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猫舌三昧

みなさん、こんにちは。鈴木総史です。
今日は、昔の話を。これも不思議な繋がりのお話。

私の実家は酒屋(酒造りではなく、酒販店)で、小さい頃から父にくっついて配達の手伝いなどをしていた。手伝いなど大層なものではなく、基本は、父に担がれていたであろうが…。

うちの酒屋の常連さんで、よく配達に行っていたお家がある。その方の家では可愛い猫ちゃんが飼われていた。毎回配達についていく度に、その猫ちゃんと会うのが楽しみでもあった。

その猫の名前は、「トロ」。(後日知ったが、フランスのトロ競馬が由来だそう)
私は、幼いながら(幼稚園生くらい)に、なんでトロっていう名前なのか不思議に思ったようだ。「とろ?とろけるのかなぁ」とその方に言った。「そんな言葉、どこで覚えたの〜?」と。私のワードセンスにことさら驚いていたようだ。
俳句の道へ進むことは、この時から見抜かれていたのかもしれない。

程なくして、その方が執筆している朝日新聞のエッセイ欄に、このエピソードが載ることになった。そして、それらのエッセイが一冊の本になって、手元にやってきた。
そのエッセイ集の名は、「猫舌三昧」(朝日新聞社)。著者は、翻訳家・柳瀬尚紀先生である。
そう、うちの常連さんとは、この方なのである。

柳瀬尚紀先生は、北海道根室市出身。2016年に逝去された。
ルイス・キャロル作品や、翻訳不可能と言われたジェイムス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の翻訳をした人物である。
また、「チョコレート工場の秘密」や「ガラスの大エレベーター」など、ロアルド・ダール作品も、柳瀬先生の翻訳だ。先生から直接本をいただき、私の読書好きの根源になっている。柳瀬先生は、将棋や競馬にも精通している(羽生善治さんに関する著書もある)。

先日、訪れた北海道立文学館に、柳瀬尚紀先生についての展示があった。
私が赴任した北海道は、柳瀬先生の故郷。また、再会できたような気がして、なんだか不思議な感じがする。
「柳瀬先生、配達についてきていた酒屋の愉快な坊やは、今、北海道で俳句を頑張っていますよ。」

【出典】
柳瀬尚紀 『猫舌三昧 』朝日新聞社 (2002年)
p198〜200 「トロ」
(初出:朝日新聞夕刊 2001年7月19日)

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