母のアドレナリン -『時をかける父と、母と』Vol.15

Vol.15 母のアドレナリン

亡くなる1ヶ月半前の、随分と体調が悪化していた頃、母は幕張メッセまで、4時間のスタンディングライブを見に行っていた。これはかなり無茶な行為だったけれど、その日のステージは素晴らしかったようで、母はとてもとても、嬉しそうだった。

ときに母の行動は、「そんな無茶な」と反対しても、しきれない力が働いているとしか思えないものだった。母のエネルギッシュさには本当に驚かされ、そして目の前のことをいつも楽しんでいる母に、私はずいぶんと救われた気がする。

しかし病気は現実のものとして、差し迫って来る。このときは4種類目の抗がん剤を試していたが、母の体調が悪化しているのは明らかで、薬がそう効いているとも思えなかった。

病院でのCT検査に同行していた兄からの速報が入った。病巣は確実に拡大しており、次の抗がん剤を試してもいい段階だが、はっきりした効果が出るとも言えないという。

その日の帰宅途中、朝乗って来たはずの自転車の鍵がなぜか見つからず、私はとぼとぼ駅から歩きながら、そろそろ母は緩和ケアにうつる頃だろうという覚悟を決めていた。
1日でも母に長く生きていてほしいとは思う。だけど抗がん剤をこれ以上投与することが母の寿命を伸ばすとも思えなかった。
この決断が万が一母の寿命を縮めるとしても、苦しみや痛さはできる限り少なくしたいと思った。

帰宅早々私と兄は深刻な話をしはじめる。お金や相続、父の介護、そして母の介護、ホスピスのこと。
父の真横でそんな話をしていながら、父はテレビの音量を上げ始めた。

苛ついた私は「いま本当に大事な話をしてるから、そんなに見たいならテレビは自分の部屋で見て」と強く言った。
こういうやり取りはしょっちゅうあったが、ここまで父が母のことについて話に入ってこなくなるとは思わなかった。
本当に話を理解していないのか。あるいは、心が拒否しているのか、どっちなのだろうか。
1年くらい前なら、わからないなりに質問を繰り返したり、自分が面倒をみるといって聞かなかった父が、いま、テレビの音量を上げられずにふてくされている。

母は最近、お葬式の形式や、遺影のことなどを私に話す。
どれも大事なことだけれど申し訳ないことに、話は右から左へ流れていく。

心の中では、まだ到底受け入れられていなかった。母がもうすぐ死ぬかも知れないということを。
それは、自分が一番よくわかっていた。


『時をかける父と、母と』バックナンバー
Vol.1 はじめに
Vol.2 私が笑えるために書いた
Vol.3 かつての父はアメリカ人
Vol.4 60歳でアメリカ一人暮らし
Vol.5 認知症ではありません?
Vol.6 やっぱり認知症でした
Vol.7 ここはどこ、私はだれ?
Vol.8 「旦那を介護している」と思えない母
Vol.9 母の入院とがんの発覚
Vol.10 思いを形にできなくなった父
Vol.11 介護認定ってなんだ
Vol.12 デイサービスを利用し始めた
Vol.13 父の「進化」がめまぐるしい
Vol.14 母の病状が進行している

あまのさくや
はんこと言葉で物語をつづる絵はんこ作家。はんこ・版画の制作のほか、エッセイ・インタビューの執筆など、「深掘りする&彫る」ことが好き。チェコ親善アンバサダー2019としても活動中。http://amanosakuya.com/
2019/06/17-23 『小書店- はんこと物語のある書店-』@恵比寿・山小屋

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sakuhanjyo

時をかける父と、母と

若年性認知症の父と、がんで逝った母について、30代の私が記録したエッセイ。幻冬舎×テレビ東京×noteのコミックエッセイ大賞にて準グランプリを受賞。
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