僕は彼女がそこに立っているのを見ていた(戯曲)

【これは、2019年に高校演劇部の上演用に書いた演劇台本です】


  〈登場人物〉

   アユミ
   ミホ
   ナナ
   カエデ
   サキ
   景浦
   石田
   高橋
   山岸
   ユミコ先生

  朝の駅のホーム(暗転幕の前)。
  たくさんの人々が並んで電車の到着を待っている。
  みんなどことなくイライラしている感じ。

アナウンス  お急ぎ中のところ、誠に申し訳ありません。本日、五反田駅で発生しました人身事故のため、ただ今ダイヤが大変乱れております。まもなく電車が到着致しますので、今しばらくお待ちください。
男1  おい、またかよ。
男2  ほんと、人の迷惑ぐらい考えろよな。わざわざラッシュ時間に飛び込まなくてもいいだろ? 嫌がらせかよ?
男1  嫌がらせっていうか、わざとやってるんだよ。
男2  え? どうして?
男1  そりゃ、一世一代の晴れ舞台だからさ。
男2  晴れ舞台? 何が?
男1  だから自殺だよ。一回しか死ねないんだからさ、どうせ死ぬならみんなの記憶に残るような派手な死に方したいじゃん?
男2  記憶に残るって‥‥ただ、みんなに迷惑かけてるだけじゃん。それに、飛び込み自殺なんか、イマドキありふれてて新聞にも載らないぜ。
男1  そんなの知るかよ。死ぬヤツはそう思ってんじゃない?
男2  ふーん。そんなもんかね?
男1  うん。そんなもんだよ。たぶん。
男2  ‥‥でもさ、なんで山手線でやるんだろね?
男1  え?
男2  だって、各停じゃん。停まりかけの電車に飛び込むのってイヤじゃない? 特急の方がよくなくない? バーンって一気に行っちゃう方がさ。
男1  ああ、そういえばそうかもな。
男2  やっぱ、それでも一世一代の晴れ舞台だから、メジャーな山手線がいいのかな?
男1  知るかよ。そいつらに聞けよ。
男2  聞けねぇよ。死んでんだから。
男1  あ、そりゃそうだ。
男1・2  アハハハハ。

  ストップモーション。
  女1に明かり。

女1  こんな会話を聞くのは何度目だろう? 東京に引っ越してきて、電車で学校に行くようになって、初めてこういう会話を聞いた時は、「東京の人って何て冷たいんだろう」とけっこうショックだった。
それが、二年も経つと何にも思わなくなった。何にも思わないだけじゃなくて、ちょっと共感してたりする自分が悲しい。
とにかく、こういう電車の人身事故も、朝のいつもの日常風景の一コマになってしまった。

アナウンス  大変お待たせしました。まもなく2番線に内回りの電車が到着します。白線の内側にお下がりになってお待ち下さい。

男1  お、やっと来るな。
男2  かなり遅刻だよな。‥‥会社に電話した?
男1  うん。した。
男2  電話に出たの、誰? 課長?
男1  いや、鈴木さん。
男2  おお。そりゃラッキーだったな。
男1  まあな。日頃の行いがいいからな。
男1・2  アハハハハ。

  その時、男3が誰かに突き飛ばされる。

男3  うわあ!

  男3、よろめいて線路(客席)に落ちる。
  激しいブレーキ音。
  女性の悲鳴。
  男4が走り去る。

男1  あ、あいつだ!
男2  待てぇ!

  男1・2が追いかけて行く。
  人々のざわめき。

アナウンス  皆さん落ち着いてください。ただ今、係の者が参りますので、離れて下さい。繰り返します。危険ですので、事故現場から離れて下さい。

  女1を残して、全員去る。
  同時に暗転幕が開く。

女1(カエデ)  男の子と女の子は違うんだそうです。そんなの当たり前かもしれないけれど、女の子と男の子は違うんです。
例えば、女の子が「頭が痛い」って言います。すると、男の子は「頭痛薬買って来ようか?」って言います。でも、そんなことじゃないんです。頭が痛いっていうのはウソじゃないけど、でも別に「頭痛薬を買って来てほしい」って言ってるんじゃないんです。それは絶対違うんです。そこのところが男の子にはわからないみたいです。
こないだ、テレビを見てたら、マンゴーパフェの話をしていました。
ファミレスに女の子が三人やって来て、一人の子がメニューを見て「私、マンゴーパフェにする」って言いました。もう一人の子が「そうだよね。夏って言ったらやっぱりマンゴーだよね」って言いました。「マンゴーのとろける甘さは最高だよね」って、もう一人の子が言いました。それでベルを押して、ウエートレスがやって来たら、「私、チョコパフェ」「私、抹茶パフェ」って言ったので、「さっきのは何だったんだ!」って男の人が怒ってたけど、そういうもんでしょ?何で怒るのかな?
女は共感を求めて、男は解決を求める、とか誰かが言ってました。なるほど、うまいこと言うなあと思いました。
女はバカだと言う人がいます。男は察してくれないと言う人がいます。どっちもどっちな感じもしますが、どうしてなのかな? どうしてすれ違うのかな? 二本の手、二本の足、二つの目、一つの鼻と口、おんなじ人間なのにどうしてわかりあえないのかな? なんだか不思議です。
‥‥私とあなたは違うんだそうです。そんなの当たり前かもしれないけれど、私とあなたは違うんです。
そんなことを言ってると、ちょっとさみしい気もするけど‥‥ねぇ、わかってよ!

  女生徒たちが出てくる。

アユミ  どした? どした? どした?
ミホ   なんか悪いもんでも食べた? 拾って食べた?
ナナ   生理? ねえ、生理なの?
カエデ  うるさい!
アユミ  何怒ってんのさあ?
ミホ   何いらついてんのさあ?
ナナ   生理? ねえ、生理なの?
カエデ  うるさい! うるさい! うるさい!

  しばしの沈黙。

アユミ  ‥‥あのう。
カエデ  ‥‥‥。
ミホ   ‥‥そのう。
カエデ  ‥‥‥。
ナナ   ‥‥どのう。
カエデ  はあ?
ナナ   え?
カエデ  どのう? どのうって何なの? どのうって。
ナナ   ええ? 何?
カエデ  だから、どのうって‥‥。
アユミ  ちょっと、ちょっと。
カエデ  え?
ミホ   何よ? それ?
カエデ  え?
アユミ  人がちょっと心配してあげたら、つけあがりくさって。
カエデ  ‥‥‥。
ミホ   何よ。その言い草。ナナがかわいそうじゃないの。ほら!
ナナ   えーん。えーん。
カエデ  え‥‥。
アユミ  ようもうちのかわいい子を泣かせてくれはりましたなあ。どないオトシマエつけてくれはりますのん?
カエデ  え。
ミホ   責任取ってよ。
カエデ  え。‥‥いや、だから‥‥。
アユミ  だから?
カエデ  だから‥‥。
ミホ   だから?
カエデ  だからぁぁぁ
アユミ・ミホ・ナナ だから、どうしたのよ! カエデ!
カエデ  ‥‥え。
アユミ  ‥‥正直に言ったんさい。お母さん怒らないから。
カエデ  ‥‥え? ‥‥ほんと?
アユミ  うん。
カエデ  ‥‥そっか。
アユミ  うん。‥‥それで?
カエデ  ‥‥あのね。
ナナ   やっぱり生理なの?
アユミ  (ナナの口を押さえて)あんたは黙ってて!
ナナ   ウググ‥‥。
カエデ  さみしいなあって。
アユミ  え?
ミホ   さみしい?
カエデ  うん。‥‥ひとりぼっちだなあって。
アユミ  え?
ミホ   ひとりぼっちって‥‥どうして?
カエデ  だって、そう思ったから。
アユミ  はあ? やっぱりなんか悪いもん食べた?
カエデ  そういうこと思ったりしない? さみしいなあとかひとりぼっちだなあとか?
アユミ  思う?
ミホ   さあ?
ナナ   さあ?
カエデ  ふーん。そうなんだ。‥‥あんたたち子供ねぇ。
アユミ  え? 何よ、それ?
ミホ   ケンカ売ってるの?
ナナ   ナナ子供じゃないよ。
カエデ  ふつう思うのよ! 健全な青少年はね! 保健の教科書にも書いてあったでしょ?
アユミ  そんなのあった?
ミホ   さあ?
ナナ   さあ?
カエデ  あったのよ! 青少年の心理の特質! はい、教科書開けて。三十八ページ!
アユミ  あ、はい。
ミホ   はい。
ナナ   ほい。

