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G-15より愛をこめて(3)

本記事は2019年4月に川内地区の東北大生協購買店にて無料頒布した冊子「G-15より愛をこめて」のウェブ再録版です。

ジャンルを築いた作家・名作~国内篇~
SF・ミステリどちらも現在の隆盛に辿り着くには多くの作家・作品の登場が必要不可欠であった。中でも特に大きな役割を果たしたと考えられるものを紹介しよう。

SF篇

『夢十夜』(夏目漱石、岩波文庫)

漱石の作品の中で不思議な輝きを見せる幻想的な作品。漱石が実際に見た夢を題材とする作品で、不条理ものから歴史もの、SFらしいものや幻想性に富んだものまで、漱石の新たな面が垣間見える作品です。個人的には、「夢十夜」とともに収録されている「文鳥」という短篇も、漱石の人間らしさを良く感じ取れて気に入っています。この本を1冊読み通せば、これまで距離を感じていた漱石をすこし身近に感じられるようになるはず。様々な面で「漱石」という人間を表した1冊。


「ドグラ・マグラ」(夢野久作、角川文庫)

「三大奇書」「読めば必ず気が狂う小説」として非常に有名な作品です。ジャンルとしてはアンチ・ミステリーとされることが多いものの、実はSFとしても高い人気を誇る作品なんです。時間のある時にまとめて、出来ることなら誰かと感想を交換するとより楽しく読めると思います。私も読みましたが、決して狂ってはいませんよ。私も読みましたが、決して狂ってはいませんよ。私も読みましたが、決して狂ってはいませんよ。私も読みましたが、決して狂ってはいませんよ。


「十八時の音楽浴」(海野十三)

戦前に発表された作品ながら、日本におけるディストピア小説の先駆けとして有名な作品です。発表から80年近く経ち、さすがに古びている部分もありますが、それを時代の象徴として楽しむことも出来ます。日本だけでなく世界中が自国の増強に努め、そして戦争への道を突き進んでいった時代の雰囲気を多大に反映した作品です。現代風にリライトした作品もありますので、この機会にぜひ読んでみてください。


「第四間氷期」(安部公房、新潮文庫)

日本でSFというジャンルが確立される前に発表された、先駆的SF小説。ソヴィエトで開発された「予言機」に対抗して日本でも開発された「予言機」の動作試験をきっかけに、物語は大きく動き出す。公房の特徴である、思考実験の楽しみと論理的で正確な筆致を味わえる。SF風味が薄めの作品なので、純文学として楽しめる。親友・三島由紀夫のSF小説「美しい星」とともに、純文学作家の筆によるSF作品を読み比べるのも面白いだろう。


『ボッコちゃん』(星新一、新潮文庫)

言わずと知れたショートショートの名手・星新一の最も有名な作品集で、同人時代からデビュー後4年の間の作品から星が自ら選んだ傑作自選作品集。子供向けと思われがちだが、それは大きな間違い。短く洗練されたお話の中に、発表から半世紀以上経ってもなお色褪せない星の人間観が垣間見える。特におすすめなのは「生活維持省」。星の冷徹なまなざしがうかがえる一作である。忙しい大学生には嬉しい短さなので、昔一度読んだという方も、ぜひ読み直してみてはいかが。


『時をかける少女』(筒井康隆、角川文庫)

SFといったらこの作品を上げる人が多いのでは。言わずと知れたジュヴナナイル小説の大ベストセラーであり、さらにはライトノベルの源流のひとつ。筒井康隆の醍醐味と言えば、その類まれなる筆力を悪用した悪趣味で下劣で辛辣なブラックユーモアなのだが、本作はかなり手加減しているようで影も形もない。本作を読んで物足りなかった方は、「ビアンカ・オーバースタディ」や『夢の検閲官・魚籃観音記』収録の「シナリオ 時をかける少女」を読むといいだろう。


「日本沈没」(小松左京、小学館文庫)

SF史上有数のベストセラー。日本列島が沈没する様を克明に描いたパニックSFの金字塔ですが、真の魅力はその思想性にあります。作者・小松左京は「日本」そして「日本人」とは何かということを徹底的に追求した作家でした。小松左京がこの作品で試みたのは、「日本という帰る場所を失った日本人は、果たして日本人たりうるか」という壮大な思考実験でした。その結果、小松左京が導き出した答えは……。ぜひ確認してみてください。

https://www.shogakukan.co.jp/books/09408065


『眠れる美女』より「片腕」(川端康成、新潮文庫)

