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産んでも働き続けられる方法が、きっとある――ヨガ講師・磯沙緒里さん

フリーランスで働きながら妊娠・出産・育児に向き合っている方への、不定期インタビュー連載。第3回は、ヨガ講師/イベントプロデューサーの磯沙緒里さんです。

磯さんとは、5年ほど前にインタビューをさせてもらったときからのお付き合い。すこやかに楽しく生きる女性の暮らしをうかがう企画でした。取材のとき、長男を産んで半年ほどだった私には、身体の声にしっかり耳を傾けて生きる磯さんが、いっそう素敵に見えたのを覚えています。

いまでは磯さんも結婚されて、2歳の息子さんを子育て中。ヨガ講師の仕事をしっかりと続けながら、イベントのプロデュースやYouTubeの配信も手掛けるようになったと聞きました。

身体を動かす仕事をしている人は、妊娠・出産期をどのように乗り越えているのか? 子育てしながら、仕事の幅を広げていくには? 
「フリーランスマザー」と銘打っている本マガジンですが、磯さんのお話には、自分の力でキャリアを切り拓いていく強さが詰まっていました。

「身体を動かさない仕事」を増やす

――まずは、妊娠前のこと。たとえばアラサーのころ、磯さんはどんなふうにライフプランを考えて、どんなふうに働いていましたか?

30代前半までは、会社員とヨガインストラクターのダブルワークをしていました。母も祖母もずっと働いていたからか、たとえ結婚しても専業主婦になるイメージがつかなくて……だから、当時は仕事の基盤をつくることが最優先でしたね。しばらく経ってヨガの仕事が安定してきたころ、会社を辞めて結婚。本格的に妊娠を考えはじめたのはまた少し先で、33歳くらいだったと思います。「35歳からはいわゆる高齢出産」というラインも意識していたし、いつ授かってもいいように体制を整えながら働き続けて、35歳で妊娠しました。

――フリーランスとしての仕事を軌道に乗せてから、結婚・妊娠。でも、ヨガ講師のように身体を動かす仕事は、出産で働けなくなる不安がありそうですが……。

そうですね。だから、自分の身体を動かさなくてもできる仕事を増やしていこう、という思いはありました。それは妊娠・出産だけでなく、人生を長い目で見ても、働き続けていくために必要なことだし。

――実際、お腹が大きいとヨガ講師の仕事は難しいものですか?

臨月までふつうに教える先生もいらっしゃるし、人によりますが、できないことはありません。でも、トラブルが発生したときのことを考えると、個人的には怖くて。イベントの講師として自分の名前が出ているのに急きょキャンセル……なんてことになるのはいやなので、私は安定期のタイミングから、表に出る仕事はすべてストップしていました。もし何かあったら代行をお願いできるレギュラークラスでも、7ヶ月ごろまで。しっかり人間関係がある方と1対1のプライベートレッスンだけ、9ヶ月くらいまで担当していましたね。

――安定期から仕事を減らすなんて、フリーランスとしてはわりと対応が早い気がします。「自分の身体を動かさないでできる仕事」は、その後どうやってつくっていったんですか。

まずは、自分が出演していたヨガのイベントで運営側からアドバイスを求められ、お答えしていたところ、翌年からプロデュースを任せていただけるようになりました。イベント運営の実績こそなかったけれど、出演者としていろんなイベントの裏側を見てきた経験はあります。だから「ここはこうしたほうがいい」「参加者さんはこういう悩みを持ちやすい」みたいなことは、なんとなくわかるんです。そういう感覚を活かしながら動いているうちに、別のイベントからもお声がけいただけるようになり、少しずつ裏方の仕事が増えていきました。やることは多いけれど、プロデューサーの立場なら、お腹が大きくても仕事が回せるんですよね。実際、イベント運営の仕事には、出産一週間前くらいまで携わっていました。

磯さんが企画運営を務める「品川シーズンテラスナイトヨガ」

――それまで積み上げてきた経験を活かして、周辺の仕事に展開していく。理想的なパターンですね!

ほかに、ヨガライターの仕事もはじめました。いつもモデルとして撮影に呼んでいただいている現場で「記事を書いてみない?」と誘っていただいたのがきっかけです。最初は手探りだったけれど、書いているうちに、ほかの媒体からもオファーがいただけるようになって。

――どうやったら、それまで担当していない領域でのチャンスがもらえるんでしょう。磯さんは「講師以外の仕事もやりたい!」みたいなアピールを、周りにしていましたか?