  全員、教科書を開くしぐさ。

カエデ  思春期において、青少年は時として強く孤独を感じることがある。友達がいない、話せる人がいない、一緒に弁当を食べる人がいないなどの物理的な孤独は言うまでもないが、一見社交的であり、活発な交友関係が存在する中で感じてしまう孤独、すなわち「集団の中における孤独感、疎外感」は、より深刻なものとなりがちでなかなか立ち直れない。‥‥ほらあ。
アユミ  そんなのあった?
ミホ   ない!
ナナ   ない!
カエデ  ‥‥でも、だって、そういうことじゃない? 人は一人じゃ生きていけないなんて言うけど、結局、人間は一人なのよ。一人で生まれて来て、一人で生きて、一人で死んで行くのよ。友達がいようが、いまいが、恋人がいようが、いまいが、ひとりぼっちなの。違う? ただ、それに気づいているか、気づいてないかだけじゃない?
アユミ  ふーん。‥‥あんた、どさくさに哲学者ぶろうとしてるでしょ? かっこつけて深刻ぶって哲学っぽく語ろうとしてるでしょ? ‥‥おあいにく様。その手は桑名の焼きハマグリよ!
カエデ  え? どうして?
アユミ  だって、おもしろくないから!
カエデ  え‥‥。いや、おもしろいとか、おもしろくないとか言われても‥‥。
ミホ   おもしろくない!
ナナ   おもしろくない!
カエデ  え。
アユミ  あんたがさみしかろうとひとりぼっちだろうとそんなの知ったこたないのよ。それでも地球は回ってるのよ。そんなことより、問題はね、
ミホ・ナナ   男子部員!
アユミ  そう! それなのよ! ‥‥ねぇ、どうする?
ミホ   どうする?
ナナ   どうする?
カエデ  ‥‥どうしよう?
アユミ  どう思う? やっぱり、新歓がまずかったのかなあ?
ミホ   そんなことはないと思うけど。
ナナ   ナナもそう思う。
カエデ  お客さんの受けもよかったじゃん。
アユミ  どっちかつーと、女の子受けする芝居だったと思うんだけど。
ミホ   だよね。
アユミ  実際、見学にもけっこう来てたしね。女の子。
ナナ   だよね。
アユミ  だったら、どうして?
全員   うーん。
アユミ  そりゃ、確かに男子はほしいって思ってたけどさあ。バランスとか考えるとさ。
ミホ   一度、女子ばっかになっちゃうと、男子、来てくれないとか、言ってたよね。
ナナ   うん、言ってた。
カエデ  でも、実際そうでしょ? 女子だけのクラブに男子は入れないよ。
アユミ  だけど、まさか、男子しか来ないなんてねぇ。
ミホ   想像もしてなかったねぇ。
ナナ   ほんと。びっくりしちゃった。
アユミ  ほんと、困っちゃうよねぇ。‥‥いや、別に困ることはないのかもしんないけど、‥‥でも‥‥やっぱ困っちゃう。
ミホ・ナナ・カエデ  だよねー。
ミホ   何考えてんのかわかんないし。
カエデ  そうよね。練習が楽しいのか、楽しくないのかも、よくわかんないしね。
ナナ   ノリが違うのよねぇ。宇宙人みたい。
アユミ  宇宙人って、あんたそれ。そこまで言ったらかわいそうよ。
ミホ   でも、去年と部活の雰囲気がガラッと変わっちゃったのは事実でしょ?
アユミ  まあ、それはそうだけど‥‥。

  サキがやって来る。

サキ   ごめーん。遅くなりました。
アユミ  ちわ。
サキ   ちわ。
ミホ・ナナ・カエデ  ちわ。
ミホ   何やってたの?
サキ   ちょっと進路部に行って、それから文芸部。
ミホ   ああ、文芸部。
サキ   ちょっと顔出すだけのつもりだったんだけど、新入生の子に相談されちゃって。
アユミ  文芸部って何人入ったの?
サキ   四人。
アユミ  へえ、うちとおんなじじゃん。
サキ   うん。
ナナ   四人って、まさかの男子?
サキ   まさか。全員女子。
ナナ   そっか。だよねー。
サキ   うん。
カエデ  ねえ、進路部で何してたの?
サキ   ちょっと調べ物。
カエデ  入試の資料とか?
サキ   まあ、そんな感じ。
カエデ  すっごいねー。まだ二年になったばかりなのに。
アユミ  カエデさん、私たちみたいな下々と一緒にしちゃダメよ。
カエデ  あ。そっか。
サキ   いや、そんなことないから。
アユミ  でも、サキちゃん、コッコーリツなんでしょ?
サキ   まあ、行けたら、ね。
アユミ  ほーら。
カエデ  ははー。
サキ   やめてよ。
全員   アハハハハ。

  ユミコ先生が入って来る。

先生   おはようございまーす。
アユミ  あ、おはようございまーす。
ミホ・ナナ・カエデ・サキ   おはようございまーす。
先生   みんなそろってる?
アユミ  はい。二年生は。
先生   そう。もう7時間目が終わるから、もうすぐ一年生も来るから。
アユミ  はい。
先生   どうなの? 一年生は?
アユミ  それが‥‥。
ミホ   ちょっと困ってるんです。
先生   え? 困ってる? ‥‥何かあったの?
ミホ   いや‥‥そういうわけじゃないんですけど。
ナナ   宇宙人なんです!
先生   え? 宇宙人?
アユミ  あんたは黙ってて!
ナナ   えー。なんで?
アユミ  話がややこしくなる。
ナナ   ‥‥‥。
先生   宇宙人‥‥ねぇ。何だかわかるよ、その感じ。
ナナ   ね、そうでしょ?
先生   うん。‥‥要するに、あなたたち男慣れしてないってことね。
ミホ   いや、そういうことじゃなくって‥‥。
先生   いや、そういうことよ。‥‥そういえば、この中で彼氏がいる人は‥‥。(生徒の顔を見回す)
生徒達  ‥‥‥。
先生   やっぱりそういうことよね。
アユミ  先生、ひどーい。
ミホ   あんまりだー。
ナナ   セクハラだー。
カエデ  いや、セクハラとはちょっと違うから。
ナナ   え? そうなの?
カエデ  うん。
先生   アハハハ。ごめんごめん。ちょっと言い過ぎちゃった。許して。
アユミ  許しません!
先生   えー。‥‥ほんと、ごめんなさい。この通り。ねぇ、許して。(手を合わせる)
アユミ  ‥‥しょうがないなあ。‥‥許してやるか?
先生・アユミ以外  しょうがねぇなあ。許してやっか?
先生   こら。
全員  アハハハハ。

先生   でもさ、待望の男子部員じゃん。しかも四人も。
アユミ  それは、そうだけど。
先生   そんなの慣れだよ。すぐに慣れるから。
アユミ  そうかなあ。
先生   そうよ。‥‥そうだ。男子と手っ取り早くうまくやる方法教えてあげよっか?
ミホ   え、そんなのあるんですか?
先生   うん。あるよ。
ナナ   え、教えて。教えて。
先生   それはねぇ‥‥。付き合っちゃえ! 逆ナンしちゃえ!
生徒達  え‥‥。
アユミ  それをキョーシが言う?
先生   え? ダメかな?
ミホ   うーん、ギリギリ?
先生   ギリギリ?
ミホ   アウト!
先生   あちゃー。
ナナ   セクハラだー。
カエデ  だから、それはね、ちょっと違うから。

  男子部員が入って来る。

男子部員達  (バラバラに)おはようございまーす。
先生   あ、おはよう。
女子部員達(顔を見合わせて)  ‥‥‥。
男子部員達  ?
先生   ほらほら、来たよ。来たよ。
女子部員達  ‥‥‥。
先生   みんなどうしたの? 来たよ。うわさの宇宙人。
高橋   え? 宇宙人?
石田   何ですか? それ?
アユミ  いやいやいや。何でもないから。
石田   え?
アユミ  ほんとに何でもないから。
男子部員達  ?
アユミ  (ナナに)ねぇ。
ナナ   何で私?
アユミ  だって‥‥。
先生   さあ、時間もあんまりないから、着替えようか? 男子は悪いけどトイレね。
男子部員達  はーい。

  男子部員、荷物を置いて去る。

女子部員達  ‥‥‥。
先生   あんたたち、ほんとわっかりやいわねぇ。まるでマンガみたい。アハハハハ‥‥。
ナナ   セクハラだー!
カエデ  いや、だから‥‥。

  音楽。
  暗転。

  劇中劇。
  エンタメ系アクション活劇。
  派手な照明と、派手な音楽。
  男1と男2が立っている。

男1  所詮覇道はこの世のあだ花。ただ枯れ果てるのみの定め。
男2  強がりを言ってられるのも今のうちだ。この世には力あるのみ。力こそ正義なのだ。そして、今日、オレが正義となる。
男1  愚かな‥‥。あたら命を捨てに来るとは。
男2  それはこっちのセリフだ。死ね!

