あなたが生きづらいのは『完璧な美』を求めているからかもしれない

モヤモヤが溜まっているので吐き出させてほしい。

最近、ある動画を見た。美容整形に大金をつぎ込んだ女性が、美容整形をする理由を問われている内容だった。そして彼女は「誰が見ても綺麗だと思われたい」「完璧に綺麗になりたい」と答えていた。

美容整形をしてきた身としては、”完璧”に似た思いがある。

「誰からも綺麗と言ってもらえるくらい、完璧に美しくなりたい」
「完璧でなければ、美しくない」

強迫観念とも言える思いを込めながら美容整形をしていた時期が、つい1〜2年前にあったので、彼女が発していた言葉に引っかかるものがあった。当時の私は容姿を変えることに集中することでしか、昔の傷を癒すことができなかった。もしくは、孤独を埋められなかったのかもしれない。

ただ、美容整形をしたいほど「顔を変えたい」と悩む女性の中には、少なからず、”完璧”を求めている気持ちがあると思う。類は友を呼ぶをように、”自分の顔に悩む”という部分は共通点がある。

年々顔面をバージョンアップさせて5年がたった今。最近は「完璧って何なのだろうか」と、言葉の根源についてよく考えることが増えた。

どこかのモデル? 海外のハリウッド女優?
黄金比率に当てはまっている、アンジェリーナ・ジョリー? マリリン・モンロー?

それは、どれも完璧な美だろうか。

これを見て、中には「いや、アンジェリーナ・ジョリーは好みではないから完璧ではないよ」と答える人はいるだろう。または、自分が完璧に美しい!と思っている女性がいても、誰かに写真を見せると「えー」と返ってくることもあるかもしれない。

というように、”完璧”とはその人によって姿は違い、さらには完璧に対するレベルが異なる。つまり、完璧はとても抽象的でフワフワした言葉なのだ。

であれば、私たちが抱える"完璧な美"とは、不確かな問題になる。

不確かなものを目指し、果たして私たちは幸せになれるのか。
それが幸せなのか。それでいいのだろうか。

私は「Yes」とハッキリ答えられない。むしろ、非常にモヤモヤが心に積もるばかりで、物申したい気分だ。

そこで、私の意見をこのnoteにまとめていくことにする。

<目次>
1.美容整形で女優やモデル並みになれるのは、ごくわずかの人間だけ
2.美しさには様々な形があることを知れば、楽に生きられる
3.あなたなりの「美しさ」を見つけてみよう
4.最後に

美容整形で女優やモデル並みになれるのは、ごくわずかの人間だけ

美容整形をすれば、まるで別人に。女優やモデル並みに美しくなれると思ってはいないだろうか。

容姿を変えたいと願う女性は、美容整形さえすれば、ああなれるかも。こうなれるかも。と、女優やモデルの写真を見ながら、未来を空想することもあるだろう。

私も、美容整形をする前はそう思っていた。

「美容整形すれば美しくなれる」
「美しくなりさえすれば、私の人生は変われるはずだ」

あまりにも自分の人生が孤独で、つまらなくて、苦しくて、藁にもすがる思いで。だから美容整形をすれば何でも解決する、”何でも屋”のように考えていた。

▲10年の変化

本格的に美容整形に力を入れはじめたのは、20歳になってから。25歳の現在になるまで、ここには書きにくいくらいの金額を顔面につぎ込んだ。

これから美容整形をする人の夢は壊したくはないが、顔が変わるにつれて、自分が整形をする前に考えていた「美容整形をすれば美しくなれる」ことが非現実的な話だとよく理解できた。

美容整形を繰り返した者の現実的な意見として、話をしてみよう。美容整形をすれば女優やモデル並みの容姿になれるのかというと、答えは「NO」である。

美容整形は魔法ではない。できること、できないことに限度がある。それに、顔の造形を変化させるのにも限界がある。

生まれ持った頭蓋骨の形、大きさ、横幅は美容整形で変えることができないし、パーツの位置も変えることはできない。例えば、手術で目を内側に寄っているように見せよう、ということはできるが、目自体をちょっと内側に動かそう、なんてことはできない。

残念なことに両親から受け継いだDNAというのは、美容整形をしても切っても切れないもので、結局はもともと生まれ持った顔がどこまでポテンシャルが高いのかによって、美容整形が映えるのか映えるのか、映えないのかが決まってくる。

美容整形をしても女優やモデル並みにすごく綺麗になれるのは、ごく一握なのだ。

美しさには様々な形があることを知れば、楽に生きられる

では、美容整形をしても女優やモデル並みの容姿が手に入らない人は、美しくないのだろうか。それは間違いだと私は思う。

年齢を重ねると、美しさにはさまざまな形があることに気がつく。

顔で言えば、パーツが左右非対称であること。これは”個性”という美しさにもなるし、左右差があることで表情の豊かさにつながる。左右対称も美しいが、整いすぎているとどこかロボットを感じさせる。

あとは、生き方。

一本筋の通った生き方をしている人。
好きなものを好きだと突き詰めている人。
我が子を手塩にかけて育てている、毎日頑張っているお母さん。
顔がしわくちゃになり腰が曲がっても、周囲にいる人や家族を心底愛しているお婆ちゃん。

