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身体と仕事を整えて、産みどきをつくるーーフォトグラファー・石野千尋さん

子どもを持つことに不安を感じている人、とりわけフリーランスで働いている人たちに、なにかポジティブな妊娠・出産・育児の情報を伝えたくてはじめた、この「フリーランスマザー」マガジン。

私自身がフリーランスのライター・編集者として、もしくはアラサー/ワーママ/二児の母として、ごく個人的な気持ちや考えを書いてきました。

40本近い記事をアップしてきて、はたと「ほかの人の話ももっと聞いてみたいな」と思ったのが、昨年のこと。そこで、フリーランスで働きながら妊娠・出産・育児に向き合っている方への、インタビューをはじめました。

不定期更新の第一回目に出てくださるのは、フォトグラファーの石野千尋さんです。

彼女と出会ったのは、たしか7年前。当時の石野さんは国内外を飛び回って素敵な写真をたくさん撮っている、とてもパワフルなフォトグラファーでした。一方でプライベートも充実していて、いつも明るく楽しそうな、憧れのお姉さん。でも、そうやって仕事や遊びを楽しみながら、産みどきを考えている印象もありました。

今回はそんな彼女に、どうやって産みどきを決めたのか? 産前産後はどうやって仕事を続けていたか? を聞いてみたいと思います。

身体と仕事の調整を、なにより先に始めた

――まずは、妊活をはじめるまでのことを聞きたいです。30代に入ったころは、どんな暮らしをしていましたか?

当時のベースは、とにかく仕事。海外での仕事も多かったから、1ヶ月に一回は飛行機に乗るような生活でした。忙しいと「今月は3ヶ国まわるのか」なんてこともあり、飛行機での移動時間がいちばん眠れていたくらい、睡眠もとれていなくて……。楽しかったけど、身体にはよくなかっただろうなって思います。

――妊娠については、どんなふうに考えていたんでしょう。

いずれ子どもはほしいから、まず「そのときまでに身体を整えておかなくちゃ」って意識がありました。できるかできないかわからない状態でも、身体にいいことをしておいて損はないはず、という感じ。身体のことをすごくよく考える友達から、影響を受けた部分も大きかったと思います。腹巻や靴下、へそ灸で身体を温めたり、コリをほぐしたり、できることから生活を改善していったんです。

でも、仕事のほうは自分の都合で動かせないから、時間がかかるなと。だから身体の準備も進めつつ、1年くらいかけて仕事も調整していこうと決めたのが、34歳のときでした。

――34歳から1年かけて状況を整え、すぐに授かったとしても35歳。医学的には高齢出産に入ることで、年齢的な焦りはありませんでしたか?

そういう意味では、33歳のときにも妊活をはじめようか迷ったことはあったんですよね。でも、毎月飛行機に乗る仕事があったから難しくて……目先の仕事や遊びに気を取られていたら、あっという間に一年が経っちゃった。ただ、34歳になるころには彼も私もちょうど現実的に子どもを迎える気持ちになれたから、これがタイミングだと感じました。

当時のことは、ご本人のコラムでも

「断る勇気」で仕事を減らしたら、収入は増えた

――では「来年から本格的に妊活をはじめよう」と決めての一年間、どんなふうに仕事を調整していったのか聞かせてください。

その年の目標は「断る勇気」! 当時は仕事が楽しくて、誰からどんな案件を頼まれようと、日程さえ空いていれば受けていたんです。でも、なかには「あれ、この仕事は私じゃなくてもよくない?」って思うものもあり……そういう仕事は、身体を酷使してまでやるべきじゃないなって思い直したの。それからは無理しないで済むように仕事を少し選ばせていただき、年間契約や海外での仕事も整理して、量を減らしていきました。

――フリーランスとして、仕事を減らすことは不安じゃなかったですか?

