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タヌキ追跡

大変なことが起こった。タヌキの貯金箱が消えてしまったのだ。信楽に旅行に行ったときに買った特大の貯金箱だ。全部百円玉でいっぱいに貯めると十万円になるやつだ。まだ半分くらいだが、ときおり五百円玉も入れていたのでかなりの金額になっているはずだ。
「そんなの知るわけないじゃん」
一番最初に疑ったのはお姉ちゃんだった。高い服ばかり買っていつもお金に困っているからだ。問い詰めたが本当に知らないようだった。そもそも、貯金箱を買ったことなどあたしは誰にも話していないのだ。家族も友人も誰も知るわけがない。黙ってあたしの部屋に入るほどあたしに興味のある人なんて誰もいない。
どこを探してもタヌキはなかった。部屋中、そして家中探してもなかった。途方に暮れていたら、隣のおばさんとお母さんが妙な話をしているのを聞いた。近所でタヌキを目撃した、いう人が続出しているらしい。こんな都会の真ん中にタヌキなんているわけがない。最初はまさかと思っていたが、数日後に回って回覧板を見てあたしは息を飲んだ。「タヌキに注意!」と大きな見出しの下に写真が印刷されている、あたしの貯金箱に間違いなかった。でなければ、腰から酒甕をぶら下げた野生のタヌキがいるわけがない。写真は公園のトイレの横の木立で撮影されたもののようだった。
その夜、あたしはホームセンターで買った大きな虫捕り網を持って公園に行った。それほど大きいわけではないので、これで十分だろうと思ったのだ。そもそもタヌキなんてどうやって捕まえていいのかわからないのだ。
薮の中でしゃがんで少し待っていると、トイレの壁に影が揺れた。まちがいない、あたしのタヌキだ。ちゃりんちゃりんと音がした。中のお金が揺れているのだ。あたしはそっと背後から忍び寄ってタヌキに網をかぶせた。うまくいった、と思ったら、タヌキがばたばた暴れたので、驚いて手を離してしまった。タヌキがさっと網から抜け出して道路に駆け出て行った。
あたしは必死に後を追った。タヌキは電柱のところでいったん止まってこっちを見て、また身を翻して走りだしたところで、ぐにっとよろめいた。次の瞬間ばらばらと何かが散らばる音がした。足元に百円玉がいくつも転がってきた。道の真ん中にタヌキの腹の蓋が落ちていた。散らばる硬貨を拾いながら追いかけているうちに、タヌキはなおも硬貨をばらまきながら走り、すごい勢いで交差点を曲がって見えなくなってしまった。

(了)


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