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短編:【見上げた屋上にはウミネコ】

ブルーテントから顔を出し見上げた空は、そのテントの青さと同じような色をしていた。下町の川沿いに並ぶブルーテントは、傍から見て感じる想像よりもはるかに頑丈で、多少の台風程度であれば凌げてしまう。事実昨晩上陸した大型台風によって、川の水量は増加し、ブルーテントの上と中は水浸しとなってしまったが、丈夫な骨組みはビクともせず、こうして翌日のお天道様を拝ませて頂けた。

半年程前から、私はここのお世話になっている。朝はお日様が出る前に街へ行き、ゴミ収集車が通る前の資源ゴミを回収する。資源ゴミとは言うが、私にとっては生きるための貴重な資金源。おかげでこの街のゴミ収集車が回るルートさえもしっかり把握している。もちろん週に一度の瓶缶の日も理解している。それ以外の曜日には、ベンダー横や公園などに設置されたゴミ箱から、アルミ缶を集めて来る。グルっと二時間回って、このテント付近まで戻ってくると、いつも外国人のお兄さんが、自転車に乗ってお弁当を持って来てくれる。
「キョウモ ゲンキ デスカ?」
カタコトの言葉でも笑顔に接してくれることが何より嬉しい。そのお弁当が役所による施しなのか、どこぞの組織が行っているボランティアなのかは正直わからない。そんなことはギリギリで生きている私たちにとってどうでも良いことで、この周辺の住人にそのお弁当が配られていた。
お弁当が届くと、誰もがまずはそれを食べる。誰も信用できない日常では、自分の腹に入れてしまうことが一番の防御策となる。掻き込むように一日一食の有り難い食事を摂った後は、集めてきたアルミ缶をペッタンコにする作業が始まる。3日置きにやってくる業者に渡すことで、多少の現金をもらい、一日一食の食事が、二食になるのである。

私たちが住むブルーテントが丈夫な理由は様々ある。材料は、それこそゴミとして出されている廃材のこともあるが、一番多いのは、花見の季節に使われて放置される使い捨てのブルーシートを組み合わせている。ここらに住む人々には様々な人生模様があり、中には腕の良い大工だった人もいる。意外と個で生きているように見える集落は、見えない横の糸でつながっていることがある。捨てられた家具を柱にし、立派な邸宅に仕上げる人も多い。移動式の台車を付けている人もいる。春から秋までは何とか凌げるのだが、流石に冬はツライ。だから丈夫でありながら移動できる仕組みや組み立てを重視している人が多い。

資源ゴミの収集で大事なのが、アルミ缶だけではなく、新聞紙等の情報も集めることである。この十年で紙の新聞は一気に減った。実は紙という資源はとっても貴重で、料理の際に燃やせたり、テント内の緩衝材にも役立ってくれる。そして何より、いま何が起きていて、今後どうなるのか、文字情報として吸収させてくれる、世の中とのパイプとなる。

「高層マンション屋上に大量生息のウミネコ」

緑地化を薦める政策によって、高い屋上に緑が増え、天敵のいないその場所がウミネコの最適な住処として繁殖している、ということ。あれだけ大きな鳥である。高い場所に大量にいたとしたら、卵やヒナを狙うカラスも猫もいないのだろう。何年も前からカラスがゴミを漁れない対策が本格化し、公園には野良猫の姿もメッキリ見ない。たまに耳を切られた猫を見かけるが、交通量の多い都会では一層快適に生きることは難しいだろう。

自然界でもそうなのだから、人間だって生きていくのは難しい。
「ウミネコの一人勝ちか…」
遠い海外の安全地帯からぬくぬく肥る悪党。口ばかりで現場の苦労を顧みず上澄みばかり掠め取る政治家。実態の見えないこの壊滅的世界の全貌…
「見下しやがって…」
最下層、地べたを這いつくばるように生きる姿を、高い位置から下界を嘲笑うように見下す鳥たち。このまま生態系が変化して、ウミネコがさらに巨大化、恐竜のように我が物顔で飛び回る光景が想像できる。その進化は、要領の良い一部の金持ちの姿と重なる。

水浸しになった地べたで寝ていたこともあり、少し背中と肩が痛い。カゼでもひいただろうか、少し頭がクラッとする。空の眩しい青さに涙がこぼれそうになる。
「ゴミを集める生活…」
世の中ではSDG'sという活動が盛んだと、記事に出ていた。
「ゴミという言葉を失くす」
それはすなわち私たちの生命線を奪うこと。
「ブルーテントはね、ゴミの再利用なんだよ」
それがSDG'sだよな。なんだ、時代の先端を進んでいるじゃないか。煙たがられることはあっても、褒められたことなどないじゃないか。
再利用は生まれ変わるってこと…
「物より先に人なんじゃないのか?」

その夜。久しぶりに夢を見た。

空を飛ぶ夢。私は大きなウミネコになっていた。しかし高層ビルの安全な緑の住まいではなく、海上高く、高速観光船の付近を飛んでいる。その船に乗る客が腕を上げて餌を出している。ああ、あれが食べられるのか。

「キョウモ ゲンキ デスカ?」
乗客だと思った男は、毎朝来る、弁当の外国人だった。
私は…これは夢なのか。人間なのかウミネコなのか。
どちらにせよ…どんな姿であろうと、生きているなら、それでイイ。

     「つづく」 作:スエナガ

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