意外に思われるかもしれませんが、川端康成もSF小説をものしています。新感覚派らしい、一見奇妙ながら実は非常に正確な情景描写、そしてシュルレアリスム的な舞台設定。作品冒頭部から本文を引用してご紹介します。「『片腕を一晩お貸ししてもいいわ。』と娘は言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って私の膝においた。」併録の退廃文学の名作「眠れる美女」、三島由紀夫の筆による解説とあわせてどうぞ。


「残像に口紅を」(筒井康隆、中公文庫)

世界から「あ」を引けば。世界から使える言葉が一字ずつ消えていく様を描いた小説。フランスの作家ジョルジュ・ペレックの「煙滅」という、イの段を使わない小説に対抗して執筆された。言葉が消えると、その文字を使った単語や概念はすべて失われてしまう。筒井康隆の超絶技巧を存分に堪能出来る傑作。本作のジャンルは言語SF。言語SFは日本で特に人気のジャンルで、神林長平伊藤計劃円城塔酉島伝法と言った作家が得意とする。まさにジャンルを築いた名作と言える。


『戦闘妖精・雪風<改>』(神林長平、ハヤカワ文庫JA)

現在のラノベの源流のひとつ。現代日本SFの二大巨頭、伊藤計劃円城塔も神林長平の作品から多大な影響を受けている。本作は人類と謎の異星体<ジャム>との戦争を描いた作品。超高性能戦闘機「雪風」に課された任務はただひとつ。味方を見殺しにしてでも必ず生還し、戦闘データを持ち帰ること。データを蓄積して次第に人間らしくなっていく雪風と、感情を抑制された機械らしい人間・深井零との対比が印象的。AIを語る上では避けて通れない歴史的作品。


『攻殻機動隊』(士郎正宗、講談社)

言わずと知れたサイバーパンクの金字塔。『マトリックス』『レディ・プレイヤー1』はこの作品がなければ生まれませんでした。(さらに言うならば『新世紀エヴァンゲリオン』『涼宮ハルヒの憂鬱』も。)ネットに囲まれた生活そして科学技術による心身の拡張が当たり前になっても、人類は自らの身体に制限されています。発表から30年が経とうとしていますが、現実はこの作品の先見性を確固たるものにするばかり。VR、Vtuber、サイボーグ、サイバーパンクに興味があるなら必読です。

http://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000006425


『玩具修理者』(小林泰三、角川ホラー文庫)

ホラーとSFは、日本SFの黎明期から相性のいいジャンルとしてともに育ってきました。そしてそのホラーSFでも有数の書き手として知られるのが、この小林泰三です。渡したものをなんでも修理してくれる”玩具修理者”に、主人公はあるものを修理してもらいます……。畳というものがここまで恐怖を掻きたてるものだとは知りませんでした。見たくない、知りたくないものを詳細に書きつくされる恐怖。短篇なので気軽にどうぞ。


「パラサイト・イヴ」(瀬名秀明、角川ホラー文庫)

「SF冬の時代」と言われる90年代のSFを支えた小説。ホラーSFでもありますが、バイオSFとしても有名な作品です。妻を亡くした生化学者のある試みがきっかけで物語が動き出します。作者・瀬名秀明は東北大薬学部・薬学研究科のOB。専門知識を背景にハードSFとしても読める物語を書きあげています。同じバイオSFの書き手、東北大理学部生物学科出身の松崎有理の『あがり』とともに読んでいただきたい作品です。エンタメ作品なので、SFだということを過度に意識せず、気軽に楽しんで下さいね。


「涼宮ハルヒの憂鬱」(谷川流、角川文庫)

00年代オタク文化の象徴たる作品。「セカイ系」作品や、現代のオタク文化を語る上で決して外せない、歴史的作品でもある。もしかすると、今年の新入生の世代ではこの作品を読んだという方も少なくなっているのでは。大学生になって出来た時間をつかって、アニメや原作小説に触れてみるのも面白いと思います。角川文庫版の解説は<巨匠>筒井康隆。読んだことがあるという方も、これを機に読み返してみませんか。メタ的な視点からダン・シモンズの「ハイペリオン」に挑戦するのもアリ。


『Boy's Surface』(円城塔、ハヤカワ文庫JA)