  男2、男1に斬りかかる。
  男1は男2の剣を払いのける。
  二人の立ち回りが続く。

男1  ほほう。ここまでやって来るだけあって、それなりの心得はあるようだな。だが、ここまでだ。
男2  黙れ! 寝言はあの世で唱えるがいい。

  ぶつかり合う、刀と刀。
  男3が現れる。

男3  やめい! やめい!
男1・2  !

  戦いを止める二人。

男3  お前達が戦ってどうする? お前が真に憎み、戦うべき相手はここにいるぞ。
男2  もしや‥‥お前が?
男3  そうだ。オレこそが不動明王を切り捨て、この世の覇を征する者。
男2  それでは、お前は、四天王ではなかったのか?
男1  だから、オレにはお前を斬る道理などないと言っただろ?
男2  ‥‥‥。
男3  さあ、どうする? 今、ここにその剣を置き、立ち去るなら命だけは助けてやろう。さもなくば死を選ぶか? 二つに一つだ。
男2  おやおや、オレもずいぶん見くびられたものだ。この剣のわななきが聞こえないのか? お前の首を切りたいと泣いているのが。
男3  フフフ。威勢がいいな、小僧。ならば、望み通り、この妖刀村雨の露と消えるがいい。

  男3、男2に斬りかかる。
  激しい戦い。
  銃声!

男1  誰だ?

  男4がマシンガンを持って現れる。

男4  待たせたな。‥‥って、待っちゃいねぇか?
男123  ‥‥‥。
男4  王道だ、覇道だって、いつの時代の話をしてるわけ?
男3  貴様は誰だ?
男4  そんなの知って、どうすんの? ひょっとしてあの世の土産にでもするのかな?
男2  黙れ! 黙れ! 黙れ!

  男123、刀を構える。

男4  おいおい、冗談は顔だけにしてよね。そんなオモチャでこいつと戦えるなんてマジで思ってるの?
男2  聖なる剣を侮辱するとは、許しがたし。ここは、一時休戦して、こやつを成敗してくれようぞ!
男1・3 おう!

  男123、男4に斬りかかる。
  男4、マシンガンを撃つ!
  ダダダダダダ!
  倒れる剣士たち。

男4  カイカンッ!
ハハハハ。だからやめとけって言ったじゃない? 人呼んでアナクロバスターズ。ここに参上! 年寄りの冷や水、お疲れさんでしたー!

  倒れていた男3が、死力を振り絞って立ち上がり、男4を背後から斬る。

男3  うおおおおおお!
男4  グワッ!

  男34、倒れる。
  4人の死体が転がる風景。

アユミ  (手を叩き)はーい、そこまで。

  音楽が消え、照明が戻る。
  女子部員と先生、出てくる。

景浦   どうでした?
アユミ  うーん、どうかな?
ナナ   なかなかかっこよかったんじゃない?
アユミ  かな?
ミホ   でも、キレとかがもうちょっとほしいかも。
アユミ  かな? ‥‥カエデは?
カエデ  うーん。どうだろねぇ? いいっちゃいいんだけど、まだまだって感じもするし。
アユミ  え? どっちなの?
カエデ  だから、良くも悪くもって感じ?
アユミ  もう! はっきりしないやつだな。‥‥サキは?
サキ   うーん、よくわかんない。こういうの、私、あんまり得意じゃないから。
アユミ  なるほどね。‥‥はい、じゃあ、集合!

  全員、集まる。

アユミ  まあ、せっかく男子がたくさん入ってくれたんで、男子を活かすのにはどうしたらいいかって思って、やっぱり男子はアクションじゃない?ってことになって、アクションっていうか、殺陣みたいなのをやってもらったんだけど‥‥。
男子部員達  はい。
アユミ  まあ、ちゃんとした指導者がいないわりにはがんばってくれたと思うんだけど‥‥。
男子部員達  はい。
アユミ  どうなのかな? こういう路線で行くの?
男子部員達  え?
ミホ   こういう路線って?
アユミ  いや、だから、二・五次元っていうか、エンタメ系のお芝居?
ミホ   ああ。
アユミ  だから、コンクールね。
ミホ   ああ、うん。
アユミ  男子だけじゃなくて、私たちもやるんだから。
ナナ   え? 刀を振り回すの?
カエデ  まあ、女の子はあんまり振り回さないだろうけど‥‥。
ミホ   ダンスとか?
ナナ   ええ、ダンス? それはちょっと‥‥。
ミホ   お姫様とか?
ナナ   お姫様? それはちょっといいかも。
ミホ   え? どっちなの?
ナナ   うーん。
アユミ  先生はどうですか?
先生   そうねぇ。よくがんばってたと思うけど。‥‥男子はどうなのかな?
アユミ  どうって?
先生   だから、やってみた感想とか、どんなお芝居がやりたかとか。
アユミ  なるほど。‥‥じゃあ、タカシ君から言ってみて。
石田   ‥‥そうですねぇ。こういうのはやってて楽しいんだけど、でもコンクールっていうのが、イマイチよくわかんないから。
アユミ  ユウイチ君。
高橋   二・五次元とか、エンタメとか言われても‥‥どういう芝居があるのか、よく知らないから。
アユミ  なるほどね。イチロウ君。
景浦   すみませんけど、アクションは、正直、あんまり得意じゃないです。できれば、セリフ中心の演劇の方が好きかなあって。
アユミ  そっか。じゃあコウダイ君。
山岸   うーん。‥‥ちょっと難しいですね。
アユミ  難しい? って何が?
山岸   あの、ちょっと言いにくいんですけど‥‥。
アユミ  え? いいから何でも言って。
山岸   さっき、男子はやっぱりアクションって話があったんですけど、そうなのかなあって。ていうか、そんなに男子、女子って分けなきゃいけないんですか?
アユミ  え?
山岸   男子らしい芝居とか、女子らしい芝居とか、そんなのあるのかなあって思って。
アユミ  あー、なるほどねぇ。そっか。
ミホ   あ、それ、私も思ってた。
アユミ  え? 何?
ミホ   さっきアユミも言ってたけど、せっかく男子が入ったからとか、男子を活かすには?とか、そういうの意識しすぎてたんじゃないかな?
アユミ  うん。
ミホ   そういうの意識しすぎると、何か不自然な感じになっちゃって、かえって男子も、それから女子も活かせなくなっちゃうんじゃないか、と。
アユミ  うーん。
ミホ   ほら、私たち、男子も女子も、こうやってふつうに一緒にいるわけじゃない? だから、変に構えないで、ふつうに一緒にいる芝居でよくなくない?
アユミ  うーん。‥‥そっかあ。なるほどねぇ。
カエデ  あの、実はね、私も、そういう感じのこと思ってた。
アユミ  うーん。なるほどー。‥‥そうですかあ‥‥。

