見出し画像

遠慮したら負けらしい。

私はお酒に酔ったおじさんが言うことは結構本当だと思っていて、
その中で1番言われて心に残っているのが「遠慮したら負けやで!」の一言。

私は毎年夏になったら両親の(親戚とかじゃなくて仲良い方の)身内10数人でキャンプへ行く。
マジの身内数世帯で構成された身内。
林間合宿みたいで結構好きだ。

大人は夜中まで騒ぎ倒すし、子供もその日だけは夜更かししてお菓子食べたり遊んだり。
0時近くなって来ると早く寝なよと言われ始め、眠くない!と抗いながらも渋々とおやすみの声が聞こえ、数分後には寝息が聞こえる。

テントの外が大人の声だけになった頃、私はもう一度出る。
数年前から眠れないのだ。
寝床が変わったら寝付けないのではなく不眠の方で。

暇だからテントに戻って、やっぱり外に出て、そこら辺をうろついて、水を飲んでもう一度テントにて睡眠を試みる、を繰り返す。

時間の経過とともに両親が両隣に来て寝て、月の位置は変わって、湿気は肌寒さへと変わってくる頃。
死ぬほど疲れた身体で眠れなかったなーと思いながらそろそろ朝(4時半)だし、どうせ眠れないので仕方なく起きたらまだおじさんが2人飲んでた。

コミュニケーションは苦手だし、お互いをよく知らないので邪魔しないように横長く並べられたテーブルの端の方に座った。
真反対の位置。

お腹が空いて胃が痛んだので昨日(と言っても寝てないので感覚としてはさっき)誰かが持ってきて切ってくれたとうもろこしをかじる。
水も飲む。
ひますぎる。
を、30分くらい過ごしていたら「うわぁ!びっくりしたぁ。」と、こちらに気づいたらしい。
食べ終えたら睡眠に何度目かの挑戦をするか、すぐに海辺へ行こうかと思っていたのに。

「寝られへんの!お腹すいたん!」と酔った大きな声で聞かれるので聞こえるのかわからない程度の声で返事をしていた。

おじさん達は兄弟で私の名前を知っているか知っていないかでマウントを取り合っている。(さすが兄弟だ)
この集まりには全員の名前を把握している人の方が少ない。(今年来る人を把握してる人も少ない、計画性の皆無)

私の名前を知っているおじさんはドヤ顔でもう1人にマウントを取っていたけれど、2年前まで聞き違えた全然違う名前で呼んでたんだけどな。

相槌係のコミュニケーションを続けて、何か食べないのかと聞かれたから持ってきたインスタントのコーンスープを取り出すと「そんなんでお腹膨れへんやろ!」と言われてしまった。
朝はあんまり食べる方でもないからそんなこともないんだけれど膨らむかと言われればそれは違う気がして「いやー...」と首を傾げてしまった。
事実、寝てないので体内の感覚は朝でもない。

お湯を沸かすコンロはおじさん達側にある。
そもそも最初からそれを手に出来ればこんな状況にならずに済んだのだけれど、それぞれ誰の持ってきたコンロとやかんと水なのかと考えていれば2人がいなくても使えていなかったと思う。
火の類は何かあったら怖いのでいつも早起きのおじさん(シラフ)が起きてくるまで使えないでいる。

意気揚々とお湯を沸かしはじめたおじさんたちはどうするのかと思いきや「うどんとそばどっちがええ!?」と聞いてきたのでそばと答えるとカップ蕎麦を取り出した。
「これ作ったらおっちゃんたち寝るわなー、君も食べたら寝るんやで」と言うので日が登り始めた今は何時だと思ってるんだろう朝からカップ蕎麦...?と思いながら「でも、それうちから持ってきた物じゃないんで」と言った。

すると「うちのじゃないー!?気にしたらあかん!」「そんなんあかんあかん!遠慮したら負けやで!」と、叫ばれた。

人生遠慮したら負ける場面が多い」らしい。

だいたい君はな、毎年思ってたけどな、遠慮しすぎや。
(もう1人の兄弟)もずっと遠慮せんでええでって言うてたやろ。
君のお父さんとちごうて静かでやんちゃもせんけどやな、
と、言ったようなことを長く話された。

夜通し大きな声で盛り上がった挙句早朝からキャンプ場で叫ぶ方があかんだろ、と内心思っていた。
(昼になって管理人を通して当たり前のように苦情が来た、これも毎年のことである。最悪!)

「そろそろ3分たったかな、じゃあおっちゃんたち寝るわー、おやすみー、君も食べたら寝ーやー」と言われた頃には既に10分以上は経っていて、蓋を取ると麺が汁を吸ってギチギチになっていた。

けれど物心着いてからこんなに温かい説教を、しかも他人から受けたのは初めてな気がして少し嬉しかった。
普段人に怒られないタイプの人間なので。
眠れていないのと熱いのと先程の情報量とで頭が錯覚してたのかもしれない。

やっぱり朝からカップ蕎麦は重い。
普通に食パンとかでよかった。

あとから早起きのおじさんと小学生1人がすぐに起きてきたけど「なんかめっちゃ語っとったな」「めんどくさそうだから様子見てて正解だった」とか言っててじゃあ早めに助けてくれよと思った。

けど、いい事を聞けて良かった。
「遠慮することが良し」と思っていたし、誰もが遠慮されることを望んでいると思っていたし。
それが美徳みたいなとこあったし。
控えめに、控えめに、相手より下に自分を主張して、それで人は喜ぶと思っていたし、実際それで喜ばれるし上手くいっていたから。
利用されることは多かったし、弱く見られ舐められることも多かったし、自分が傷つくことも多かったけど。
それは上手くいってると思って、いたかっただけだったのかなぁ。

遠慮したら負け、遠慮したら負け、と思いながらも癖で遠慮してしまう。

その年のキャンプの残り時間はずっと朝の説教の言葉を考えていたけれど、
「浮き輪貸して」と言われれば自分は泳げるので貸してしまうし、
「ゴーグル貸して」と言われれば海中が見たいけれど私より小さい相手にも見せてあげたいし自分は海中で目を開けても平気なので貸してしまうし、
「飲み物買ってくるけど何がいい?」と聞かれれば1番安いから「水で」と言ってしまった。
から、お金を出してくれていたらしい例のおじさんに後で「遠慮してへんか?」と聞きに来られてしまった。

なかなか上手くいかない。

でも、この間、お土産コーナーで試食を勧められて1つ口にしたんです。
同じ商品の味違いもおすすめされたのでじゃあもう1つ、と頂きました。
他の所でも1つ。
回って同じ所へ帰ってきた時に再び勧められたのは流石に遠慮しましたが。

試食コーナーのことを食べ放題と言っていたおじさんたちには負けるけど。

「はっ!まだまだやな!」「そんなん誰でも出来るわー」って笑うおじさんたちが脳内にありありと浮かぶけれど、たかが試食だし向こうは営業だけど、遠慮せずに自分で食べて味を選んだだけでこんなに気持ちが弾むんだーって驚きました。

すごくうれしいんです。
遠慮をしないって自分を大切にすることと一種同義なのかもしれません。
最近そんなことの連続です。ようやくです。

この記事が参加している募集

夏の思い出

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?