「数理恋愛小説」という未知なるジャンルを切り開いた作品。「難解で知られる作家」円城塔が、手加減なしに書きあげた現代SFのひとつの到達点です。プロットが数式で表されるという前代未聞の小説であり、内容も数学の知識を前提とした非常に難解なものです。円城塔は東北大理学部物理学科出身、かつ東北大SF研のOB。東北大ゆかりの作家ということで、ぜひ挑戦してみてはいかが。初めての方には『文字渦』『道化師の蝶』『バナナ剝きには最適の日々』がおすすめ。


『皆勤の徒』(酉島伝法、創元SF文庫)

円城塔に「人類にはまだ早い系作家」と評された酉島伝法のデビュー作。「現代SFの極北」と評される作品であり、日本のみならず海外でも高く評価されている。漢字を自由に組み替え、音をそのままに字面にもう一つの意味を与えたり、漢字そのものを新たに作りだしてしまったり、同時代の言語SFをリードする作品でもある。円城塔の最新長篇『文字渦』はこの作品を強く意識しており、併せて読むとより楽しめる。言語SFが気になるならまずはこの作品から。


『最後にして最初のアイドル』(草野原々、ハヤカワ文庫JA)

同時代の日本SFを読むならまずこれから。もともと『ラブライブ!』の同人小説で「にこまき」の百合SFだった、現代SFの指針となる作品です。オタク要素全開、ギャグに極振り、そしていつのまにか高尚で思弁的な議論へと導かれている。全宇宙を股にかけ、時空を飛び越えて突き進む、「実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF」です。このジャンル名に少しでも気になる言葉があったら、ぜひ読んでみてください。さあ、いっしょにアイドルになりませんか。


ミステリ篇

「D坂の殺人事件」(江戸川乱歩)

「私」と明智小五郎は、D坂にある一軒の古本屋で殺人事件に遭遇する。犯人が現場から逃げ出した跡がなく、警察の捜査も暗礁に乗り上げてしまう。「私」と明智は独自に捜査をし、後日互いの推理を話し合うのだが......。名探偵明智小五郎の初登場作であり戦前では稀な密室状況を扱った作品。本格ものからジュブナイル、怪奇幻想・耽美的な作品を著した一方、新人作家の発掘・育成にも力を入れた乱歩は国内推理小説発展の大きな先駆者となった。他に「二銭銅貨」「赤い部屋」などの短篇がある。


「獄門島」(横溝正史、角川文庫)

封建的な因習が残る瀬戸内海の孤島「獄門島」で起こる連続殺人事件の被害者たちは俳句に見立てて殺されていた。戦友の頼みを遂げるため島を訪れた金田一耕助がこの謎に挑む本作は、横溝作品でも随一の傑作であるだけでなく、日本推理小説史に残る名作でもある。戦後直後という時代背景・地方に根強く残る因習と推理小説的ガジェットを見事に調和させ、戦中蓄えられた著者の意欲が十二分に発揮された本作は今なお読者を惹きつける魅力が十分。他に長編「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」など。


「不連続殺人事件」(坂口安吾、新潮文庫)

文豪たちの中にも推理小説の読者は多く、実際に筆を執る者もいた。谷崎潤一郎・佐藤春夫・芥川龍之介、そして坂口安吾もその一人である。本作は、戦時中友人達と犯人当てに興じていた安吾が初めて書いた長編推理小説である。自ら懸賞金を出し、自信を持って読者へと挑戦したのも頷ける、錯綜したプロットと見事に仕掛けられた心理トリックの組み合わせは、今読んでなお色褪せることがない。他に未完長編「樹のごときもの歩く」(高木彬光が完成)がある。短篇「アンゴウ」も必読。


「刺青殺人事件」(高木彬光、光文社文庫)

「大蛇丸」の刺青をもつ女と彼女に魅了される男たち。やがて起こった事件では鍵のかかった浴室内から胴体のみが消失していた。警察も手を挙げる難事件に、「私」は旧友・神津恭介の力を借りる。明智・金田一と並ぶ三大名探偵・神津が謎に挑む本作は、刺青を軸に据えた耽美な物語であり、終盤披露される神津の推理も読み応えあり。占いで小説家を志し、本作を乱歩へ送りデビューを果たしたという逸話も有名。山田風太郎らと共に戦後直後の新人作家としても外せない一人である。


「点と線」(松本清張、新潮文庫)

乱歩を筆頭に戦後盛んとなった推理小説をより一層発展させる契機となったのが松本清張の登場である。芥川賞を受賞した後、幅広いジャンルを書いた清張作品は動機や心理描写に力が注がれ、新たな読者を獲得した。本作でも、有名な「空白の四分間」の謎以外に刑事など登場人物の行動にとても引き込まれる。比較的短い長編で初読にも良い。短編集『顔』始め短篇にも良作多数。同時期では仁木悦子「猫は知っている」多岐川恭「落ちる」などの乱歩賞作家や鮎川哲也の諸作品と名作が多く出ている。