  しばしの間。

アユミ  みんなの話を聞いてね‥‥。
部員達  ‥‥‥。
アユミ  ちょっと安心した。
部員達  え?
アユミ  いや、言い出しっぺの私が言うのも何なんだけどさ、実はちょっと違和感みたいなのを感じてたんだ。
部員達  ‥‥‥。
アユミ  こういう派手なエンタメみたいなの、うちではやったことないし、チャレンジとしては確かにおもしろいんだけど、コンクールでやるのとは、ちょっと違うんじゃないかなあって、だんだんそういう風に思いだして‥‥。
部員達  ‥‥‥。
アユミ  でもさ、今更、私から、そんなこと言えないからさ。
ミホ   ‥‥いやいや、部長だったら、それは言ってくれないと。
アユミ  だよねー。‥‥ごめんなさい。
ミホ   ま、いいんだけどね。
アユミ  ‥‥‥。じゃあさあ、いいかな? とりあえず、エンタメはナシということで。‥‥男子はせっかくやってくれたんだけど、これはまた冬の公演とかでちゃんと考えるからさ。許して。ごめん。
男子部員達  はーい。
アユミ  ‥‥ということで、エンタメはナシになりました。
先生   了解。
アユミ  じゃあさあ、振り出しに戻っちゃうんだけど、どういうのがいいと思う?
部員達  うーん。
ナナ   天使と悪魔の話とか。
ミホ   却下。ありきたり過ぎる。
ナナ   ええー。‥‥じゃあ、じゃあ、落ちこぼれの天使が卒業試験に落ちて、それで追認試験で地上に降りてきて‥‥
ミホ   却下。
ナナ   え? なんで?
ミホ   そんなどこかで聞いたような話ダメよ。それに、いいかげん天使とか妖精とかやめてくんない? 私、そーゆーファンタジー系嫌いなの。
ナナ   ええー。
ミホ   とにかく地に足がついた話がいいな。
アユミ  地に足ねぇ‥‥。
カエデ  私もそう思う。現実的な話。
サキ   うん。私も。
アユミ  うーん。現実的な話ねぇ‥‥。そーだねぇ‥‥。あ、恋愛ものとかどうかな?
ミホ   恋愛もの? それ、ひょっとして、男子を活かす方向で考えた?
アユミ  まあ、それもあるっちゃあるけど。それだけでもなくてさ。
ナナ   ロミオとジュリエット?
アユミ  いや、別にそんな正統派のガチンコの恋愛ドラマでなくてもいいんだけどさあ。ラブコメとかでもいいし。
ミホ   まあ、それはアリだとは思うんだけどね。現実の問題として、私たちにできるのかな? 例えば、主演男優は誰にするの?
アユミ  ああ、それはそうだ。
ミホ   そこは大事だよ。恋愛ドラマのカップルを誰と誰にするかってのは。リアリティの問題としてもね。
アユミ  そうだねぇ。主演男優ねぇ‥‥。(と、男子を見回す)
ミホ   主演男優ねぇ‥‥。(女子部員達、男子部員を見回す。)
男子部員達  ‥‥‥。(おびえている)
アユミ  あ、ごめん、ごめん。別にまだ恋愛ものって決まったわけじゃないから。‥‥男子も考えて意見言ってよね。
男子部員達  ‥‥‥。
アユミ  どう、何かある?
山岸   ‥‥あのう。
アユミ  はい。何?
山岸   ストーリーがないお芝居とか、ダメですかね?
アユミ  え? ストーリーがない?
山岸   いや、ストーリーが全くないっていうんじゃないかもしれないけど、ドラマらしいドラマがなくて、ただ淡々と日常会話が続いていくみたいな。兄貴が大学で演劇をやってて、そういう芝居を見て、なんかすごいなって思ったんですけど。
アユミ  へぇ。そんなのがあるんだ。
ミホ   それって、フジョーリゲキってやつ?
山岸   いや、その辺、よくわかんないんですけど。
ミホ   なるほどねー。‥‥そういうのを考えると、演劇って、ほんといろんなバリエーションがありすぎて、わかんなくなるね。
アユミ  だよねー。‥‥他に何かない?
カエデ  あの。
アユミ  はい、カエデちゃん。
カエデ  ストーリーとか全然考えてないんだけど、「死」をテーマにしたやつをやりたい。
アユミ  お、いきなり重たいのが来たね。
ミホ   「死」ねぇ‥‥。どういうの?
カエデ  ほら、ニュースとか見てるとさ、若い子がけっこう自殺とかすんじゃん? いじめとかいろいろあってさ。別に自殺の話じゃなくてもいいんだけど、死ぬってすごく遠くにあるように見えるけど、案外、私たちの身近にある問題みたいな気がするのよ。
ミホ   自殺ねぇ‥‥。
アユミ  ふーん。
カエデ  ‥‥これ、今までみんなに話したことなかったんだけど、去年の秋にね、駅のホームで突き飛ばされてホームに落ちた人を見たのよ。幸い、電車のブレーキが間に合って、その人は助かったんだけど、今さっきまで隣にいた人が、もしかしたら次の瞬間に死んじゃうんだって。そんなことを思って。それに、その日は、人身事故で駅が混んでて。‥‥「死」の影というのは、ひょっとしたらすぐ近くにあるんだって。ただ、忙しい日常の中で気づかないだけで。いや、ひょっとしたら、気づかないふりをしてるだけなんじゃないかって。‥‥なんか、そういうのを演劇にしたいって、ぼんやり思ってた。
部員達  ‥‥‥。
カエデ  難しいかな? 確かに、難しいとは思うんだけど。
アユミ  うーん。そうだねー。
景浦   いや、それ、いいと思います。
カエデ  え?
景浦   演劇のことよくわかってないんで、偉そうなことは言えないんですけど、せっかく演劇をやるんだから、テレビとか映画じゃなくって、演劇にしかできないのをやりたいって思うんです。今の先輩の話を聞いてて、これは演劇にしかできないんじゃないかって。そう思って。
カエデ  あ。ああ、ありがとう。
山岸   オレもおもしろいんじゃないかって思います。おもしろいって言うのは変かもしれないけど。
アユミ  ほう。‥‥他の人はどう?
石田   あ、オレもそれでいいです。
高橋   うーん、よくわかんないけど‥‥チャンバラよりはいいかな?
アユミ  あらあら、男子はみんな賛成だって。‥‥カエデ、人気あんじゃん。
カエデ  いや、そういうことじゃないでしょ?
ミホ   へぇ。
アユミ  ミホは?
ミホ   えー。どうかなあ? うまくできるのかなあ? まあ、みんながやるって言うんなら反対はしないけど。
アユミ  ナナは?
ナナ   それって、死に神は?
ミホ   出ない!
ナナ   だよねー。‥‥でも、いいよ。基本的に何でもいいから。
アユミ  えー、何よ、それ。‥‥サキは?
サキ   ああ、私は賛成。
アユミ  そっか。じゃあ、決まりだね。
ミホ   ちょっと、あんたはどうなのよ? 部長。
アユミ  あ、そっか。忘れてた。‥‥私? そうだねぇ、ずいぶん重たいテーマだよねぇ。ミホが言ってたみたいに、ちゃんと芝居にできるか、ちょっと心配だけど、ちゃんとできたら、コンクール向きのテーマって言えないこともないのかなあ? まあ、脚本次第かな?
ミホ   だよねー。
アユミ  ということで、先生、こんな感じになりましたけど?
先生   ありがとう。‥‥「死」ねぇ。久しぶりに重たいテーマよねぇ。‥‥まあ、でもね、最近の高校演劇じゃあんまり見ないけど、昔はけっこうよくあったテーマだよ。
カエデ  え、そうなんですか?
先生   演劇もそうだけど、文学作品なんかじゃ、「死」というのは、むしろメジャーなテーマだったんじゃないかな?
カエデ  へぇ。
先生   ほら、太宰治とか。太宰だけじゃなくて、若い人が死をあつかった文学作品はいっぱいあるよ。自殺もそうだけど、昔は結核とか戦争で若死にする人も多かったし。「死」というのは、案外、若者の身近にあったんじゃないかな。
ミホ   昔の人は大変だったんですねぇ。
ナナ   ほんと、ほんと。
先生   でも、どうなのかな? これって、昔だけの話なのかな?
ミホ   え?
先生   あなたたちは、死への憧れみたいなのを感じたことはないのかな?
ミホ   え? 死への憧れ?
先生   うん。憧れって言っちゃ語弊があるかな? うーん‥‥でも、やっぱり憧れだよなあ。
アユミ  先生、死に憧れてたんですか?
先生   うん。
生徒達  えー。
先生   えー、それってびっくりすることなの? 若い時にはみんな憧れるんだと思ってた。
アユミ  いやいやいや。
ミホ   それは、ないっしょ。ねぇ?
ナナ   うん。
アユミ  ‥‥カエデは‥‥やっぱり憧れてたりするわけ?
カエデ  ‥‥憧れっていうのとはちょっと違うかもしれないけど。
アユミ  うん。
カエデ  さっきも言ったけど、「死」については考えるかな? 自分の問題として。
アユミ  あー、やっぱりそうなんだ。
カエデ  サキもそうじゃない?
サキ   うん。そうだねぇ。考えたりはするよ。
アユミ  へぇ。さすが文学少女ねぇ。
景浦   あの、先生。
先生   え? 何。
景浦   オレ、わかる気がします。その死への憧れって感じ。
先生   ああ、そうなの?
景浦   オレ、あいみょんが好きで、「生きていたんだよな」って自殺を扱った歌があるじゃないですか? 知ってます?
先生   うん。知ってるよ。
景浦   あの歌がすごく好きで、ほとんど毎日ユーチューブで聞いてるんです。
先生   ああ、そうなんだ。
景浦   「新しい何かが始まる時 消えたくなっちゃうのかな」とか「精一杯勇気を振り絞って彼女は空を飛んだ」って歌詞があるじゃないですか? 知ってます?
先生   うん、知ってるよ。
景浦   あの歌詞がほんとにグッと来て。あれって、死への憧れですよね?
先生   そうねぇ。あれは、「ひこうき雲」へのオマージュかな? 返歌なのかな?
景浦   ひこうきぐも?
先生   知らない? ユーミンの。「空にあこがれて 空を駆けて行く」ってとこ。
景浦   ああ、「風立ちぬ」の。
先生   うん。そう。
景浦   そう言えば、似てますね。
先生   でしょう?
景浦   はい。
先生   じゃ、そういうことで。その線でがんばりましょう。
生徒達  はい。
先生   問題は、誰が脚本を書くかってことよね。
アユミ  そうなんですよねぇ。‥‥カエデ、書く?
カエデ  え、私?
アユミ  うん。あんたが言い出しっぺなんだし。
カエデ  いや‥‥そりゃそうだけど、ちょっと自信が‥‥。
アユミ  えー、何よ、それ。
カエデ  ごめん。
アユミ  じゃあ、誰が書くの?
生徒達  ‥‥‥。
先生   あの、もしよかったら、文学少女さん、どう?
サキ   え‥‥私‥‥ですか?
先生   そう、私。‥‥書きたかったんじゃない?
サキ   あ‥‥書きたくないということはないんですけど‥‥。
先生   じゃあ、いいじゃない?
サキ   でも‥‥ちょっと難しいかなって思って‥‥。
先生   ふーん。‥‥じゃあ、こういうのはどう? カエデちゃんと一緒に考えるってのは?
サキ   あ‥‥それなら、できるかもしれません。
先生   カエデちゃんも、それでいいかな?
カエデ  ああ。‥‥それなら、いいです。
先生   じゃ、決まりね。
サキ・カエデ  はい。
景浦   あの。
先生   え? 何?
景浦   オレも参加しちゃダメですか?
先生   え? 脚本?
景浦   はい。
先生   別にかまわないとは思うけど‥‥お二人さん、どうかな?
カエデ  ああ、いいですよ。
サキ   私も。
先生   じゃあ、それで行こう。はい、決定。拍手!

