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GYAKUSOUという思想

かなり前のことだが、ナイキのブランドでこんなのを発見した。

"GYAKUSOU(ギャクソウ)"

このブランドは、アンダーカバーの創設者高橋盾さんが、ナイキとコラボして生まれた、ランニングコレクションのブランドだ。

俺はこれを見たときに直感的にカッコいいと思った。

だが、それはファッションのデザインについてではなく、思想が織り込まれてそうなGYAKUSOUという名前について。

今、自分はランニングすることを習慣にしている。この習慣のはじまりは、情けなくなった自分に克つを入れるためだった。

もともと厳しい部活にいたから根性や意思は強いと思っていた。だけど、大学に入り身に余る自由を手にし、段々と易きに流されていき、堕落していった。いつのまにか弱っちい嫌いな自分になっていた。

そして、それを叩き直すため、昔の自分を思い出すために、もう一度やり直すために、そういう意味も込めてランニングをはじめた。

そもそも現代社会では、段々と走るという行為や能力は必要なくなっている。自転車もあるし電車もあるし車もある。走るという行為は、人間にとって必要な能力ではなくなっているし、必要ないように文明はどんどん進化している。

そういう意味で走ることは、時代に逆行している行為といえる。

でもなんか、走ることって大事な気がする。

そういうことを思いながら、走り続ける自分にとって、GYAKUSOUというブランドとネーミングは心を打った。

時代は走らなくていいという方向に向かっているけど、走るのって必要ないけど、走ることって大事じゃない?おれさ、必要だと思うんだよね。

そういう思想が込められてる気がした。そういう魂を感じた。そこに共感した。

どんどん人間が楽ができるようになっているように文明は進化し続ける。そして、手軽な楽しさがすぐ近くにあり誘惑してくる。

そういう環境下であるがゆえに、自分の道を貫いたり、自分の目標のために一歩踏ん張ったりするのがより難しくなっている時代ともいえる。

むしろ便利になっていき、どんどん楽ができてしまうこの時代にこそ、「走る」という行為はむしろ必要になっていくんじゃないかと思う。

やからおれは逆走するわ。

都会の街中を走ると、逆走感が半端ない。

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