「大誘拐」(天童真、創元推理文庫)

刑務所上がりの男達三人が、一攫千金の夢を見て大富豪の誘拐を企てる、簡潔な題名と筋立てかと油断することなかれ。ユニークなキャラクターに斬新な展開。あれよあれよという間に読者を物語の中に引き込み、奇抜な発想とユーモア溢れる文体で最後まで飽きさせないことだろう。面白い推理小説を読みたくて本作を未読の人には是が非でも一読をお勧めしたい傑作である。現在入手できる作品としては他に、安楽椅子探偵小説の名品「遠きに目ありて」、乱歩賞最終候補作「陽気な容疑者」などがある。


「虚無への供物」(中井英夫、講談社文庫)

洞爺丸沈没事故で両親を失った氷沼家。二人の兄弟、従弟、叔父らを巡って次々に起こる不可解な事件。めくるめく推理合戦の末、奈々村久生たち素人探偵が到達する真実とは......。「黒死館殺人事件」「ドグラ・マグラ」と並ぶ三大奇書の一つ、始め逸話は数あれど、本作を読んで味わえる衝撃とは比ぶべくもない。この一作をもって、「反推理小説」の極北かつ代名詞となった推理小説の一つの到達点をどうか堪能して欲しい。奇書系統が気になる方は本作や竹本健治「匣の中の失楽」等からがおすすめ。


「占星術殺人事件」(島田荘司、講談社文庫)

昭和から平成への過渡期。推理小説界にも同様の変遷が起きた。それを先導したのが島田荘司である。“新本格”ムーブメントで誕生した作家の中にもその影響を色濃く受けた者が多くいる。四十数年前に起きた、画家の死とそれに関連したとされるアゾート連続殺人に名探偵御手洗潔が挑む本作は、御手洗の初登場作かつ島田のデビュー作でもある。奇想天外なトリックが用いられている一方で何より、そのアイディアに依らず見事な推理小説にまとめ上げた筆力・構成力・表現力は今なお必読である。


「十角館の殺人」(綾辻行人、講談社文庫)

孤島に立つ十角形の奇妙な館“十角館”を訪れた大学ミステリ研の七人に次々と襲いかかる殺人者の魔の手。犯人の正体とは......? 一方、本土にいる他の会員へは怪文書が届いており......。言わずと知れた名作である。孤島と本土の出来事が交互に語られる構成で読者を惹きつけ、最終幕に鮮やかな“欺し”を披露する。多くの推理小説ファンを生み出した傑作であり、初心者にも勧められる一冊。


「月光ゲーム」(有栖川有栖、創元推理文庫)

噴火で陸の孤島となった山中で相次ぐ殺人事件に、名探偵・江神二郎が精緻なロジックで犯人を追い詰める本作では、僅かな手がかりから論拠を見いだし論理を積み重ねる形式は、巨匠クイーンの作風を見事に踏襲しており、時を前後して世に出た「十角館の殺人」と同様、多くの推理小説ファンを生み出した。本作に連なる「学生アリス」シリーズでも「孤島パズル」「双頭の悪魔」と同様の論理的解決に重きを置いた推理を楽しめる。他に臨床犯罪学者・火村英生を探偵役としたシリーズがある。


『空飛ぶ馬』(北村薫、創元推理文庫)

謎はわたしたちの日常の片隅にも潜んでいる。そんな謎を掬い上げ見ている景色や世界を一変させるのが“日常の謎”と呼ばれる様式であり、北村薫はその随一の名手である。落語と文学を軸に、「私」と友人たち、謎を明快に解く円紫師匠とが紡ぐ物語は、個々の謎解きも良く、全体を通しても見事な連作小説となっている。本書収録の「砂糖合戦」は“日常の謎”の名短篇である。また、巻を重ねるにつれて文学要素も濃くなっており、芥川の小説を巡る文学探偵譚『六の宮の姫君』はその白眉だろう。


「すべてがFになる」(森博嗣、講談社文庫)

