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わたしが文章を書けるようになったのは、書くことをやめなかったからだと思う

先週末、パッとアプリを立ち上げたら、noteさんに、「10月31日までに投稿すると、16ヶ月毎月連続投稿になりますよ!」といわれた。
会社のnoteでは記事を書いていたので、「ああ、今月は個人のほうではまだ1本も書いてなかったか〜」と思い、悩んだ末に、おそるおそる書き始めてみる。

「文章書くの上手だよね」「才能だね」「すごいね」

今年になって、いろんな場面でわたしが書いた文章を読んでくださる人が増えて、ありがたいことに社内外から、こんな声を掛けてもらえる機会が増えた。ありがたい気持ちと同時に、大変こそばゆい!!という気持ちになる。

わたしとしては今に至るまでにいろんな変遷を辿っていて、その度にすこしずつ書くスキルが上がっているとは思うけれど、わたしに"才能"があったのかと問われたら、キッパリ「ない」と答えている。

というわけで、今日は、わたしが書くことについて考えてきたことを、おもむろに振り返るnoteにする。

わたしの「書くこと」履歴書

わたしが文章を書けるようになったのは、書くことをやめなかったからだと思っている。

気づいたら活字が好きになって、自分でも書いてみたいと思うようになって、仕事にできたらいいなと思ったり思わなかったりしながら、書くことを勉強した。
そして今は、会社公式noteを立ち上げて、取材や記事執筆や編集をしている。


わたしと活字との出会い

わたしが書くことが好きだと思えるようになったのは、中学生くらいの頃からだと思うけれど、その前までは、図書の時間が大嫌いな、文字を読めない子だった。

でも、小学3年生のときに、とある物語と出会って、「ああ、本って作者がいて、作者は読み手に何かを伝えたくて、そういうものをオブラートに包んで、物語にして書いているのかあ」ってことを理解したときに、「本=文字だらけの物体」ではなく、「本=誰かの思いや願い」なのだとわかって本が好きになった。

そこからは急激に本の虫になって、永遠に本を読んでいて、気づけば並みの同年代よりも語彙力を持っていたと思う。
そうなれば、自分も書いてみたい!と思うのは自然な流れで、前は赤入れだらけだった作文も、みんなの前で国語の先生が読み上げてくれるようなお手本作文に昇格した。

あと、今となっては恥ずかしい思い出でしかないけど、中学生になってからは、ずっとポエマー(笑)だったので、バレー部と文芸部を兼部して、文芸部が出している部誌に、目も当てられないぜ!ってポエムを寄稿してた。

その頃の夢は、いくつかあったけれど、その中の一つが作家だった。


大学3年生のインターンで小さな出版社へいく

社会に出るぞという段階になって、作家ってそもそもなりかたがわからないし、自分より文章が上手な人はこの世に溢れているし、でも本は好きだから、出版社ってちょっといいかも。編集者ってかっこいいかもって思った。(たぶん、そういう人って世の中に結構いると思う)

探しに探して、面接も受けて、ご縁をもらって大学3年生のひと夏、とある出版社に学生インターンとして通った。

詳しくは割愛するけれど、実際に出版社に入ってみて、ガチの編集とか営業とかに立ち会うことは少なかったけど、ちょっとイメージと違うかもと思ってしまった。(勝手に期待して勝手に失望するという最悪なインターン生)

3年生のひと夏のインターンを終えて、それでもメディア業界を目指すのか?と考えたときに、このモヤッとした気持ちのまま、有象無象のハイスペ学生たちと真正面からやりあうなんて無理…と思って、結局出版社は1社も受けなかった。(のちに自己分析をした結果、空間デザイン系の会社に惚れ込むのはまた別の話)


就職して、イヤになって、また書きたくなって

結局、行きたかった会社はぜーんぶ落ちて、就活失敗したなーと思いながら、ご縁をいただいた大手IT企業へ入社した。大きい会社だったから、次のキャリアが築きやすいかなと思っての判断だった。

そして、このIT企業も実は学生時代に3daysインターンに参加していて、「わたし、ここの社風合わないな!」と思っていた会社だった。

だから最初から、「たぶん社風が合わないから、入社3年経つ前にやめよう」と思いながら入社した。(本当に失礼なやつだと思うし、社風が合わない会社に入るとひどいことになるって身をもって経験したから、こういう振る舞いはおすすめしない)

そんなこんなで、3年になる前に会社を辞めることになるのだけど、1年半くらい勤めて、「ああもうなんかイヤになっちゃった」って思ったときに、転職活動をしてみたことがある。

改めて自己分析をしてみて、「人の話を聞くこと」「書くこと」が好きなら、記者とかもいいんじゃない?と思ったのだ。


小さな新聞社の面接で実技試験にとまどう

実際、新聞社への転職を目指すことにした私。それは、運よく小さな新聞社の面接に呼んでもらえたときのこと。面接は役員の方が出てきて、和やかに進み、「いいんじゃない???」とか思ってた矢先だった。