  全員、拍手。

先生   じゃあ、もういい時間だから、今日はここまでにしましょう。はい、それじゃ片付けて。先生は、ちょっと職員室に用事があるから。
生徒達  はーい。
先生   じゃ、お疲れ様。
生徒達  お疲れ様でしたー。

  先生、去りかける。

景浦   あの、先生。
先生   え? 何?
景浦   ありがとうございました。
先生   ああ。‥‥お疲れー。

  先生去る。
  生徒達、教室を片付ける。

カエデ  ♪空にあこがれて
女子部員達  ♪空を駆けて行く あの子の命は飛行機雲

  音楽。
  暗転。

  サキとカエデと景浦と先生がいる。
  少し離れて、石田、高橋、山岸がいる。

カエデ  うーん。
サキ   うーん。
景浦   うーん。
カエデ  言ってはみたものの‥‥やっぱり難しいよねぇ。
サキ   そうねぇ。
景浦   そうですねぇ。
カエデ  やっぱり自殺の話かなあ?
サキ   ‥‥かなあ?
カエデ  そのくらいしか私たちにはイメージないからねぇ。
景浦   ‥‥ですねぇ。
カエデ  病気とかだと、なんかセカチューのパクリみたいな話になっちゃいそうだし。
サキ   だよねー。
カエデ  でも、自殺にしても、そうすると自殺そのものというより、何かいじめの問題とか進路の問題の話みたいになっちゃって、死のテーマというのからどんどん外れて行っちゃうような気がするんだけど。
サキ   だよねー。
景浦   ‥‥ですよねぇ。

  しばしの間。

カエデ  あーあ。薄っぺらいんだよねー。
景浦   え? 薄っぺらいって、何が?
カエデ  私の人生経験? 私の生き方? 考え方? 私自身?
景浦   そんなこと言ったら、オレの方が‥‥。
先生   それ、そのまま使っちゃったらどうなの?
カエデ・景浦   え?
先生   自分があまりに薄っぺらくて死んじゃう、とか?
カエデ  あー。
先生   よくなくない?
カエデ  うーん。
サキ   それ、いいとは思うんですけど‥‥。
先生   けど?
サキ   それをどんなストーリーで表現するのかって‥‥。
カエデ  そこだよねぇ。問題はそこ。
先生   ふーん。

  しばしの間。

高橋   あのぅ。
先生   え? 何?
高橋   オレたち、何でここにいるんですかねぇ?
先生   オレはどうしてここにいるのか? なかなか哲学的な問題提起だねぇ。
高橋   いや、そういうことじゃなくって‥‥。
先生   いや、だから、オブザーバーだって。テーマ決めた時、君たち積極的だったじゃん。だから、何でも言って。言って。
高橋   いや、こいつらはそうかもしれないけど、オレはそうでもなかったですよ。
先生   え? そうだっけ?
高橋   はい。チャンバラよりマシかなって。
先生   まあ、いいじゃん。何とかも山の賑わいって言うから。
高橋   何ですか? それ?
先生   頼りにしてるってこと。
高橋   ‥‥‥。
先生   君たちも、何かないのかな? 意見とか。
石田   そうですねぇ。脚本とか書いたことないですからねぇ。
山岸   うーん。イメージみたいなのはないことはないんですが、それを具体化するのは確かに難しいですよねぇ。
先生   イメージってどういうの?
山岸   いや、ほんと漠然としてて。
先生   漠然と、どういうの?
山岸   うーん。色で言うとモノトーンの世界?
先生   へぇ。それ、なんか面白いね。
山岸   そうですか?
先生   うん。面白いよ。いいセンスしてると思うよ。
山岸   でも、全然言葉にならなくて‥‥。

  しばしの間。

カエデ  あのさ。イチロウ君。
景浦   え? はい。
カエデ  あいみょんの話してたでしょ? 生きて生きて生きての歌の話。
景浦   ああ、はい。
カエデ  そっちの方から描くってのはどうかな?
景浦   え? そっちの方って?
カエデ  いや、だから、「死」のテーマだからって、真正面に「死」を描こうとするから、うまく行かないんじゃないかな? だったら、生きる方から描いて、「死」を浮かび上がらせるみたいな。
景浦   ああ。
サキ   だから、それってどう描くわけ?
カエデ  え?
サキ   アイデアとしてはわかるし、いいと思うんだけど、抽象的すぎるのよ。さっきも言ったけど、演説とか、論文書いてるんじゃないから、具体的なストーリーにしなくちゃ、お芝居にならないでしょ?
カエデ  ああ、そうだね。‥‥ごめん。
サキ   いや、謝ってほしいんじゃなくってさ。
先生   別にストーリーでなくてもいいんじゃない?
サキ   え?
先生   ほら、確か山岸君言ってたよね。お兄さんの大学の演劇で、ストーリーのない芝居をやってたって。
山岸   ああ‥‥はい。
先生   それって、どんなお芝居なの?
山岸   うーん。うまく言えないんですけど、ただひたすらにおしゃべりしてるみたいな。何の展開もなく雑談してるみたいな。それでいて、何か不思議な時間の流れとか空気感みたいなのがあるんです。
先生   それは、モノトーンの世界?
山岸   うーん。‥‥そうかもしれない。
先生   だからさ‥‥そういうのもアリかなって。
サキ   そういうのって‥‥ひたすら雑談するんですか?
先生   いや、そうじゃなくって、無理矢理ストーリー仕立てにしなくても演劇は成り立つんじゃない? ひょっとしたら演説とか論文になってもいいんじゃない?
サキ   え? そういうのってアリですか? うーん。よくわかんないな。
先生   こじつけみたいなストーリーを作っても、単なる例え話みたいになっちゃうかもしれない。それだったら、そのままストレートに意見を主張した方がいいかもしれない。
サキ   ああ。‥‥でも、そういう演劇を見たことがないから、イメージしにくいです。
カエデ  だよねぇ。
景浦   ですよねぇ。
先生   そっか。‥‥うーん。

