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12年かかって見つけた答え。フラメンコの輪の中でおしゃべりしたい

眉間に刻まれた深い皺。大地を踏み鳴らす力強い音。大学生の時に本場スペインで見たフラメンコは、その苦しそうな表情ばかりが印象に残っていた。

「フラメンコを踊っていると、湧き上がるような楽しさをお腹の底から感じます」

画面越しに話すmihokoさんのイキイキとした表情に、内心戸惑っていた。

フラメンコは、スペイン南部アンダルシア発祥の民族芸能だ。ジプシーたちの心の叫びを踊りや歌で表現している。「フラメンコ=苦しみや孤独の表現」だと思い込んでいたから、「楽しい」と話すmihokoさんの言葉に、ちょっとした違和感があったのだ。

だけどその感覚は、わたしの偏った知識と見方が作り上げたものだとすぐに分かった。とめどなく溢れるフラメンコへの思い。mihokoさんならではの捉え方に、ぐんぐんと引き込まれていく。「フラメンコは究極のコミュニケーション」というmihokoさんの考えを、もっと聞いてみたくなった。

mihoko
金沢の「スタジオ・エストレージャ」でフラメンコを始めて12年。趣味は読書。お気に入りのカレー屋で季節のカレーと手作りデザートを楽しむ時間が好き。


フラメンコで会話をする

フラメンコが表現するのは、負の感情だけではない。ジプシーの悲しみや苦しみ、孤独を表現するソレア(Solea)もあれば、リズミカルな曲調で喜びを表すアレグリアス(alegrias)など、さまざまな種類がある。踊り手、歌い手、ギター伴奏者がリズムを合わせ、曲を作り上げていく一体感を味わうのがフラメンコだと、mihokoさんはいう。

mihokoさんが、フラメンコを習い始めたきっかけは何だったのだろう。

「一言でいうと、変わりたかったんだと思います。30代の時に心と体を壊してしまって、このままじゃダメだ、何かを始めなきゃと思って。20代の時に1、2年だけフラメンコを習っていたのを思い出して、もう1度やってみることにしました。通いやすい場所にスタジオがあったことも、後押しになったのかもしれません」

そこから12年も続けているなんて、よほど肌にあってるんですね。

「気づいたらこんなに経っていたって感じです(笑)実は少し前に、週1回だったレッスンを2回に増やして、基礎をやり直しているところなんです。理由はある一言でした」

2019年5月にソロで踊らせてもらう機会があったというmihokoさん。その練習の際に、ギター奏者の鈴木さんに「もっと自分の言葉で滑舌良くしゃべって。そしたら僕は答えるから」と言われたのだそう。

「鈴木さんはプロの踊り手を相手にする立場の人だけど、今目の前にいる私としっかり向き合って、コミュニケーションを取ろうとしてくれた。言葉ではなく、フラメンコで。滑舌良くっていうのは、例えば、しっかり足を鳴らすこと。しゃべるっていうのは、自分でリズムをとって踊ること。話す場所は用意されているけれど、話し出さないと伝わらない。技術を学ぶ理由は、相手に自分の言葉を伝えるためなのかもって思ったんです。きれいにターンすることが目的なのではなく、今私はこんな思いで回っているんだと、相手に伝えるためには、技術が必要だなって思っているんです」

フラメンコはコミュニケーション。踊りやギターで、それぞれの感情を差し出し、投げかけていく様子が、想像できる。


「あくまで私の主観なんですけど、フラメンコという輪の中で、フラメンコの共通言語、つまり踊りでいえば、正確なリズムと足音の長さや強弱、ターンの速さなんかで、会話をする。それがフラメンコでいうところのコミュニケーションなのかなって感じてます」



まだまだ変われていない自分

ひとつひとつのことに向き合いながら、自分自身を客観視して、フラメンコを楽しんでいるように見えるmihokoさん。しかし、まだ葛藤があるという。

「2021年末のギター合わせ練習のとき、先生からの言葉を聞いて、あー、まだまだ変われてないなって思ったんです」

”楽しくなればなるほど、踊りが小さくなって、コンパス外しているよ”

