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揮発性

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【おはなし】街灯の町

【おはなし】街灯の町

 夜の空気は澄んでいて、冴えた空が膨らんでいました。

不安定な地面を、私は転びそうになりながら歩いていました。風が流れて、草の匂いがします。辺りには、私の呼吸の音だけが聞こえています。

 広場にある街灯に近づくと、根元のベンチにはすでに誰かが座っていました。
 「こんばんは」
 私はおそるおそる話しかけます。
 「こんばんは」
 「何を、してるんですか」
 この時間にこの場所で人と会うのは、初

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【おはなし】雲をかたづける

【おはなし】雲をかたづける

 たとえば誰かが頭の中で空想をする。

 多くの場合、それは白くてもこもこしたキャンバスの中に形成され、まとめて頭の斜め上辺りに出力される。ホワンホワン〜というSEが付いてくることもある。

 授業中の妄想も、コンクールで優勝する夢も、書きかけの台本も作り途中の舞台の構想も、この白いもこもこの中に展開される。

 空想が途切れたあと、このもこもこは頭から離れ、イメージを抱えたまま空に昇っていく。空

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【おはなし】天国のモフモフ

【おはなし】天国のモフモフ

 「よし、そろそろ行こうか」
 レネが僕の先を歩いていく。

 庭の花壇にはたくさんの種類の花が植えられていたけど、すべて枯れてしまっている。

 庭を出て町を抜けて酉の方角へ向かうと、森に入る。森の中を少し進むとやがて■■■■の白い巨大な体が見えてくる。

 そいつは体を丸めて、目を閉じたままじっとして動かない。胴体の高さは僕の背丈の倍はあるだろうか。顔の大きさは、両手を広げても足りない。
 顔

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【おはなし】夜の町

【おはなし】夜の町

 この町はある時から、ずっと夜だ。

 どうして夜が続いているのか、理由を知る人はいない。きっと誰かが『朝が来なければいい』と強く思ったんじゃないかと、僕の飼い主さんは言った。そんな話があるだろうかと思ったけど、まぁたまにある事だという。人間の世界のことは、猫の僕にはよく分からない。
 夜が終わらないのだから当たり前なのだけれど、町の中は塗りつぶされたみたいに真っ黒だ。道も広場も建物も、月と星の控

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【おはなし】記憶

【おはなし】記憶

 振られたから記憶を消してほしい。そいつはそう言って研究室に来た。さっき緑川さんに会ってきたのだという。

 確かにここでは記憶に関する研究をしている。部分的な記憶を消す装置の試作品がつい先日、完成したばかりだ。特定の記憶を消す事で、様々な分野での使用が期待される。
 本当にいいのか尋ねると、赤くなった目をはっきり見据えてそいつは頷いた。

 記憶の消去は成功した。こいつは緑川さんの事を忘れて、こ

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【おはなし】こばなしのようなもの

【おはなし】こばなしのようなもの

「細巻きってあるだろ」
そいつが言った。
「あるな」
おれは答えた。
「太巻きってあるだろ」
「あるな」
「その境目ってのはどこなんだ?」
「どういう事だい?」
「直径何センチから細巻きで、何センチから太巻きになるんだ?」
「知らないよ」
「お前はなんにも知らないんだな。頭のネジを巻いた方がいいんじゃないのかい」
「なんだと。いいから喋ってねぇで仕事をしろよ」
「巻き込んで悪いと思ってるよ。でも、

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【おはなし】それぞれ

【おはなし】それぞれ

 人が発する言葉が、すべて文字で見えるようになった。
 みんなの唇から次々と出てくる黒い明朝体の文字は、煙のように出てきては消えていく。

 あんまり小さい声の時は色が薄く、大きな声の時は色も濃い。煙の性質上、口から生み出された文字は後から出てくる文字とぶつかり合って、顔の前の方に溜まっては消えて行く。短い単語なら何とか読み取れる場合もあるが、文章になるとぐちゃぐちゃして殆ど読めない。

 「卡め

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【おはなし】空想図書館

【おはなし】空想図書館

 『誰にも読まれない物語』が集まるところが、この図書館の端っこの本棚にある。
 本棚は私の背よりも少し大きくて、図書館の他のものと何も変わらない。

 誰かの頭の中で生まれ出力されなかった物語だとか、書き記されることのなかったおとぎ話だとか、たとえば寝る前にする空想だとか、いつか夢で見たきり忘れてしまった景色だとか、書きかけのまま放置された小説なんかがここには勝手に集まる。さらに言えば、どこかの誰

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【おはなし】迂回

【おはなし】迂回

 ある日、境界ができた。

 僕たちの住んでいるところを突っ切るように壁が現れたのだ。
 壁の高さは分からない。僕の身長の何倍かはあると思う。素材はとても硬くて、壊せそうなものではなかった。端がどこにあるのかも分からない。壁の先を見たものはいなかった。

 あちら側とこちら側の行き来ができなくなったので最初みんなはすごくあわてたけど、季節が変わる頃にはみんな慣れてしまった。

 壁はこちら側の町の

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【おはなし】雨水を漂う

【おはなし】雨水を漂う

 窓から見える景色の全てを、雨が濡らしている。

 この雨はここ何十年かの間、毎日降っていた。
雨のせいで道は川になり、やがてそれもあふれ出し、しだいに町は巨大な水たまりになった。

 町の人は家から出ることができずその家もまた、降り続ける雨にだんだん浸かっていった。

 町の水位が窓の半分を越えたあたりから町の人は屋根の上に足場を作り、その上を新しい屋根でおおった。家を上に伸ばして、沈まないよう

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【おはなし】或る言葉の居場所について

【おはなし】或る言葉の居場所について

 町の端っこにはこの家以外には建物がない。
 周りを背の高い林に囲まれていて、ここに近づく人はほとんどいなかった。

 生い茂る木々の間にぽつんと隠れるように立っている小さな屋根の家。
 そこからコーヒーの匂いが漂ってきて、確かに人が住んでいるのだとわかる。

 扉を開けると室内は机と椅子があるだけの空間と、壁ぎわには本が高く積み上げられている。薄暗い部屋の中に窓から細く差し込む光で、舞ったほこり

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