夏川

私のためだけにものを書いています。

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前略

. 秋の空 鴉が一羽舞うように君を偲んでいただけだった . 届かぬか 天を向けども馬酔木花 落陽が白夜を夢見たすゑのゲシ 香り立つ 朱に交わらぬ藤袴 福寿草 ひとふたひらがはらと落つ . 心音を喰らう一撃 正体を名もなき声の恋の産声と呼べば あの夏の日陰のような正体を知れたのならば違いましたか 木漏れ日に佇む日陰松露色 雲間を青の写真と称す 称すれば世界も君を覚ゆれどそれすら淡き言の葉でせう . 薄らげば陽炎の色留まらず 夏、ラムネ瓶、バス停の音

    • 不明瞭な君。

       三歩先も見えない地平線の彼方で、彼は遠く笑った。笑った、ような気がしていた。そんな雰囲気があった。……それは、確かなことだっただろうか。  黒い靄のような、逆光にも似たそれが彼の顔を覆い隠す。靄が現れる前の彼の顔は? ……笑っていた、はずである。  ──本当に?  わからない。笑っていたかも知れないし、そうでなかったかもしれない。朧げなそれは、明確な形式を持って私に理解を促す。頭が朦朧としていた。  ふと、何処かに橙の温かさを感じさせる。懐かしさなんて微塵も脳裏によぎらない

      • なんにもならない話。 (掌編/短編)

         僕らはいつも背中合わせの関係だった。  何処かの物語みたいに、背中を預けられるくらいに互いの力を信じていたわけではなく、或いは、背中を預けられるくらいに親密だったわけでもなく。もっと悲観的な理由なのだと、僕らだけが知っている。  また、それは決して二人だけの秘密のような甘美な響きを持つわけでもなく。ただ、知る者が僕ら二人だけだったと言うだけの、寂しい話だ。夕暮れ、灯り始めた街灯の横で独り躓き歩くような、寂しい話だ。  一寸の間が空いて、君は僕を呼ぶ。柔らかくて耳に馴染むよ

        • 若草色の便箋、セピアの写真。

          前略、この季節になると貴方を思い出します。夏の匂いがします。正確には、畳の匂いかもしれません。太腿にじわじわと汗をかかせながら、隣で正座をして、会話をしていたことがありました。その声は正しくそれの高さや幼さを保っています。残り香の如く、鼓膜にこびりついたままで。反芻できてしまうのです。今も尚。爛々と輝く星と、月と、真っ暗な空をも思い出します。お祭りで買ったラムネの味も、炭酸で刺激された舌が覚えています。瓶のそのおかしな凹凸も、手渡したビードロ玉の冷たささえも、未だに手の中に残

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        • 散乱雲。
          1本
        • 無題。
          2本
        • 祈り。
          2本

        記事

          若草色の便箋、シルクのリボン。

          拝啓、春光うららかな季節となりました。巡り巡って、幾度目でしょう。あの時から、随分が経ちました。貴方は私を覚えているでしょうか。貴方が私を覚えていても、私は貴方を忘れるつもりです。時間が解決するなんて何を馬鹿なことを、と以前は思いましたが、それは決して虚構や欺瞞ではなかった。ようやく恋を忘れられそうです。 * 『拝啓、春光うららかな季節となりました』から始まる手紙は若草色の便箋に9行、細々と綴られています。『ようやく恋を忘れられそうです』と締めくくられ、シルクのリボンが

          若草色の便箋、シルクのリボン。

          フランケンの願い。 (掌編/短編)

           二人はどこか似ている。誰からの共感も得られず、永い間一人で生きてきた52Hz達。そんな二人が、何かの拍子に出会ってしまう。    リビングデッドの二人は、世間のことを何も知らない。当然といえば当然だ。共感してくれず、自身の意見を否定してくる連中しかいない世界に於いては、相手を理解する必要性に駆られることはない。  世界の片隅で暮らす彼らは、ふと「優しさ」とは何だろうという疑問を持つ。辞書で単語をひくと、『心温かく、思いやるがあること』と書かれている。    「例えば?」  

          フランケンの願い。 (掌編/短編)