  しばしの沈黙。

先生   ‥‥これ、参考になるかわかんないんだけど‥‥。
サキ   はい。
先生   私の大学の友達がさ、死んだのよね。卒業した次の年。たぶん自殺だったんだと思う。家の人は、事故だったって言ってたみたいだけど、まあ、自殺とかいうと変なウワサをたてる人とかいるからさ、そういうことになってたんだと思う。別に私達は、原因を聞きもしなかったし、家の人も言わなかったし、何か不思議な阿吽の呼吸みたいなのがあったのよね。
生徒達  ‥‥‥。
先生   私、京都の大学だったからさ、友達が死んだことを、京都にいる友達が電話して来たんだけどさ、三十分ぐらいの電話の中で、私はひたすら「すごい。すごい」って言ってたんだって。よく覚えてないんだけど。
その子と私はほんとに仲がよくてさ、タイプも似てたのかもしれない。こないだ話してた死への憧れみたいなちょっとディープな話もよくしてた。だからかもしれないんだけど、ちっとも悲しくなくてね、涙一つ流さなかった。
就職したてで休みが取りにくかったんだけど、何とか京都まで駆けつけて、お通夜の席で、「どうして死んだんだ?」って言ってる友人を不思議な気持ちで眺めてた。別に彼女が死んだ理由がわかるってわけじゃなかったんだけど、そんなことを知って何の意味があるんだろう?って、そんなことを思ってたような気がする。
火葬場って行ったことあるかな? お葬式の後、火葬場で遺体を焼くんだけど、普通、そこへは近しい親族とか親戚しか行かないわけ。だけど、その時は、私達も連れて行ってもらって、骨拾いまでさせてもらった。
若い人の骨って真っ白なのよね。それまでおじいちゃんの骨とかしか見たことがなかったから、老人の骨はボロボロで灰色だったり黄ばんでたりするんだけど、若い人の骨は真っ白なの。ほんとにきれいで、もしも許されるのなら食べちゃってもいいかなって、そんな感じがした。人の骨を仏教では舎利って言って、お寿司のご飯もシャリって言うでしょ? そのわけがなんだかわかった気がしたの。
それで、外へ出たら、いいお天気で、火葬場の煙突からうっすらと煙が出てて、それを見ながら、ああ、こういうのが諸行無常なのかなあって。「徒然草」にそういうのが書いてあったっけって、そんなことを思ってた。
おしまい。
生徒達  ‥‥‥。
先生   ‥‥他人の昔話なんか聞かされてもねぇ。‥‥参考になんかなんないよねぇ。
景浦   そんなことないです。
先生   え?
景浦   オレ、感動しました。胸にグッと来ました。あいみょんの歌みたいに。いや、それ以上かもしれません。
先生   ああ、そう? ‥‥ありがとう。
カエデ  私も参考になりました。「死」の問題だから、死ぬ側の方からばかり見てたんだけど、むしろ死なれる側の方から見えて来るものがあるんだなって。
先生   ああ、そうだね。‥‥そうかもしれないね。‥‥どう? 書けそう?
サキ   うーん。今の話を聞いて、いろいろなことを思ったんですが、なんかいろいろありすぎて、自分の中でもまだうまく整理できなくて‥‥。一度、家に帰って、落ち着いて考えてみます。
先生   そう? 何かヒントが見つかるといいんだけど。
サキ   はい。何か見つかりそうな気がします。
先生   それはよかった。‥‥じゃあ、今日はこの辺にしときましょうか?
サキ・カエデ・景浦   はい。
先生   男子諸君も、長時間付き合わせてごめんね。
山岸   いえ、おもしろかったです。
先生   そう? それならいいんだけど。
山岸   はい。
石田   祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。
先生   ?
生徒達  奢れる者も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ。
先生   ちょっとちょっと。いきなり何が始まったわけ?
石田   国語で平家物語の暗唱テストがあるんです。
先生   え?
石田   それを先生の諸行無常の話で思い出して。
先生   えー。何よ、それ。
全員  アハハハハ。

  音楽。
  暗転。

  劇中劇。
  女2が椅子に座り、女1が床に座っている。

女1  ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
女2  ひとみちゃん。おばあちゃんは、もう十分大きいから、もう大きくはならないんだよ。
女1  うそだよ。おばあちゃん、ちっちゃいよ。
女2  おばあちゃんはね、昔は大きかったんだよ。それが、もうトシだから、だんだん小さくなっちゃったんだよ。
女1  それじゃ、おばあちゃんは、どんどん小さくなって赤ちゃんになっちゃうの?
女2  そうだねぇ。赤ちゃんになれたらいいねぇ。
女1  え? おばあちゃん、赤ちゃんになりたいの?
女2  そうだねぇ。ひとみちゃんの赤ちゃんになりたいねぇ。そうして、ひとみちゃんにおっぱいもらって、一日中笑っていたいねぇ。
女1  やだ、おばあちゃんたら。

  二人、笑う。

女2  おばあちゃんはね、こうしてひとみちゃんといられるだけでいいんだよ。お日様がポカポカとあたたかいお部屋の中で、ひとみちゃんとずうっと一緒にいられたら、それだけでいいんだよ。
女1  それじゃ、ひとみもずうっとおばあちゃんと一緒にいる。
女2  でも、ひとみちゃんは、学校へ行かなきゃならないだろ?
学校でお勉強したり、お友達と遊んだり、やがて大人になって、結婚して、子供を産んで‥‥。
女1  ううん。もう、ひとみ、学校には行かない。友達とも遊ばない。大人にもならないし、結婚もしない。ずっとずっとおばあちゃんと一緒にいる。
女2  ありがとう。そう言ってくれるだけで、おばあちゃん、うれしいよ。
女1  言ってるだけじゃないよ。ほんとに、ずっとずっとおばあちゃんと一緒にいるんだもん。
女2  でもね、ひとみちゃん。そういうわけにもいかないんだよ。もう少ししたらね、おばあちゃんは遠くに行かなきゃならないんだよ。
女1  え、おばあちゃん、どこに行っちゃうの?
女2  ずっとずっと遠いところだよ。
女1  それじゃ、ひとみも一緒に行く。
女2  だめだめ。ひとみちゃんは、まだまだやらなきゃならないことがいっぱいあるからね。うーんとお勉強して、いっぱい友達と遊んで、きれいなお嬢さんになって、きれいなお嫁さんになって、かわいい赤ちゃんを産まなくちゃ。
女1  いやいや。ひとみ、ずっとずっとおばあちゃんと一緒がいいんだもん。
女2  ひとみちゃん。人というのはね、どんなに好きでも、いつか別れなければならない時が来るの。そして、また、好きな人と出会うのよ。出会っては別れて、別れては出会って。そうやって大人になっていくものなの。わかるかな?
女1  ひとみ、わかんないよ。ひとみ、大人になんかならない。ずっと今のままがいいの。おばあちゃんと一緒がいいの。
女2  おやおや、困った子だねぇ。‥‥ずっとずっと先になって、もうおばあちゃんもいなくなって、ひとみちゃんもお母さんになって、その時まで今日のことを覚えておいてくれるかい? その時に、ひとみちゃんの子供に、今日のお話をしてくれるかい? おばあちゃんのことを話してくれるかい? それだけで、おばあちゃんは満足だよ。
女1  うん。約束する。だから、おばあちゃん、ずっとずっと一緒にいてよね。
女2  はいはい。おばあちゃんはあの世に行っても、ずっとずっとひとみちゃんのそばにいて、ひとみちゃんの幸せを願っているよ。
女1  ねぇ、おばあちゃん、あの世ってどこにあるの?
女2  あの世はねぇ、ずっとずっと遠いところ。そして、すぐそばにあるところ。
女1  おばあちゃんは、そこに行っちゃうの?
女2  そうだねぇ。お迎えが来たらねぇ。
女1  ひとみ、お迎えが来ないようにドアを閉めて、見張っててあげる。だから、行っちゃだめだよ。
女2  はいはい、ありがとう。
女1  ほんとにほんとだからね。おばあちゃんとひとみは、ずっとずっと一緒だからね。
女2  はいはい、ありがとう。

  間。

女1  それから一年後、私がうっかり眠っている間にお迎えが来てしまいました。おばあちゃんは、私の知らないどこか遠くへ行ってしまいました。あんなに約束していたのに。あんなに約束していたのに。私は、一晩中泣き続けました。
そんな私も、やがて大人になり、人並みに結婚しました。そして子供が生まれ、その子供も大人になりました。そして、この春、初孫が生まれます。
おばあちゃん。見てますか? 私もおばあちゃんになるんですよ。

  人々が、話しながら出て来る。

女3・4  人は人生を繰り返す。
男1・2  人生を繰り返し、ただひたすらに繰り返す人生。
女1・2・5  この道はいつか来た道。そして誰もが通る道。
男全員  遠い遠い昔から続く、この何千回、何万回、何百万回、何億回の果てしない記憶の繰り返しの果てに、私たちは何を見つけてきたのでしょうか? 何を見つけるのでしょうか?
全員  私たちは何のために生まれるのですか? 何のために生きるのですか? 何のために死ぬのですか? どこから来て、どこへ行くのですか?