年齢を重ねれば、若さゆえの美しさは失われていくのは自然の摂理。幼い年代になると”成長”と言葉を変えるが、人は生まれた瞬間から必ず”老い”に向かって進んでいる。

だから、よく「歳をとるのが怖い」と感じる。自分からそう言ってしまう時もあるし、周囲の女性からそう言った声を聞く。まだ私には若さはあるけれど、この先女としてのフィールドを降り、生理が止まり、段々と老いを感じていく姿を想像すると、とても怖い。今ある美を失う恐怖があるからだと思う。

しかし「老いても女性は美しくあれる生き物だ」と考えるようになってから、年を重ねるのも悪くはないと思い始めてきた。顔の造形や、容姿だけが美しさではない。老いるまでに重ねてきた人生や、内面でも美しさを表せられるではないか、と。

もし今あなたが完璧な美に囚われ、苦しいのなら、美しさの価値観を広げてみるのもいいかもしれない。たとえ顔が女優やモデル並みに整っていなくてもいい。太っていようが、ガリガリであってもいい。完璧でなくてもいい。

美しさを判断するのは、容姿だけではないのだから。

あなたなりの「美しさ」を見つけてみよう

不思議と自分の嫌なところを、他人から褒められた経験がある。

私は中学高校と成長期の食欲にも重ね、猛烈に過食ばかりをする時期があった。おかげで体重は70kg越えを記録(72〜73kgはあったかも)

その後、高校〜大学と体重の変動もありつつ68〜69kg台後半をウロウロとし、21歳の頃から始めた筋力トレーニングと、摂取カロリーや栄養面に気をかけることで現在58kgで安定している。

▲身体のラインが分からないよう、ダボダボの服を着ているおデブ時代。太っている+ブサイクな自分が嫌で、身なりやファッションなどどうでもよくなり、毎日この写真に映っている洋服しか着なかった。

しかし、私は58kgになっても自分を「太っている」と思っている。まだまだ細いとは言えない、脂肪の多い身体はコンプレックスのひとつだ。

その一方で、友人や周囲の人からは「いい身体ね」「セクシー」と前向きな言葉をかけてもらえることに驚く。どうやら自分の嫌な部分も、他人から見れば魅力的に見えることがあるらしい。

もちろん”よく言えば”かもしれないし、その場の雰囲気をよくする”社交辞令”かもしれない。けれど、前向きな言葉をかけてくれるというのは少なからずそう見えるわけであって...よく見えているなら、いい方向に捉えてもいいのではないかとも思う。

ちょっとダイナマイトボディーの持ち主の、私の友人に例えても同じことが言える。

彼女と話すたびに、だいたいダイエットの話になる。そして彼女は、自分の太っている身体が嫌だとよく言う。暴飲暴食をした日には「太っているくらいなら死にたいとさえ思うよ」と、スマホ越しに伝えてくる。

そう言うくらいなのだから、細い身体に憧れているのだろうけれど、私は彼女に「痩せてほしい」とか微塵たりとも思わない。

むしろ彼女は骨盤が大きいので、ラテン系のような豊満なお尻がある。身体の丸いシルエットがどこか可愛いし、愛らしい。愛嬌が合わさって、どこか人懐っこさも出ている。

そのせいか、彼女の周囲には常に人が集まっている。いつも自宅でパソコンが唯一の友達状態になっている私なんかより、人懐っこく、愛らしい彼女の姿はとても魅力的にみえるのだ。

自分の嫌な部分が、他人からみれば魅力に写る。それがあなただけの、私だけの美しさになり得るかもしれない。

▲最近の体型はこちらに載っています

最後に

メディアに出ているモデルや女優。流行りについていけないほど、年々新しい人が出てきている。

「1000人に1人の美女」
「美人すぎる〇〇」

と称され、造形的な美しさは神のように拝められる。だから、メディアで取り上げられているモデルや女優は、完璧な美しさの象徴。まさに美の頂点だと思いがちだ。

それを見て「あそこには入れない私は、美しくないんだ」と思うかもしれない。でも、よくよく考えてみてほしい。

確かに彼女たちは、一般人には知り得ない相当な努力をしているのかもしれない。しかし、たまたま遺伝子の配合がよく、たまたま容姿がよく生まれただけで、私たちと同じ人間なのだ。

美容整形をしても、完璧な美しさは手に入らなかった。どれだけ頑張っても、女優やモデル並みにもなれなかった。それはそれでいい。あなたが努力したことに変わりはない。

忘れてはならないのは、美しさには多様な形があること。「美しい」と感じさせるのは顔の造形や容姿だけではないこと。どんな容姿であろうとも、いくつになろうとも、あなたはあなたなりの美しさがある、ということだ。

えっ? 美しくなれなかった、ブスのひがみ?

どのような価値観で生きるのかは個人の自由であり、どんなところに美しさを見出すのかも個人の自由。

一体、どんな風に生きたら楽になれるのか。
どうしたら自分の魅力や、美しさを伸ばしていけるのか。

完璧な美を求めて生きづらい女性こそ、今一度考えてみてほしい。

容姿に悩むすべての女性に、幸あれ。


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