孤島の研究所で外界から隔離されてきた天才科学者・真賀田四季。閉ざされた部屋の扉が開かれたとき現れたのは両手足を切断された死体だった。監視カメラと衆人監視の中起きた殺人事件、残されたメッセージ「すべてがFになる」の意味とは? 京極夏彦の登場を契機に誕生した“メフィスト賞”の第1回受賞作である本作は、当時の先端技術と推理小説を巧みに組み合わせた理系“ミステリィ”の金字塔。鮮やかなトリック、メッセージの意味、そして真賀田四季という天才にぜひ翻弄されて欲しい。


「氷菓」(米澤穂信、角川文庫)

折木奉太郎は古典部の部員千反田えるから伯父・関谷純に関する依頼を受ける。その謎は33年前の文集“氷菓”に隠されているという......。近年、アニメ化・映画化もされたライトミステリの金字塔“古典部”シリーズの第一作。“日常の謎”を扱っており、連作短篇として各話で謎を解きつつ、全体では“氷菓”の謎に迫る構成。魅力的な登場人物始め細部にまで行き届いた作者の描写は物語の最後まで読者を離さない。独立した作品では「満願」「儚い羊たちの祝宴」「本と鍵の季節」などがある。


「葉桜の季節に君を想うということ」(歌野晶午、文春文庫)

元私立探偵の成瀬雅虎は友人から悪質商法について調査を依頼される。そんな折、駅のホームで自殺未遂の女性・麻宮さくらを救ったことで、物語は思わぬ方向へと広がってゆく......。私立探偵小説の形式をとった恋愛小説であることに加えて、著者が得意とする手法と絶妙に適合している点でも全体の面白さが高まっている傑作。他に「密室殺人ゲーム」シリーズ「Dの殺人事件 まことに恐ろしきは」など意欲作も数多い。ひねりの効いた物語を読みたい方におすすめしたい作者である。


「容疑者Xの献身」(東野圭吾、文春文庫)

天才数学者・石神は、隣人の靖子の家で起きた事件を
隠蔽するために完全犯罪を企てる。やがて発覚した事件は警察をも悩ます難事件に。しかし石神の前にかつての親友・湯川が立ちはだかる。本作はドラマ化でも有名な「ガリレオ」シリーズの一作。犯人側の視点から語られる“倒叙”形式であると同時に二人の天才同士の対決としても描かれている。そして事件の真相、彼の“献身”が明かされるに至って、物語は最高潮を迎える。現代ミステリの傑作の一つで、是非読んで欲しい一冊。


「体育館の殺人」(青崎有吾、創元推理文庫)

放課後の体育館で発見された男子生徒の刺殺死体。現場の体育館は密室状態で、当時現場に唯一いた卓球部の部長に嫌疑がかかる。彼女を救うために真相解明を頼んだ相手は、校内に住むアニメオタクの駄目人間で......。
クイーンや有栖川作品と同じく論理的推理が特徴であり、本作でも現場に残された一本の傘を基点に華麗に披露される。登場人物の掛け合いも楽しくて読みやすい、上質な学園本格ミステリとなっている。近刊に“日常の謎”に挑んだ青春ミステリ短編集『早朝始発の殺風景』がある。


「屍人荘の殺人」(今村昌弘、創元推理文庫)

神紅大学ミステリ愛好会の葉村と明智は、探偵剣崎比留子と共に、映画研究部からの調査依頼のためペンション紫湛荘に滞在する。一方、近隣のイベント会場では不穏な動きが行われ、ついには......。本作は2018年で最も話題を獲得した作品と言っても過言ではないはず。設定の奇抜さもだが、なによりそれを十分に生かした事件設定や犯人特定のためのロジックなどが端正で見事だったため、多くの読者を得たのだろう。初心者にもおすすめの一冊。2019年2月には続篇「魔眼の匣の殺人」が刊行されている。


編集後記

前号の予定から大きく遅れてしまいましたが、第三号です。今回は国内の有名作品を取り上げました。各ジャンルの大まかな流れが掴めるかとは思いますが、ページ数の都合等で取り上げられなかった作品の中にもジャンルを辿る上での名作がまだまだあります。今後SF・推理小説に興味を持たれて読み進めていくと、そういった作品にも数多く出会えるかと思います。あなただけのお気に入りの作品を見つけられることを祈っています。前号の海外篇と併せて読書の手助けになれば幸いです。今号より<SF篇>に執筆者が一人増えました。多角的な紹介にご期待下さい。次号のテーマは未定ですが、なるべく早い時期の発行を目指します。またSF・推理研の読書会への参加もお待ちしています。HPやTwitterでの告知をお見逃しなく。

(本淵洋+下村思游+卜部理玲) #SF #ミステリ #読書 #書評

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