「こういう仕事がやりたい!」とは言っていなかったけれど「本当は裏方気質なんです」「主役は生徒さんだと思って教えています」とは言っていました。昔は撮影にしてもイベントにしても、講師やヨガモデルとして人前に出る仕事が多かったんですね。それももちろん楽しいしありがたいけれど、表に出たくてヨガの仕事をしているわけじゃない。その気持ちを伝えていたことで、出演系ではない裏方仕事にも誘ってみようかな、と思っていただけたのかもしれません。

――なるほど……。でも、裏方仕事が増えるうちに「やっぱり、もっとスタジオレッスンがしたい!」「人に直接教えたい」などのジレンマを抱えることはありませんか?

スタジオレッスンなどの対面で教える仕事はもちろん続けていきたいですが、それは育児をしながら、無理なくできる範囲でかまわないと思っています。「誰かの力になりたい」とはずっと思ってるんだけど、そのためにできることって、直接教えることだけじゃないんですよね。年齢を重ね、結婚や出産を経ていろいろ考えるうちに、その想いは強まっていて。ヨガに興味をもつ方って、育児や介護をしていて身動き取れない方も多いだろうから……そういう方たちの力にもなりたいと思うと、スタジオレッスンの仕事がすべてじゃない。イベントや記事執筆、YouTubeなどといろんなかたちで役立てるのは、すごく意義があると感じます。

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産後の身体でヨガをして、逆に引き出しが増えた

――妊娠中はある程度レッスンをお休みし、イベントプロデュースやコンテンツ制作といった「表に出ない仕事」にシフト。産後は、どんなふうに復帰していきましたか。

産後1ヶ月くらいで、イベントクラスのレッスンに復帰しました。レギュラークラスは4ヶ月後くらいからかな。あんまりブランクを空けたくないと思ってたから、さくらさんが「産前ギリギリまで働いて産後もすぐ復帰した」「子どもを産んでも、何もあきらめないで済むように考える」って話してたのは、かなり勇気づけられたんだよ。体調にもよるだろうけど、動ける人はそのくらい動けたりするんだな、と思って。

――人によるし基本は無理しないほうがいいだろうけど、やる気があって運が良ければ動けるパターンもあるよっていう……そういう広報活動をしてたから(笑)。でも、産後すぐの身体で、仕事としてヨガができるものなんですか?

もちろん完璧に身体が戻ってるわけじゃないです。いま写真を見ればやっぱり太ってるんだけど(笑)、人前でヨガを教えて許されるくらいの体形には戻せていたと思います。産後なるべく早く復帰できるように、臨月はインナーマッスルや、妊娠中に衰えていた下半身の筋肉を鍛えるトレーニングを頑張っていたんですよね。で、産んだあとは身体をいたわりつつ、子どもを抱っこしながら呼吸法をやったり、座ったまま骨盤底筋群を鍛えたりして、引き締めていきました。

――人前に出るお仕事の方は、そのあたりが難しい問題ですね。北川景子さんも産後、泣きながらトレーニングしたとおっしゃっていました。ヨガの場合は、産後ばたばたするなかで、自分と向き合う心持ちを整えるのも難しい気がします。

いままでだったら60分とか90分とか通しで練習していた時間も、全然とれないんですよね。身体も思うように動かないし、最初のうちは眠れないし……でも、完璧な練習をしなくちゃいけないって意識を捨てるようにしてからは、楽になりました。たとえば子どもが寝ているあいだに、10分でもポーズをとって、気持ちがいいと思える時間を積み重ねておくんです。いまの自分にできる範囲のヨガを続けていくだけで、充分に効果はあったし、気持ちが落ち着いた。「大変な毎日だけど、自分のすこやかな心身を保とう」とすること自体も、私はわりと楽しめるタイプだったんですよね。実際にそういう経験をしたから、「ヨガの練習は、スタジオにいる時間だけのものじゃない」ということが腑に落ちて、生徒さんたちにも教えやすくなったと感じます。

