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書くからこそ、わからないことがわかるし、勉強がはじまる。

昔、本を書いている人は、自分がわかっていることを書いているのだと思っていた。

だが、文章を書けるようになりたいと思って、たくさんの本を読んでいく中で、"書く人たち"が言っていたのは、まったく違ったことだった。

とりわけ文章術の本の中でも好きなのが、加藤典洋の『文章表現法講義』だが、彼は確か、書くというのは、よりよく考えるための、自分と向かい合う経験の場、と言っていた。今手元にないからおぼろげだが、わからないことを知るために書き、勉強するために書くんだ、と。書くからわかるようになるんだというようなことを言っていた。

そのときはnoteもやってなかったから、頭だけの理解だったが、今こうしてnoteを50本書いて、ふとそのときに読んだ内容がフラッシュバックして思い出されて、納得する。

書くからわかるのだということ。書くから、わからないことがわかるし、そのことについて勉強したくなる。そしてその勉強を活かして、そのときのベストを出して、なんとか仕上げる。そのとき、考えはより深くなっている。

そしてまた次の日や別の日にまた書く。そしたら、またわからないことが出てくる。また勉強して、思考に織り込みながらなんとか仕上げる。

これを繰り返して、思考は縦・横・斜めにどんどん延びていき、思想と言われるものが確立されてくる。

つまり、書くという営みは、コミュニケーションや表現する行為というだけではない。書くという行為は、勉強するためのツールであり、思考をさせてくれ、洗練させてくれるツールであり、自分の思想を作り上げるツールでもある。

そして自分にとってnoteというサービスはそういう位置付けなような気がしている。

今まで、ノートやルーズリーフに書いてきたりはしてきたけど、noteに投稿することで、より考えが洗練されていることはわかる。やはり、回りに公表するということが、より思考を深くさせるんだと思う。

事実、「書くという行為についてのnote」を、今こうして書いていく中で、今もう一度、過去に読み漁った文章の本を読んでみたくてたまらなくなっている。今読むとさらに発見はあるし、理解が深まるのだろう。

書くからこそ、わからないことがわかるし、書くからこそ勉強が始まる。

こういうことなんだと、書きながら、また理解が深まった。

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