アユミ  はい!(手を叩く)

  脱力する役者達。

カエデ  ‥‥どうかな?
アユミ  うーん、なかなかいいんじゃないかな? みんな、どう?
ミホ   そうねえ、おばあちゃんと孫の話っていうのが、ちょっとかなり意外だったけど。
サキ   高校生とか若者の設定で考えると行き詰まっちゃって。‥‥「死」というテーマって、別に若者や自殺に限らないんだって、そんな当たり前のことを見失ってたような気がする。
カエデ  そうなのよねぇ。根を詰めて考えてると、何か見えなくなってくるのよ。
ミホ   それってわかる。煮詰まるって感じ? まあ、脚本に限らず、悩んでる時なんか、何か一つの方向しか見えなくなるっていうか、考えられなくなったりするんだよね。後で落ち着いて考えたら、何で、あの時、あんな風に思い込んでたんだろ?って。
サキ   それで、にっちもさっちも行かなくなってた時に、イチロウ君がおばあちゃんの話をしてくれて‥‥。
ミホ   え? これってイチロウ君の話だったの?
サキ   うん。
景浦   オレ、おばあちゃん子だったんですよ。
ミホ   へぇ。だったら、どうして女の子の話にしたの?
サキ   いや、別に男の子でもよかったんだけど‥‥。
カエデ  ほら、リアリティがあるっていうか、説得力があるっていうか、やっぱり見た目の美しさも大事じゃない? お芝居なんだから。
ミホ   ほお。じゃあ、男の子だったら見た目が美しくない‥‥と。
サキ   いや、そういうことでもないんだけど‥‥。
ナナ   いや、そういうことはあると思う。だって、誰が男の子やるわけ?
アユミ  ああ、なるほどねぇ。‥‥男子諸君、ちょっとやってみてくれない?
高橋   え? 何を?
アユミ  だから‥‥ほら‥‥最初の「ねぇ、おばあちゃん」のとことか。
高橋   はあ‥‥。ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
アユミ  なるほど。次、タカシ君。
石田   ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
アユミ  次、コウダイ君。
山岸   ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
アユミ  じゃあ、ご本人。
景浦   え、オレですか?
アユミ  うん。
景浦   あ、はい。ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
アユミ  それから‥‥サキちゃん。
サキ   はい。‥‥ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
アユミ  あー、なるほどねぇ。
ミホ   確かにねぇ。説得力がねぇ。
ナナ   でしょー?

  アユミ、ミホ、ナナ、笑う。

カエデ  でも‥‥。
アユミ  え? 何?
カエデ  私たちがやっていいのかな? 自分で書いて、自分でやるのとか‥‥。
サキ   私もそこがちょっと気になってて‥‥。
ミホ   それはあれでしょ? 違うでしょ?
カエデ・サキ   え?
ミホ   だから、書いたからやってるとか、そういうのじゃないでしょ?
カエデ  まあ‥‥。
サキ   それは‥‥。
ミホ   だったらいいじゃん。それこそリアリティとか、説得力の問題なんだから。適材適所。ノープロブレムよ。
アユミ  私もそう思う。‥‥この二人は適役だと思うよ。そう思わない?

  全員うなづく。「ノープロブレム!」の声など。

アユミ  ほら。
カエデ  だったら、いいんだけど。
サキ   うん。安心した。
アユミ  だから、そんなの気にしないで、いい作品にしてよ。‥‥あ、ちょっと待って。電話。

  スマホのバイブ音。
  アユミ、スマホを持って隅に行く。

アユミ  あ、ごめん。今、練習中なんだけど‥‥え? ‥‥‥え? 何? ‥‥‥それって、どういうこと? いや、ちょっと待って。どういう意味よ? ‥‥‥え、そんな‥‥‥。ウソでしょ? ‥‥‥そんな‥‥‥うん。聞こえてるよ。聞こえてるけど‥‥‥わかった。また、わかったらお願い。‥‥‥じゃあ‥‥‥。

  立ち尽くすアユミ。
  しばしの沈黙。

ミホ   ‥‥どうかしたの? 何かあったの?
アユミ  ‥‥‥。
カエデ  ‥‥アユミ、大丈夫?
アユミ  ‥‥‥。あの‥‥さ‥‥。
全員   ‥‥‥。
アユミ  先生がさ‥‥‥亡くなったって‥‥。
全員   ‥‥‥。
ミホ   ‥‥先生って? ‥‥どの先生?
アユミ  ‥‥‥。
カエデ  ‥‥まさか?

  アユミ、小さくうなづく。

全員   え‥‥。
ナナ   ユミコ先生? ユミコ先生なの?

  アユミ、うなづく。

ナナ   どうして? どうしてよ?
アユミ  ‥‥よく‥‥わかんない‥‥って。
ナナ   よくわかんないって、どういうこと!?
アユミ  よくわかんないってのは、よくわかんないってことだよ! よくわかんないけど、死んじゃったんだよ!

  全員、沈黙。

  音楽。
  暗転。

  演劇部の部室。
  机の隅に景浦が座っている。
  セミの声がする。
  しばらく間があって、石田が入ってくる。

石田   あぢ。

  石田、汗をぬぐい、ペットボトルを取り出す。

石田   あっぢー。

  石田、ペットボトルの水を飲み干す。

石田   ふー。‥‥あぢ。

  石田、順番に教室の窓を開けて行く。

石田   あ。

  石田、景浦に気づく。

石田   いたのかよ?
景浦   ああ。
石田   いつから?
景浦   ‥‥さあ。
石田   窓ぐらい開けろよ。熱中症で死ぬぜ。
景浦   ‥‥‥。

  石田、全ての窓を開ける。

石田   先輩遅いな‥‥。さすがに、今日はな‥‥。

  石田、適当な机に座る。

石田   ああいう葬式ってイヤだよな。‥‥まあ、オレあんまり行ったことないけど。
景浦   ‥‥‥。
石田   親戚の葬式とかだと、ほとんど泣く人とかいないけどな。
景浦   ‥‥‥。
石田   まあ、やっぱ、若い先生の葬式だしな‥‥。
景浦   ‥‥‥。
石田   まあ‥‥事故って話だったけど‥‥どういう事故なのかな?
景浦   ‥‥‥。
石田   ‥‥まあ、気持ちはわかるけどさ。
景浦   ‥‥‥。

  しばしの沈黙。
  高橋と山岸が入って来る。

高橋・山岸   ちわ。
石田   ちわ。
高橋   あれ? お前だけ?
石田   景浦もいるよ。

  石田、景浦を指さす。

高橋   あ。‥‥お前そんなとこで何してんの?
景浦   ‥‥‥。
高橋   え? どうしたの?
山岸   まあ、ほっといてやれよ。武士の情けだ。
高橋   武士の情けってどういうこと?
山岸   それにしても暑いな。
石田   今、窓開けたとこだから。
山岸   ああ、そうなの?
石田   うん。
高橋   あ、聞いた?
石田   え? 何?
高橋   不倫だったんだって。
石田   え? 何が?
高橋   ユミコ先生。‥‥妊娠もしてたとか。
石田   え‥‥。それ、誰情報?
高橋   ツイッターに出てたって、ツレから聞いた。
石田   えー。マジかよ? それってすげーショックだな。
高橋   だろ? オレもびっくりした。
山岸   ツイッターだろ?
高橋   ああ、うん。
山岸   ガセかもしんないじゃん。
高橋   まあ、よくわかんないけど。
山岸   わかんなかったら、話すな。武士の情けだ。
高橋   え? だから武士の情けって何だよ?

