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凪良ゆう「すみれ荘ファミリア」

こんにちは、くーです

年があけて、早くも月の半分にたどりつきそうです。
時間が経つのは本当にあっという間です……。

気持ちを新たに始めた新年、今はどんな感じだろう。
少しずつ振り返りを続けながら、一日を大切に生きたいです🙌



今回は、去年最後に読み切った本である、
凪良ゆうさんの「すみれ荘ファミリア」について
記事を書こうと思います。


この本は本当に長い間本棚にいたもので、
今回やっと読了する事ができました。
本を読んだ感想や、その中で考えたことについて記事にします。



あらすじ

下宿先すみれ荘の管理人を務める一悟は、気心のしれた入居者達と慎ましやかな日々を送っていた。そこに、芥と名乗る小説家の男が引っ越してくる。彼は幼い頃に生き別れた弟のようだが、なぜか正体を明かさない。真っ直ぐで言葉を飾らない芥と時を過ごすうちに、周囲の人々の秘密と思わぬ一面があらわになっていく。愛は毒か、それとも救いか。
(文庫本 裏表紙より)


本の中で印象的だった言葉



すべての愛や恋が輝いていたり、美しくある必要はない。すごく好きでなくとも、恋人がいれば楽しめる事は多い。そんなのは空しい、だったらひとりでいるほうがいいという人はそうすればいい。みな、それぞれのやり方で日々を送ればいい。

p51,52

「でもあたし、かわいそうじゃないからね」
「あたしは最低な人間で、こんな自分が嫌いだけど、自己憐憫はしないから」
「だから、哀れむくらいなら軽蔑してね」

p86

この言葉に、登場人物である美寿々の強さ・弱さを感じました。

「1人になるのは怖い、哀れみでもいいから自分を見ていて欲しい」と感じる人もいる中で、あえて自分のために軽蔑してほしいと言う。

プライドが高い、や虚勢だと捉えられるかも知れませんが、
それも強さの1つであるのかと、少しの憧れを感じます。

面倒なことってのは実は大事なことだから

p86

ひとつ屋根の下で何年暮らしながら、美寿々の闘いを見過ごしていた。それが好みのイケメンをそばに置いて日々を生き延びるという、大多数の人から侮られるような非建設的なやり方であろうとも。
 そもそも闘うための武器が武器の形をしているとは限らない。人によっては甘い菓子だったり、宝石だったり、ぬいぐるみの形をしている。美寿々の闘いを自分の抱える諦観と同じに捉え、簡単に同調した自分がひどく底の浅い人間に思えた。

p87

「隼人くんと前野くん、昔は同じ夢を追っていた仲間だったのになあ」
「近すぎたんじゃない?」
「うん?」
「みたくないものまで見えてくる」

p136

激しくお互いを削り合いながら続く関係もあるのだろう。

p152

「夢なんて欲と同じだから、絡むとちょっとややこしくなるのよね。でもあの子達なりのやり方があって、わたしたちが思うほど殺伐とはしてないのかも」
「うん、自分の理解出来ないから間違っていると決めつけるのは早計だ」

p154

芥の言葉には余計なおまけがついていない。いつも言葉きっかりの意味ないしかない。それは楽な事で、やはり芥は芥の書く小説に似ていると思う。心情描写をぎりぎりまで削っているせいか切れ味がよく、気持ちが湿る間もなく、次のページへと背中を押される。味気ないと感じる人もいるだろう。それはもう好みの問題だ。

p164

この部分は、自分が疑問に感じていたことに
形を見つける事ができたように感じた部分です💭



大学の友人で、言葉は短く自分の意見をはっきり言う子がいました。
時にそこに淡泊さを感じますが、なぜか不快感もなく
寧ろ自分もいっしょにスッキリしてしまうのです。
その子のそんな部分に、どうしてこんなにも魅力を感じるのだろうと思っていました。