それが、仕事の量は減ったのに収入は上がったんです。身体が楽になったぶん、撮った写真のレタッチにしっかり時間をかけられて、より丁寧な仕事ができるようにもなったし。そのときに「もし子どもが生まれても、このペースでやっていけたら大丈夫かも」って思えました。

――受ける仕事が減ったのに収入が上がった! すばらしい~。それは、どうしてだと思いますか?

これまでは仕事の内容に関わらず、先にスケジュールを押さえてくださったほうを優先していたんですね。だから、こまごましたお仕事を受けすぎて、大きな広告案件を受けられない……みたいなケースもあって。どんな撮影ももちろん大切なんだけど、結果的に大きなチャンスを逃してしまっていたんです。でも、断る勇気を持ってからは、スケジュールに余裕ができました。同じように先約を優先していても、自然と単価の高い仕事を受ける機会が増えて、収入アップにつながったんだと思います。

もしかしたら年齢的に、ちょうど仕事のステップアップの時期だったのかもしれません。編集者の友達から「最近は気軽にお願いしないようにしてるの。仕事の質が一段階上がるときだから、焦らないで、受けた仕事を集中してやっていけばいいよ」って言ってもらえたのも、すごく安心できました。

――その後、念願叶って35歳で妊娠。出産で仕事を休むことには、どんな気持ちでしたか。

それまでの一年ほど、いい仕事を素敵な人たちと楽しくできたから、やりきった気持ちでした。妊娠中の体調もよく、ハイペースで働けたおかげで、しばらくお仕事を休む余裕ができるくらいのお金も蓄えられていたんです。だから、産んだあとは一年くらいゆっくり生活してもいいかも、と思えていました。

――あれだけパワフルに動き回っていた石野さんが、「産後一年くらいゆっくりしようかな」と思ったなんて、なんだか意外!

働いていないと生きていけないタイプに思われがちだけど(笑)、ぐうたらするのも好きなんだよね。むしろ「子どもがいる生活を、今後どうしていこう?」って考える楽しみのほうが大きかった。周りの仕事仲間や取引先も「落ち着いたらまたすぐお願いするからね」って言ってくれて、救われていました。

産後1ヶ月半で復帰、急ぎすぎないほうがよかった

――無事にかわいい娘さんを出産して、実際に仕事復帰したのはいつ?

産後1ヶ月半くらいで、ひさしぶりに撮影の仕事を受けました。産前から数えると2ヶ月くらい休んだから、感覚が鈍っていて、ちょっと焦ったのを覚えてますね。うまく撮れないわけじゃないんだけど、「これはいい!」が来るまでにちょっと時間がかかったり、カメラをどう微調整するかすぐに思い浮かばなかったり……頭の回転が遅くなっている感覚。子育てによる睡眠不足で、単純に脳のパワーが足りなくなっていたのかもしれません。

――鈍った感覚は、どうやって取り戻していったんですか。

家のなかでも撮り続けました。でも、誰かに依頼されて撮る写真と、自分の思い通りに撮る写真はまた別で……子どもの写真を自由に撮ってばかりいるだけで回復するわけじゃない。だから、製品などを送ってもらって家で物撮りするような仕事をこなしながら、勘を取り戻していった感じです。

――産前産後もほどよく仕事が途切れないようにするために、心がけていたことはありますか?

産休に入るころから、数ヶ月先のオファーがあれば「産まれてからでもいいですか?」ってキープをお願いしたりはしていました。でも、やっぱり産まれてみないと、どれだけ仕事ができるかはわからないよね。産後1ヶ月以内くらいにトークショーの出演依頼をいただいたとき、私は受ける気満々だったんだけど、周りが止めるからお断りしたんです。でも、いま振り返ればやっぱり無理しなくてよかった。受けていたらつらかっただろうなと思います。

――とはいえ、産後1ヶ月半で現場復帰したということは、産後の体調もよかったんですよね。

よかったです。だから結局、週1~2のペースで撮影に行っていて……でも、産後3ヶ月目に、なんだかどっと疲れちゃった。身体から、もうちょっとゆっくりしなきゃダメっていう信号が出たんです。そこでいったん月2回くらいに仕事を減らし、以降はちょっとずつ様子を見ながら、案件を増やしていきました。

不安なときは、自分らしく動いてみること

――コロナで先の見えない状況が続いていることもあり、ちょっとでも暇になると、将来が不安になったりします。産前産後にかぎらず、石野さんは仕事が少ないとき、どんなアクションをとりますか?

