックならではのアイディアがあって面白かったりするんです~
 そこが、ディックが ”巨匠” ではなく”鬼才”と呼ばれる理由なのだと思います。


「ディック感覚」に浸る

 さて、ここからが本題です。
 私自身、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」からディックに入門した口なんですが、正直、映画とは雰囲気も結末も違っていて、(当時は)あまり面白く感じなかったのです。

 むしろ、次に手に取った長編「火星のタイムスリップ」が、すごく面白くてですね、それがディックにハマるきっかけとなったのです。


「火星のタイムスリップ」

(旧版の表紙)

 火星植民地の大立者アーニイ・コットは、宇宙飛行の影響で生じた分裂病の少年をおのれの野心のために利用しようとした。
 その少年の時間に対する特殊能力を使って、過去を変えようと、コットが試みたタイム・トリップには怖るべき陥穽が隠されていた……


 ディック作品でよく扱われるテーマとして、 "現実という感覚の危うさや脆さ” があります。
 そんな作品では、登場人物の信じていた「現実」が崩壊していく場面があったりするんです。
 ディック作品によく出てくるこの現実崩壊の感覚は、通称「ディック感覚」と呼ばれてたりします。

 まさに「火星のタイムスリップ」には、この現実崩壊(「ディック感覚」)の場面があって、とても印象的だったんですよね。


 傑作とされる「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」には、"人間とアンドロイド" の境界を考えさせる哲学的な部分はあるものの、この「ディック感覚」は希薄なんです。
 多分、私的に「アンドロ羊」が一番ではない最大の理由が、この「ディック感覚」の有無なのです。



 「火星のタイムスリップ」に、思いの外ハマってしまった私は、同じような「ディック感覚」を味わえる作品を探していくわけなんです。
 当時、この現実崩壊の感覚を味わうには、「火星のタイムスリップ」とともに「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」、そして「ユービック」が代表的な作品と言われていました。


「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」

(旧版の表紙)

 遙かプロキシマ星系から、謎の星間実業家パーマー・エルドリッチが新種のドラッグ〈チューZ〉を携えて太陽系に帰還した。国連によって地球を追われ、過酷な環境下の火星や金星に強制移住させられた人々は、こぞって〈チューZ〉に飛びつくが、幻影に酔いしれる彼らを待っていたのは、死よりも恐るべき陥穽だった……


「ユービック」

(旧版の表紙)

 一九九二年、予知能力者狩りを行なうべく月に結集したジョー・チップら反(アンチ)予知能力者たちが、予知能力者側のテロにあった瞬間から、時間退行がはじまった。
 あらゆるものが一九四〇年代へと逆もどりする時間退行。だが、奇妙な現象を矯正するものがあった――それが、ユービックだ!

 出版元の内容紹介文を見ただけでも、けっこう "何じゃこりゃ" みたいな印象を持ちません?
 こういうのがディックっぽいんです!

 そして、私はこの3作品で、どっぷり「ディック感覚」に浸っていくわけなんですが、強烈な作品を読んでしまうとですね、後の作品がちょっと物足りなくなるという… 実に困った症状に陥りました。

 ディックの長編といえば「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」から入る方が多いと思うのですが、次に読む長編を探しているのであれば、ぜひ、「ディック感覚」溢れるこの3作品をお試しください。


賞を受けたディック作品

 さて、自分が読んだ作品から、もう一冊紹介しようと思うんですが、まず、売れない作家フィリップ・K・ディックが賞を受賞した3作品

「高い城の男」:ヒューゴー賞(1963)
「流れよ我が涙、と警官は言った」:キャンベル記念賞(1975)
「暗闇のスキャナー」:英国SF協会賞(1978)

 ヒューゴー賞を受賞した「高い城の男」、この本こそディックの代表作としてる書評も多いです。
 また、キャンベル記念賞を受賞した「流れよ我が涙、と警官は言った」もディックらしいアイデンティティーをテーマにした作品で、「アンドロ羊」にも通じる面白さがあります。
 ただ、この3作品の中ならば、私的には「暗闇のスキャナー」を推したいと思います。


「暗闇のスキャナー」

 どこからともなく供給されるドラッグ、物質Dがアメリカ中に蔓延していた。覆面麻薬捜査官ボブは捜査のため自らも物質Dを服用、捜査官仲間にさえ知らせずに麻薬中毒者のグループに潜入する。
 だがある日、彼は上司から、盗視聴機を仕掛けボブという男を――彼自身を監視せよと命令を受けた……

 正直、これってドラッグ小説なんです。
 潜入した自分を監視するという、これまたアイデンティティーを揺るがすタイプの作品です。
 ほとんどSFは感じないんですが、「ディック感覚」が薄~くなって全編を覆っているような悪夢的小説で、なかなか体験できない読み味の作品なんです。

 私が読んだのは創元版の「暗闇のスキャナー」(山形浩生訳)で、2000年代になって、ハヤカワから浅倉久志訳で「スキャナー・ダークリー」というタイトルで新訳版がリリースされています。
 私世代でディックといえば浅倉久志さんではあるんですが、この本については、猥雑な山形浩生訳の方がマッチしてるんじゃないかと思っています。


 ちなみに、この作品は ”ロトスコープ・アニメーション” で映画化されています。



積んでるディック作品

 さも、ディック研究家っぽく書いてますが、実際は13冊しか読んでない身分なんで、積んでる本が何冊かあります。
 それが「ヴァリス」三部作と呼ばれる晩年の作品です。


「ヴァリス」

 女友達の自殺をきっかけに、ホースラヴァー・ファットは少しずつ狂いはじめ、麻薬に溺れ、彼もまた自殺を試みるが失敗する。
 だが、彼は神に出会った。
 ピンク色の光線を照射し、彼の頭に直接情報を送り込んできたのだ。
 その日から、ファットは自分だけの秘密教典を記しはじめた……。

 晩年のディックが、自らの神秘体験を生かして描いた ”問題作” と呼ばれていて、「ヴァリス」、「聖なる侵入」、「ティモシー・アーチャーの転生」から成る三部作です。
 正直、宗教色が強い感じがして、持ってるんだけど積んだままになっています。

 私が持ってる「ヴァリス」は、廃刊となったサンリオ文庫版を創元文庫が再リリースしたもので、かれこれ30年以上積んだままになってます。
    さすがに、そろそろ読んでみようかと思ってたり、思ってなかったり… なんですけどね。(←どっちやねん!)


+  +  +  +  +  +


 私の愛するディック本を紹介してきましたが、ディックの推し本は人それぞれ違うというのが定説なんで、あくまで私個人という点をご了承ください!

 ディックの長編の出来にバラつきがあるのは事実なんですが、いまひとつ不出来な作品でも、光るアイディアがあるのがディックらしさなんです。

 と、いうことはですよ…..
 ひとつのアイディアでも完結できる短篇なら、出来不出来の差は少ないんじゃないかと思ったりしますよね。
 まさに、その通りで、ディックは短篇の方が質が保証されてるのかもしれません。(また、怒られるぞ…)

 ということで、ディックの短篇作品についても、そのうち note していきたいと思います!



(往年のSF小説関係note)

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