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短編小説 「いい奴」


僕はタイセイ。千葉の海沿いの田舎でひっそり絵を描きながら暮らす三十歳の画家。

マナトと出会ったのは十年前、僕がまだ画家を目指す前、僕の叔父さんが経営してる小さな工場で働いていた頃の先輩だ。先輩といっても歳は同じ。マナトは高校を卒業してすぐに、叔父さんの小さな工場に就職。
僕は高校を卒業して二年間ニートをしていて、二十歳のときに叔父さんの町工場に就職した。たった二年の差だけど、仕事のほとんどはマナトから教わった。

それが僕とマナトの出会い。

マナトと出会って感じた第一印象は「速い」これに尽きる。仕事が速いのはもちろん。移動は基本、早歩き。振り返るさまも地面の砂が舞い上がるくらい速い。

物を受け取る時も奪う勢いで受け取る。物を渡してくる時は押し付けるように渡され、勢いで手から物がこぼれ落ちる。喋りも早口で指示や話が聞き取れない時がしばしあって、大概、僕とほかの従業員は「えっ」と聞き返す。

マナトを見ていると「もっとゆっくりすればいいのに」といつも思っていた。僕がノロマなのかと思っていたが、そうではなかった。マナトが速すぎる。

そんなマナトだが、ほかのにも特徴がある。

「いい奴」

とにかくいい奴だ。世の中にこんな奴がいるんだなと、思わせてくれたのがマナトだった。

最初にマナトが「いい奴」だと思わせてくれたのは「それじゃダメだ」と叱ってくれたことだ。

叱られた理由は仕事で高さ二メートルの屋根にいる時に不注意で屋根から落ちたこと。後ろを確認せずに下がってそのままひっくり返って落ちてしまった。最初は従業員もマナトも心配して体を気遣ってくれた。だけど、マナトはそれだけじゃなかった。

仕事の合間に呼び出され、こっぴどく本気で叱られた。

「屋根では下がるなと言っただろ」

「どうしても下がる時は確認しろ」

など、十分くらい叱られてた。

その時は気分悪かった。僕が悪いとはいえ、先輩とはいえ、同い年に叱られてるんだ。気分は悪くなるし、恥ずかしい。だけど、うざいくらい体を気遣ってくれていたのもマナトだった。

「休んで冷やせ」「帰れ」だとか、翌日には湿布を大量に持ってきてくれたり、マナトは自分の有給を使って僕を休ませようとした。

ただのバカだなと思ったが、行動と熱量を見て思いは変わった。

マナトはいい奴なんだ。




時間を割いてくれて、ありがとうございました。
月へ行きます。

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