  女子部員たちやって来る。

ミホ   ちわ。
ナナ   ちわ。
カエデ  ちわ。
男子部員達  ちわーっす。

  みんな元気がない。

山岸   昨日は、どうもお疲れ様でした。
ミホ   ああ。おつかれー。
ナナ   おつかれー。
カエデ  おつかれー。

  サキがアユミに抱えられるようにして入って来る。

アユミ  おはようございまーす。

  全員、アユミを見る。

カエデ  サキちゃん。大丈夫?
ミホ   無理して来なくてもよかったのに。
サキ   うん、大丈夫。‥‥私が来たかったから。
ミホ   そうなの?
サキ   うん。

  しばしの間。

アユミ  全員そろってるのかな?
ミホ   (チェックして)あれ? 景浦君は?
景浦   (手を挙げて)ここにいまーす。
ミホ   そんなところで何してんの? はい。そろってまーす。
アユミ  昨日は、お疲れ様でした。
全員   お疲れ様でした。
アユミ  えー、急に大変な状況になってしまったので、正直言って、何をどうしたらいいのか全くわかりません。
全員  ‥‥‥。
アユミ  でも、コンクールが近づいています。そこのところだけははっきりさせておかなくてはならないので、今日は集まってもらいました。
全員   ‥‥‥。
アユミ  ユミコ先生がいなくなったからと言って、コンクールに出られなくなるわけではありません。でも、みんなの気持ちの問題というのはかなりあるんじゃないかと思います。
それに、今回の作品のテーマがテーマだけに、この作品をそのままやるのか?ということについてもいろんな思いがあると思います。
全員   ‥‥‥。
アユミ  どうですか? 思った通りに言って下さい。
全員   ‥‥‥。
アユミ  じゃあ、私の意見を言ってもいいかな?
ミホ   はい!
アユミ  あ。じゃあ、ミホ。
ミホ   あの、直接部活の話でなくてもいいかな?
アユミ  ああ、いいけど。
ミホ   ユミコ先生のことについて、ツイッターとかでいろんなウワサが出てるよね。みんな、知ってるのかな?

  女子全員と高橋が手を挙げる。

ミホ   不倫してて別れ話でこじれてたとか、妊娠してたとか、いろんな話が出てるけど、要するに、自殺ってことよね?
全員   ‥‥‥。
ミホ   それで、どうして自殺しちゃったのかってのも気にならないわけじゃないんだけど、一番気になるのは、先生の自殺に、今回の芝居が関係してなかったのかどうかってこと。
全員   ‥‥‥。
ミホ   もしかしていろいろと悩んでた先生が、「死」をテーマにした芝居に関わって、それが直接の原因ということでなかったとしても、ひょっとして背中を押してしまったのだとしたら‥‥私は、ちょっときついです。
全員   ‥‥‥。
ミホ   そこのところ、どうなんでしょう?
ナナ   私も‥‥私も、そういう気持ちがないわけじゃないです。‥‥そこのところがはっきりしないと、そういうモヤモヤを抱えたままでこの芝居をできるかどうか、正直言って自信がありません。
全員   ‥‥‥。
アユミ  そうですか。‥‥他にあるかな?
全員   ‥‥‥。
アユミ  じゃあ、今回のコンクールは‥‥。
サキ   はい。
アユミ  はい。サキちゃん。
サキ   確かに先生についていろんなウワサがあるみたいだけど、私は関心がありません。先生が不倫してたとか妊娠してたとか、それが事実なのか、事実でないのかということにも全く関心がありません。ほんと、どうでもいいんです。
全員   ‥‥‥。
サキ   人が死ぬのに理由なんかないと思うんです。ただ、死にたいから死ぬだけなんです。もっともらしい理由とかいろいろ言われるけど、そんなのはただのアリバイ工作みたいなものだと私は思います。「あー、それで死んだんだな」って、周りの人が納得して、安心したいだけだと思うんです。
全員   ‥‥‥。
サキ   さっき、この芝居が先生の背中を押したんじゃないかという話がありましたけど、実は、この芝居は、私の背中も押してくれました。
全員   ‥‥‥。
サキ   ‥‥私、死のうと思ってたんです。本気で死ぬつもりだったんです。
カエデ  サキちゃん‥‥。
サキ   理由っぽいことは、それこそ拾い上げたらいろいろあったのかもしれないけど、そんなのどうだっていいんです。私は、ただ死にたかった。
全員   ‥‥‥。
サキ   でも、ユミコ先生に言われて、脚本を書き始めました。死にたい私が、死ぬ話を書くなんて、すごい皮肉だなと思ってました。これが私の遺書になるのかなって、そんなことも漠然と考えてました。
それで、書かなきゃならないから、イヤでも死について考えなければならなくなりました。もう、勉強なんか手につかなくなって、毎日毎日死について考えてました。
全員   ‥‥‥。
サキ   そしたら不思議なことに、だんだんと死が恐くなくなったんです。恐くないっていうか、特別じゃないものとして見えて来たんです。恐怖でもなく、神秘でもなく、ありのままに死に向き合えるようになったんです。
死にたかったら死ねばいい。生きたかったら生きればいい。自然体でそう思えるようになった時、とりあえず生きてみようかなって思いました。そう思って今、私は生きています。
全員   ‥‥‥。
サキ   話が長くなったので、そろそろ終わります。
ユミコ先生も死とうまく付き合える人だったと思うんです。脚本作りでいろいろと先生と話して、そう思いました。
うまく言えないけど、だから、この芝居はこのままやった方がいいんと思うんです。
でも、決して、先生に捧げたりしないで下さい。あくまでもありのままの自然体でこの芝居をやりたいんです。
全員   ‥‥‥。

  パチパチと拍手の音。景浦が拍手しているのだ。

アユミ  イチロウ君‥‥。
景浦   オレ、今、感動しています。サキ先輩の話を聞いていて、胸にグッと来ました。あいみょんの歌みたいに。いや、それ以上かもしれません。
カエデ  あれ? それって、どこかで言ってなかったっけ?
石田   うん、言ってた。
高橋   言ってた。
山岸   言ってた。
サキ   確かに聞いたことがある。
景浦   あれ? ‥‥そうだっけ? あれ?

  みんな、笑う。

アユミ  ‥‥さあ、どうしよう? 困ったねぇ。
ミホ   ‥‥困ったって、もしかして私のこと?
アユミ  まあ‥‥そうかな?
ミホ   じゃ、安心して。‥‥完全にスッキリしたってわけじゃないけど、サキの熱意に負けたわ。
あのおとなしいサキが、あんな大演説するなんて、内容より何よりそのことにびっくりしちゃった。そして、思わず感動しちゃった。
アユミ  ああ‥‥そうなの?
ミホ   だから‥‥(ナナに)あんたもそれでいいわよね!
ナナ   あ‥‥もちろんです。
カエデ  何よ、それ? 自分の意見には、もうちょっと自信持ちなさいよ。あなたはミホの家来なの?
ナナ   えへへ。
アユミ  じゃあ、その方向で決定ということでいいかな?

  「はーい」「いいとも!」の声。

アユミ  それじゃ、この公演の成功を先生に捧げるつもりで、がんばろう!
全員   がんばろう!
アユミ  がんばろう!
全員   がんばろう!

  全員、拍手。

サキ   いや、だから、先生に捧げないでって言ったじゃん。
アユミ  あ、そっか。ごめんこめん。忘れてた。
サキ   もう!
アユミ  えー、みなさん、今の発言を訂正します! この公演は、ユミコ先生には捧げません!
全員   えー?

  「何だ何だ?」「何だよ、それ?」「わけわかんない」「バカ」などの声。

アユミ  じゃあ、もう一回! この公演を先生に捧げないでがんばろう!

  気まずい沈黙。

アユミ  え‥‥。どうして言ってくれないの?
全員   がんばろう!

  笑い声。

  やがて静かに空を見上げる生徒達。

  音楽。(「喪に服すとき」ハンバートハンバート)

  いつまでも眠ろう 何度でも生きよう
  いつかふたたびめぐり逢える日まで

  幕が下りる。

                         おわり

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