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レンガの中の未来(一)

  • これから1~2週間に1回ペースで約10回を目途に短編小説を投稿していきます。

  • 小説初挑戦になるので、ご感想頂けると幸いです。


【レンガの中の未来】

(一)底なし沼

 今が一年で一番良い季節だ。早朝、暖かくも寒くもない。一年中こんな季節であれば良いのにと思う。と言ってもこんな変化のない季節ばかり続いたら逆に変化を求めて不満が出てくるのだろうか。

いや、そんな事はないんじゃないか。砂漠のような季節が続けばそれはそれで良い感覚になるかも。

などなど種々考え事をしながら、シノーは作業場へ向かっていた。

そよ風が吹き注ぐ。シノーはセリョージャ卿の邸宅で住み込みで働いている。邸宅脇の宿舎と言ったほうが正確かもしれない。今年で三年になる。

セリョージャ一族は国を代表する大財閥であり、シノーを含む使用人は数千名を超える。シノーの作業場は、無数にある関連事業の1つであるレンガ関連の施設である。

これまでは木材による住宅施設が殆どであったが、住宅部材が木材からレンガに代わる事で火災時の被害が最小限になり、季節の寒暖差にも強い事から最近では富裕層が使用し始めている状況である。

と同時に技術の進歩により、風雪に耐えられるレンガが普及しつつある状況でもあった。


 レンガの歴史は古い。牛馬糞や藁を入れ込んで強度を高めるという初期のレンガから、より対候性に優れた現代風の超合金入りレンガまで、セリョージャ一族はその辺を一気に手掛けており、最初からそれらを予言したかのように国策とばかりに事業を進めている。

今やレンガ事業は一族の大きな収益源である。レンガ原材料には毒物が含有されるとされ、シノーは噂でそれを聞いて最初は戸惑ったが、日々の目標必達を考えるとそんな事は言っていられない。作業場にはムチを持った監視員の複数の眼が光る。兎に角、日々の目標をこなすことだ、そうすれば…。


 完璧であれ。これがセリョージャ一族の家訓である。同一族の出処の詳細は不明であるが、国軍に近づき急速に勢力を伸ばした一族である。戦争が続いた時代は軍事産業で確実に収益を上げ、現在のように平和な時代にはそれに則した事業展開を実施している。カメレオン一族と囁く者もある。

国軍の考えが浸透している同一族では、邸宅、作業場内は一切の汚れがないように整備され、時間管理も厳格である。一族の組織に入ると生活費は無償であり、作業量に応じて報酬が支払われる仕組みになっている。

しかも、努力次第では高級幹部への道も開ける可能性もある。そういった口文句により、貧しい人々が磁石で吸い寄せられる砂鉄のようにその組織に入っていく。

そして、それは大部分の者にとってはラットレースの始まりでもある。実際に専門教育を受け、幹部になれるのはほんの一握りであり、厳格に管理された時間の中で入所者は自由を規制され、逃げ出す事はできない。

逃げ出せたとしても同一族特有の諜報網によって、必ず捕えられる。当初はそうであったが、それによる関連死が多発した事による社会的批判が勃発し、現在はやや軟化体制への変更を余儀なくされた。


 シノーを含むレンガ施設労働者の一日は以下のようになる。午前四時・起床、午前四時五分・点呼、午前四時十分・宿舎周辺掃除開始、午前五時・掃除終了。午前五時五分・食事準備開始、午前五時四十五分・食事開始、午前六時前・食事終了。午前六時五分・作業場へ徒歩で移動、午前六時三十分・作業開始、作業終了・午後七時三十分。

そして、作業の概要はこうである。作業場から調達場まで担当者が馬車で乗りつけ、そこでレンガの原材料を積む。それらを作業場で加工するのだが、最近では粉砕・型嵌・成型、といった流れ作業が出来つつある。

作られたレンガは専用馬車に乗せられ、各地方へ流通していく。作業が終了すると徒歩で宿舎へ移動。

午後八時・夕食、午後九時・二日に一回沐浴、そうでない場合は沐浴者の寝床準備、午後十時・就寝。

宿舎には一つだけ机と椅子のある部屋があり、休憩時間には自由に使用する事が出来るのだが、遠方の家族へ手紙を書く事等に使用される。

休暇は三か月に一度で三日間。完全肉体労働であり、最初のうちは宿舎内での食事にも手を付けずに泥のように眠る者もあった。

シノーもその一人であり、朝起きて夜まで働き寝る、それが当たり前だった。




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