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【1日1読】破滅に抗うために、友と爪先立ちで支えるのなら 吉本隆明「落日の歌」

わたしたちは街々の建物のうしろがはに落ちてゆく赤い夕日にむかつて
しだいにずり堕ちてゐる
わたしたちの構成したすべての建築は刻々と破滅しそうである
いまこそ爪立つて支へねばならぬ
もしそれが出来るのなら
友よ!

吉本隆明「落日の歌」

何かが、悪い意味で、終わろうとしている時。
まったく良くない意味での貧しさが、この私を襲っていると気付いた時。
そんな時、私たちはなぜか、つい黙ってしまいます。
本当は、声をあげたい、というか、叫び出したいというのに。
そんなとき、どんな言葉を叫べばいいというのでしょう……?

今日の文章は、戦後日本を代表する評論家・詩人であった吉本隆明の若き日の詩群『日時計篇』から、「落日の歌」の最後の部分です。
この異様なクライマックス感。夕日の景色を描いた、この切迫した緊張感。
しだいに言葉が切り詰められ、「友よ!」という終わりの呼びかけは、耳の底に残るようです。

20代の吉本隆明は、「夕日」「街」「暗い」といった表現を用いて、何らかの意味での「崩壊」を数々の詩に表現しました。
時代を考えれば、それは、戦前や戦中の大衆を支配した価値観の崩壊、であったかもしれません。
けれど、崩壊は、いつの時代だろうが、個人レベルでだって起こります。

体力の崩壊。
心のバランスの崩壊。
経済的な崩壊。
人間関係の崩壊。
誰にでも身に覚えはありますよね。

とうとうわたしたちは最後のときに追ひ込まれた
食べるために生きてゐるちふやうないちばんおしまひの貧寒な逸楽の日がやつてきた

ともあれ、崩壊後もそう簡単に自分が死なないことは分かっている。一度破滅する道だって、選択肢には残っている。
けれど、破滅させてはいけないものがあるのなら、今、無抵抗でいることは、未来の自分を大きく失望させることでしょう。

「わたしたちの構成したすべての建築」は、
わたしたちが構成したすべての建築」であると同時に、
わたしたちを構成したすべての建築」でもあります。
つまり。社会システム。セーフティネット。正義。良心。無くしてはいけないと断固として言えるものの数々。

それが、壊されようとしている。
爪先立って支えるなら、今しかない。
この詩に刻まれた言葉は、個人レベルでの生活から、国の政治に至る、とても広い規模を対象にしています。
いつ、どんな時代にでも読める、きわめて優れた詩と言わざるを得ません。

こんな時、ひとりで戦おうとしてはいけません。
「友よ!」という叫びのような呼びかけは、その先を何も書かずここで詩を終わりにすることで、逆説的に、「一緒に支えてほしい」という願いを強く表現しています(レトリックではこれを黙説法と言います)。

私ならむしろ、呼びかけられる前に、爪先立っている人に加勢したくなります。
友に助けを求める人は、残念ながら、悲しくなるほど少ないものです。
けれど、現実に爪先立ちをしている人が目の前にいたら「あっ、爪先立ちしてる」とすぐにわかるように、信念で爪先立って何かを支えようとしている人も、すぐそれと分かるものです。

ならば、すべきことは、もう一つしかありません。

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