――思うように練習できないことで、逆にヨガの豊かさを感じたり、教える引き出しも増えていったんですね。

そうですね。ママたちからはよく「子どもがずっと家にいるから、自分の時間が一切ない」「ヨガをやりたいけどできない」って相談を受けるんです。そういうときに「集中できなくてもいいから、抱っこしながら戦士のポーズをしてみて」「寝かしつけしてる間に、ちょっとでも呼吸法をやると整うよ」みたいに、経験に基づいた具体的なアドバイスができるようにもなりました。仕事だけじゃなくて、育児や介護で忙しい人がなにに困っているか、ちゃんと想像できるようになったんだと思います。そうすると、スタジオレッスンの組み立て方もちょっと変わってくる。時間をつくってわざわざ来てくれたんだから、いつもどおりのレッスンにプラスして、家に持ち帰って練習できることを渡してあげよう、とかって。

出産による変化を「楽しむ」つもりで

――お子さんも2歳4ヶ月。いま、表に出る仕事と出ない仕事はどんな割合ですか?

妊娠中は5:5から1:9で表に出なくなったけれど、いまはまた教えるほうが増えています。家から配信するオンラインクラスを含めたら、6:4でまた表に出てるかな。

――コロナ禍で、おうちヨガ需要はぐっと増えたことと思います。

いままで日本ではオンラインレッスンが受け入れられていなかったんだけど、コロナで急にOKになりました。子どもが寝ている時間帯なら、家から手軽にレッスンを配信できるのはいいですね。そういう機会が増えたおかげで、もしかしたら産後のほうが働く時間が長くなっているかもしれない。外に出る回数こそ週4くらいになったけれど、収入も増えています。デスクワークを広げようとせずに、講師の仕事だけを続けていたとしたら、産後ここまで働けていなかったと思う。いつのまにか、一段階引き上げてもらったような感じもしていて……。

――ステップアップした、みたいなことですか?

たとえば、前まではモデルとして出演するだけだったヨガコンテンツの撮影に、監修で呼んでいただくような場面が増えたんです。これは、たとえお腹が大きくてもできるし、やりがいがある仕事のひとつ。雑誌や広告に監修者として名前が載ると、そのコンテンツがまた次の仕事を呼んできてくれるのもありがたいですね。あとは、産後にYouTubeをはじめたのも大きな転機だった気がします。クラスと違って好きなときに繰り返し見てもらえるものだから、知っていただく機会が増えました。

YouTubeでは、10~20分程度ですぐに試せるヨガ動画を配信

――働くことへのモチベーションには、変化はありましたか。

仕事の楽しさは、ずっと変わらないです。楽しいしかない。自分が一生懸命やることが誰かのためになっていくって、すごいことですよね。小さな子どもを保育園に預けて働くことには、本当にこれでいいのかなと思った時期もあったけど……同業でまだ子どもがいない年下の子から「ヨガ講師でも、産後こうやって仕事ができるっていう姿勢を見せてくれてありがとうございます」って言われたことがあるんです。そんなふうに思ってもらえるなんて考えもしていなかったけれど、自分が悩みながらもこうして働いていくことで励まされる人がいるんだっていうのは、すごくモチベーションになりました。

――あぁ、すごくよくわかります。育児と仕事の両立がまだ難しかったりする世の中で、自分がなにかを変えられるわけじゃないけど、なんとかできてる姿をとにかく見せていく、っていう。

そう! もちろん自分が好きだから仕事をしてるんだけど、そういう感覚は新しかったし、うれしかったですね。それに、ずっと家にいたらイライラしちゃうだろうけど、私の場合は好きな仕事でメリハリをつけられているから、息子にも元気で優しいママを見せられてると思う。

――「もっと子どもの側にいてあげたほうがいいかも」とか「産前と同じようには働けない」って、どんな仕事にも共通の悩みだと思います。

想像しているだけだと、悩みや不安って増えるばかりでなくならないんですよね。でも、少し先を進んでいる先輩の姿を見れば励まされるし、仕事と育児を両立する選択肢も、探せばきっとあるもの。大変ではあるけれど、うまくやりくりできたら、自分がレベルアップしていくのも味わえます。私も、産んでからのほうができることは確実に増えました。もし、いろいろ悩んで子どもを持つことに踏み出せない方がいるなら……出産・育児という新しい経験や、それによって変わっていく自分を「楽しむ」つもりで、いろんなやり方を考えてみてほしいなって思います。

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