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水色のランドセル

好きな色は水色。
そう娘が言ったのは4~5歳の頃だった。選ぶものが偶然にも水色だというよりは、はなから所望する”能動的水色ガチ勢”である。

ランドセルにカラフルな色が登場したのはちょうどこの頃(2000年頃)だった。いつものジャスコに行くと、24色のランドセルが並んでいた。

いろんな色があるねー!

入学には2年早い娘は「水色がいい!」と迷うことなく言った。
…だろうね。

どうせ気が変わるだろう。そう思っていたが娘の水色推しは一向に変わらなかった。入学前のオリエンテーションで私は先生に質問した。

「うちの子が水色のランドセルがほしいと言っていますが、そんな子いますか?」

自分でも変な質問だと思うが、その当時はまだカラフルなランドセルが浸透していなかった。「仲間はずれにされないでしょうか。」

先生は、あまりいませんが大丈夫でしょうと言った。当の本人は悪目立ちの不安など微塵もない。逆に赤色など与えてしまった日には学校に行かないなどと言いかねない。

私は万が一にも水色のランドセルが売り切れて買えなくなるのだけは避けなければ、と慌てて娘と買いに行った。

しかし売り切れるはずはなく、大方の予想通り水色はクラスで娘ただ一人であった。


水色のランドセルを自慢気に背負い、腰まで長い髪をセーラームーンのようにツインテールにした娘は、遠くから見てもすぐに他の子と見分けがついた。


それにしても、好きな色にそんなにこだわるものだろうか?
大学生になっても部屋は見事に水色尽くしだった。カーテンや布団、家電、洋服や文房具、延長コードの果てまでも。

まるで【私=水色】自分のアイデンティティとでもいうように、彼女の水色推しは大人になった今でも変わらず、一貫している。

どうして好きなの?と聞くのは愚問だろう。
好きなものに理由などない。
どんなところが好きなの?他の色と何が違うの?そう聞いてみたとしても、「わからない、好きなものは好き」と言うに違いない。

そんな娘だが、ふと「もしかしたら私は水色が好きだと思いこんでいるだけなのかもしれない…」とつぶやいたことがある。淡いピンクの雑貨を手に取ると「こういう色も好き」と言い、自分はまだ何者でもないというかのように少し戯けて笑った。


*
彼女は好きなものや人に囲まれて生きるのはしあわせなのだと知っていて、それを自ら手に入れる術を知っている。

臆病な大人の要らぬ心配をよそに、水色のランドセルを背負って迷わず駆けていく。

後ろ姿を見守りながら思う。
本当は心配なのではなく、キラキラ眩しい瞳に映る生命力が誇らしくて、少しせつないだけなのだと。


おやすみなさい。

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