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ジャスコのスーツ。

今の地に引っ越してきたのは娘が3才の頃だった。近所のジャスコに遊びに行くと、いつも立ち止まらず通り過ぎるテナントがあった。シュッとかっこいいデザインのビジネススーツや知的ブラウスが並んでいるお店。

3歳の娘と手を繋いで歩きながら思った。
「あ~きっと私はこんな服を着ることはこの先ないんだろうな」
たかがジャスコと笑うなかれ。1万円スーツでも着る機会がなければ買えないものだ。
それはTVに映るアイドルのかわいいフリフリ衣裳に憧れつつ「あ~こんなかわいい洋服を着る機会は一生無いんだろうな」と思った子供の頃と同じ。
主婦の私はバリバリのビジネスウーマンに憧れていたのだった。

どっちをとるか。

今までやった仕事と言えば結婚式場のサービスのみ。制服はバラのブローチがついたワンピースで、それはそれで事務職のOLさんはうらやましかったかもしれないが、私としてはワンピースかスーツかというよりも、その当時の「寿退社」の慣習が解せなかった。

結婚が決まった時、私は一言も辞めるといった覚えはないが当然のごとく退社が決まっていて「結婚おめでとう&お疲れさまでした!」という感じ。結婚出産と仕事は二者択一で、今のように育児休暇だの早退だのといった職場の理解が得られるはずもなく、社員として続けるのは到底無理だと思ったので素直に辞めた。

女性は結婚したり子どもが生まれたら社員ではなくパートアルバイトでギャラは下がる一方。もとよりビジネススーツを着て出かける場所などない。

それでも専業主婦になるのは嫌で、コネと経験を活かしホテルのバンケットやラウンジ、ファミレスなどでちょこちょこバイトしていた。結婚式場は土日の忙しい時だけお呼びがかかった。内容はともかく家事育児と仕事の両立。そうそう、迷ったら両方ね。

ビビビ。

アイドル聖子ちゃんが結婚出産してもママドルとして変わらずフリフリ衣裳で仕事をしていたのは大変勇気づけられた。どうか世の中もそうなりますようにと願いつつ、ジャスコのビジネススーツを横目で見て素通りしていたある日、

フリーペーパーの小さな求人広告に私は釘付けになった。まさにビビビだ(世代…)そして即行動に移した。それは「ウェディングプランナー募集」しかも式場ではなくプロデュース会社所属のフリーランス。子育てママにはぴったりの自由なスタイルである。タイムカードがないこの形態の仕事を私は2つしか知らない。ヤクルトレディとニッセイのおばちゃんだ。

早速面接に行くと、その事務所も新しい試みとのことで「1か月いくら位になればいい?」と聞かれたので「幼稚園の延長保育代のもとが取れれば」みたいなことを言ったと思う。フリーのプランナーなんて先駆者的な仕事に需要があるのかどうか不明だったが私はとにかくやりたかった。ギャラには期待しないが、元来人と違うことをやりたい質。

結果、即採用となった。私はさっさとファミレスのバイトをやめ、
意気揚々とジャスコに出かけた。もちろんスーツを買うためだ。

バラのブローチがついたワンピースを脱いでから10年が経っていた。

夢とは斯くも

それからずっと、仕事のスーツやブラウスを買う時はジャスコのそのお店でと決めていた。あれほど関係なさ過ぎて素通りしていたお店に今では正面から一直線だ。


ある日、そのジャスコで結婚式をしたいというカップルが現れた。
中央にある吹き抜けの大階段で式を挙げたいという。
ジャスコの偉い人に掛け合い、何度か断られたが最終的に粘り勝ちをした。
その時の花嫁さんは、結婚式が終わった後こう言った。

「夢は叶うんですね。願えば願うほど。」

夢とはかくもザックリと、ぼんやりとしたもの。

結婚式を何処でやるかは結婚式の目的ではないし、私はスーツを着たいからプランナーになったのではない。
でもそれでも良いと思う。どちらが目的でどちらが手段なのかあやふやでも、ビビビに従うべきなのだ! しらんけど。

あの頃3歳だった娘は大学を卒業し就職した。そしてジャスコは今月末で一時閉店する。

外壁のJUSCOの文字はずいぶん前に白く塗りつぶされ、大きくAEONと書いてあるが、いよいよ本格的なリニューアルが必要になったということだ。

今となっては古ぼけた大階段もこれで見納め。願わくばリニューアルオープン予定の3年後にまたスーツが必要になり買いに行ける私でありたい。



追記


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