「仕事がないなぁ」「不安だな」とかって考えていてもいいことないから、とにかく動いて種まきするのがいいと思います。暇な時間をつかって旅行をしたり、美術館や映画に行ったり……いまみたいに遠出が難しければ、友達と話すだけでもいい。そうやって得たものをSNSで発信したりすると「じゃあ、これお願いできる?」って、新しいお声がけをいただけることもあります。ただ、まいた種が実って誰かが私を思い出してくれるまでには数ヶ月や一年かかったりするものだから、気長にやるのがよさそう。

――でも、子どもがいると気軽に動けないこともありますよね……。

そう! いままさにその状態(笑)。Instagramも娘と散歩の写真くらいしか更新できないし、気軽に売り込みにも行けないし……。でも、去年の緊急事態宣言のときにはお花屋さんと一緒に待ち受け写真を撮るプロジェクトをやって、流れをちょっと変えられた気がしました。だからやっぱり、できる範囲でなにかしら動くことが大事なんだろう、と思っています。

――子どもが生まれて、仕事の内容や仕事へのスタンスは変わりましたか?

子どもの引き出しは増えたから、仕事にも活かせたらいいなとは思っています。ときどき「子どもの撮り方を教えるセミナーをしたら?」とかって言ってもらえることもあるけれど、その道をメインにしていくつもりはありません。子ども写真には子ども写真のプロがいるし、これまで私がしてきた仕事のジャンルを考えると、自分のフィールドではないんですよね。子どもを産んだからといって、仕事も含めた私のすべてがそっちにシフトするわけではないというか……。

もしも子ども写真を扱うなら、私なりに新しいアプローチをくわえたいです。たとえば私はiPhone写真が得意だから、コロナ禍でニューボーンフォトも撮ってもらいにくくなっているいま、親が自分のiPhoneで上手に子どもを撮る方法を考える、とか。これは実際に「ゼクシィBABY」さんでコンテンツにしていただきました。

――仕事と子育ての両立で、困っていることはありますか?

いまのところ(※取材は昨年夏)は特にありません。取引先で子どもがいる方には「この仕事なら2時間で終わるから、来れそう?」「一日にまとめて2本入れるから、効率的に稼げるよ!」なんて、すごく気遣いしていただけるし、やりやすい。「現場に娘ちゃん連れてきていいよ、泣いてたらスタッフがあやすから」などと言ってもらえて、本当にうれしいです。

――これまでの人間関係があるから、産後もそうやって働きやすい環境がつくれているんだと思います。

そうだといいなぁ。先輩ママや現場の方々に導いてもらいながら、新しい働き方を探っているところです。でも、思ったより大丈夫だったというのは、声を大にして言いたい! 子育てはすごく大変なんだけど、それはまぁ想定内で(笑)。とにかく昔の自分が思っていたより、産んだ後も全然働けているなって思います。

――私もそう思う! こうやって意外となんとかなった人たちの声を届けることで、産みどきに悩んでいる人たちが心強く感じてくれたらうれしいな、と思います。

それに、20代30代でがむしゃらに働いたり遊んだりしてきた経験が、いまの自分を強くしてくれてるとも思うんですよね。人生、すべてのことを思い通りにはできないものだから。自分の置かれた状況で、仕事も子育てもどう頑張っていくかだなって思ってます。

photo: Chihiro Ishino

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