この文章を読んだときは、この不思議な感覚・現象に名前がついたみたいで嬉しかったです。
自分の気持ちの理解をすることを、助けてもらいました🐕

色々考えて言葉を選ぼうとする自分には、到底ない部分ではあるけれど、
それぞれのやり方でいいんだろうなとも思えます。


「『天は自らを助くるものを助く』って言葉知ってる?昔、俺に教えてくれた牧師さんがいたよ。どれだけ手を差し伸べられても、その手をつかむかどうか決めるのはきみだ。本当の意味で君を助けられるのかきみだけだ、神はその道しるべをくれるだけ、それを見落とさないよう、自分で自分をあいしてあげなさいって。」

p220



時間は巻き戻せない。けれどこの先の時間まで失ったわけじゃない。

p262

日々の出来事を後悔する事も多い自分にとって、
この言葉はとても印象的なものでした。

もちろん自分の挑戦ごとに対しても言える事ですが、
特に、周りの人との関係などにおいてこの事を大事にしたいと思いました。

喧嘩などしたり本当に些細なことで関係にヒビが入っってしまった、というような経験を持つ人は多いのではないかと思います。

そこでうやむやにしてしまうかはその人との関係次第でもありますが、
これからのその人と過ごせるかもしれない未来、何十年の未来を無くしてしまうのは、なんだか惜しいと感じる。

それがただの可能性だとしても、
人や苦手なことと向き合うエネルギーに変えていきたい、と感じました。


なによりも尊いとされている愛ゆえに子を捨て、愛ゆえに子を虐待し、愛ゆえに夫を刺し、愛ゆえに毒を盛り、愛ゆえに無理心中を図り、愛ゆえに火をつける。毎日、毎日、世界中で愛ゆえのトラブルが起き続けている。
けれどそんな欠陥品である愛を、自分はどうしても手放せない。これまでもこれからも愛ゆえの間違いを重ねていくだろう。愚かだと思う。思うけれど――。

p286

神さまは人にとって無駄な物はまにもお与えにならない。冬が長く続き、きみの心は植物の種のように眠っている。けれどいつか再び芽を出す。
今はまだ、その芽にはなんの名前もついていないけれど。

p287

間に合わないことの方が多いが、間に合うこともいくつかはある。
そうして今日という日が流れ、過ぎ去り、また明日がくる。

p305

いつも朗らかで場を和ませる人が、家に帰ると不機嫌を隠しもしないでソファで力尽きているかもしれない。私が恋人だったら、一日中酷使されたハンカチみたいに皺くちゃになった姿を愛おしいと感じるだろう。でも愛が冷めてしまっていたら、うんざりして目を逸らしてしまうだろう。
誰もがもつ様々な顔。ある人からは表で、別の日とからは裏に見える。曖昧で、安定性は皆無で、瞬間的に強くて、なのにほんの少しの衝撃で折れることもある。そんな不可解な人の心を、私はずっと書き続けてくる気がします。

p306、あとがきより

大切だと感じる人達の中でも、自分が都合良く、相手の気に入っている面だけを見てそう感じている場合もあるのかな、と考えることに繋がりました。

いつも優しくしてくれるから、とか
気にかけてくれるから、とか……。

もしその人の違った面を見たとき、自分は勝手に失望してしまう可能性もあるんだと感じました。

その身勝手さの可能性が今は自分の底に横たわっているのなら、
相手の新しい面を知る努力をしていってみたい、とも思えます。


本を読んで……


コミュニケーションの方法がどんどん増えている今は、人との関係も複雑になっており、目に見えない部分への憶測も自分のなかで嫌というほど沸いてきてしまうこともあります。

今回本の中で、身近な人の色々な面を知っていく登場人物達をみました。
また、そのなかで彼らのそこからの関わり方や態度はどのように変化し理解を深めていったのかも……。


自分が周りの人に対して抱いている気持ちがこれからどういう可能性を持ちうるかなど、考えることにも繋がったと思います。

様々な関係性が描かれる物語、是非読んで頂きたいです🍀


終わりに


いかがだったでしょうか?
今回は凪良ゆうさんの「すみれ荘ファミリア」について記事を書きました。

内容もとても面白く、
絡み合った関係の中にも、大事に残る思いがあるということに気づかされる物語でした。
もちろん内容だけではなく言葉も表現がわかりやすく、
読んでいると感情に形が与えられていくような感覚でした。

今後も凪良さんの小説はいっぱい読みたいと思います!

皆さんも、こんな本を読んで欲しい、おすすめだよというものがあれば、
是非コメントくださると嬉しいです:)

それでは、今回はここまでにします
最後まで読んでくださりありがとうございます🫶

それでは、また次回!

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