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盛り上がりに欠ける高校卒業をどう例えよう

高校生活最後の授業は「ホーム・アローン」だった。
マコーレ・カルキン。

厳密に言うとALTの先生の授業。
ホーム・アローンを英語字幕で10分見ては
内容に関するクイズを解く、
というのを年末から何回か繰り返してやっていた。

年末のホーム・アローンは、クリスマスシーズンも重なっていていい感じだったが、
睦月のホーム・アローンは結構ミスマッチだった。
最後の授業日の哀愁ただよう教室の中で、
コミカルな泥棒はすごく浮いていた。

クライマックスの痛いシーンから見たのも
なんか嫌だった。


この頃の授業は自習や過去問とその解説ばかりで、
受験で休む人も多く、盛り上がりにかけていた。
どんどん細くなっていく印象。
死のようだなと思った。

後輩に引き継ぐ。
ロッカーから少しづつものを減らしていく。
せっかくだからと弱火の友人と話す。
さながら終活。

最後の授業の日も自習して、
映画を30分見て昼までで帰った。
登校してたのもクラスの半分くらい。
親友も休んでいた。
孤独死かも。


思い返せば中学校の卒業間際は、
最後の学年集会で歌ったり、
卒アルにメッセージを描き合う時間が設けられたりして結構盛り上がる演出が施されていた。
「もう終わりなんだ」と何度も実感する。
最後に屋上からせーので飛び降りるような卒業。
今回の卒業は本当に、老衰。

そう考えると1番幸せかもしれない。
別に盛り上がらないといけない理由は無い。
息を引き取るように卒業したあと、
春から私はどんな来世を歩むのだろう。

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