「じゃあ、次は実技があるから。今から持ってくる新聞記事、赤入れして編集してみてね」

生まれてこの方、誰かが書いた文章を編集した経験なんてなかった、23歳の小娘。結果は絶望的で、案の定、選考も受からなかった。

そもそも何の経験も基準もないので、どこをどうやって編集するべきなのか全く検討がつかなかった。

わたし、とんだ夢見がちな子だったなあ。お作法も何も知らないのに、自分の書いた文章がいい文章なのか悪い文章なのかも知らないのに、「やりたい!きっとできる!」で進んだら痛い目をみた。

でも、おかげで「よし、それなら書くことを勉強しよう!」と思った。


盛り上がっていたオンラインサロン界隈に踏み込む

ライター養成講座とかもいろいろ調べたのだけど、コピーライターとか、SEOライターとかは、あんまり興味が湧かなくて、いろんな可能性を探った上で、2019年当時に盛り上がっていた、"オンラインサロン"に入ってみよう!と思った。

箕輪編集室という、幻冬舎の編集者である箕輪厚介さんが主催のオンラインサロン。箕輪さんのことは全然知らなかったけれど、編集者の方が主催ということで、コミュニティ内にはメディア業界の関係者の方がゴロゴロいた。

箕輪さんが開催する「文章の書き方講座」だったり、つながっている著名な方から聞く「編集論」だったりを聞くことも、もちろんタメになった。

そして、それ以上に、コミュニティメンバー間での「ライティング講座」に参加したり、実際に取材をしたり、書き起こしたり、記事にしたり、編集したり。書くことのスキル的な要素の全てを、ここで学んだ。

箕輪編集室なのに、箕輪さんとのいい写真がなくて前田さんとの写真でごめんなさい笑

結局、オンラインサロンには1年くらい入っていて、その間にライティングに関するたくさんのことを学んだ。
その他にも副次的な効果があって、コミュニティ運営やイベント運営の経験をさせてもらったり、学生時代の友人や仕事のつながりとも違う、あたらしい人とのつながりが増えて、いろんな生き方や考え方の人がいることを身をもって知った。オンラインサロン、当時のわたしにはすごく良い居場所だった。


書くことよりも、話を聞くことが好きだと気づいた

オンラインサロンのつながりで、いくつかのコピーライティングのお仕事をいただいて、書くことを副業にしてみたこともあった。
だけど実際にやってみて、やっぱりわたしはコピーライティングよりも、「取材がしたい、人の話を聞いて記事にしたい」という思いが強かった。

けど、そんな仕事をどこで取ってくるのかわからなかったことと、「だったら人の話を聞く方を仕事にしたらいいんじゃない?」と思って、国家資格キャリアコンサルタントの資格を取って、人材会社に転職した。

「聞くこと」も、書くことと同じかそれ以上に好きなことだったので、人材会社でいろんな人とキャリアについて話す機会があることはすごく面白かった。
「書くこと」は、どこかで趣味か副業としてできたらいいなと思いながら、すこしだけ影を潜めた。


結局、好きなことって変わらない

人材会社に入社して2年ちょっと過ぎたころ、ふと目に入った、SNS担当者募集の社内公募。これ、やってみたい!と思い、選考エントリーして、2回の面接をパスして異動した。

そして今は、日々SNSの投稿をしたり、会社公式noteを立ち上げて、コンテンツを企画して取材に行って、記事を書いたり。社内の執筆メンバーさんが書いてくれた記事を編集してみたりと、noteの運用をしている。

つくづく、好きなことって、ずっと変わらず好きなんだなあと思う。


才能は、行動量でつくれる

自分の書いた文章が人の目に触れて評価される機会なんて、今までなかったから、「文章書くの上手だよね」「才能だね」「すごいね」って声を掛けてもらえるようになって、びっくりだし、うれしいと思うし、もっと頑張ろうと思う。

けど、わたしは元から文章が書けたわけじゃない自分を一番よくわかっているから、うれしい気持ちと同じくらい「才能は、つくれる」と思っている。

わたしが文章を書けるようになったのは、書くことをやめなかったから。

途中、書くことへの思いが弱まったり、全然書かなかった期間もあるけど、とにかくずっと、書くことへの興味を失わなかったから、わたしは書けるようになったし、今、書くことができる環境にいるんだと思う。

やっぱり、日々その好きなことへのアンテナが立っている状態を保てると、自分もよい情報に気づきやすくなるし、チャンスが巡ってきたときに掴める胆力を養えていたりする。

わたしも、今に至るまでにいろんな道のりがあったけれど、ひとつずつの行動があったからこそ、今のわたしがいる。


"好き"の種をみつけたら、ゆっくり育てていくといいかも

だからね。自分の中に、好きの種をみつけたら、大切に取っておいて、ゆっくり育てていくと、いつかきれいな花が咲くかもしれないと思う。

それは3日後かもしれないし、5年後かもしれないけど、そういう未来の可能性にワクワクしながら、ずっと興味を持ち続けていけば、きっと何かにつながっていく。

私にとっての「書くこと」も、この先どうなるんだろうってワクワクしている。もしかしたら、作家になる夢が叶うなんてこともあるかもしれないし!(お得意の「スキル:夢見がち」が発動)

でも、そういう思いの強さは、行動につながるし、行動は才能につながるのだ。夢はおおきく!!笑

わたしが文章を書けるようになったのは、書くことをやめなかったから‥‥というお話でした。

ご清聴、ありがとうございました。

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