コンパスとはフラメンコ特有のリズムのこと。曲の種類によっても、それぞれ決まったコンパスがあるそうだが、もっとも基本的なのが12拍(3拍+3拍+2拍+2拍+2拍)だ。

そのリズムは横になって進んでいくのではなく、時計の針のように円になって戻ってくるイメージだ。踊り手、歌い手、ギター奏者のそれぞれが、コンパスのリズムを守り、同じリズムの中に居続けること。それがフラメンコでの1つの約束になっているらしい。

「夢中になってくると、コンパス外して、勝手に踊っちゃうみたい。昔からそうなんです。楽しくても、悲しくても、その感情を表に出して、誰かと共有せずに、自分の殻に入ってしまう強い癖。本の世界に没頭するみたいに、自分の世界に入ってしまう。楽しいって気持ちを表現したときに、受け止めてもらえない寂しさを感じるくらいなら、自分の中で消化すればいいやって思っちゃう。悲しいことがあっても誰かに頼るのではなく、1人で解決しなきゃって思ってしまう。その癖のせいで心と体を壊してしまったから、変わりたくてフラメンコを始めた。でもまだまだ根強く残っているんだなって、感じてしまったんです」


自分の殻に籠ってしまうことを、強い癖だと表現したmihokoさん。でも自分の癖をしっかりと理解していて、それを変えたいと思って行動している時点で、悩みの半分は解決しているように思えた。少なくとも、フラメンコの話をしているときのmihokoさんには、殻にこもっているような後ろ向きの姿勢は感じられなかった。


「もっとこの人と仲良くなりたいって思う人には、名刺代わりに『フラメンコをしている』っていうようになったんです。もっと私を知って欲しいから。フラメンコに対する私の思いを感じてもらえたら、それは、殻にこもりがちだった自分を抜け出すことになるんじゃないかって。フラメンコは私自身を映し出す鏡みたいなものかもしれません。表現したいものがなんなのかは、まだわからない。でも今は、フラメンコの中で、コミュニケーションが取れるようになりたい。踊り手、歌い手、ギター、それぞれがリズムの中に居続けられるように。1人で踊るのではなくて、みんなと踊る。誰かに合わせるのではなくて、自分のリズムも相手のリズムも大切にしたい。だからフラメンコの共通言語をもっと学んで、磨いていきたいって思います」

学べる環境にいること


たくさんのことを学べる環境にいるんですね。

「本当にありがたいです。変わりたいってもがいている私を支えてくれるこの場所と、仲間たちには感謝しかありません。特にスタジオ・エストレージャの忠縄先生は、私を成長させてくれる存在なんです」


あるとき「ちゃんとできなくてごめんなさい」と言ったmihokoさんに対し、忠縄先生は「今まで『ちゃんとやって』って言ったことある?」と言葉を返したそうだ。

「ないんですよね。1度もない。言われた通りにやるっていうのは、私の優等生的な発想だって、先生は分かっているんですよね。人の目ばっかり気にして、自分を表現してこなかった私をサポートしてくれていると感じてます。だからいい意味で、ここにいなくちゃいけないって思うんです。この分厚い殻を破るために必要な場所だから」


先生への信頼を感じます。

「先生の踊りは本当にステキ。特にソレアが大好きなんです。フラメンコで表現するのはその人自身だと思っていて。演劇やバレエのように誰かになりきるのではなく、自分に戻るというか。だから同じ曲でも踊る人によって全然違う。先生のソレアは深い海の底に、一筋の光が差し込んだかのように感じられます。温かくて、堂々としていて、媚びた感じがしなくて、凛々しくて、でも優しくて。私は勝手に『深海のソレア』って呼んでます」


次の扉を開くために


「自分の感情を表現するのが苦手で、人とのコミュニケーションをずっと避けてきました。だからフラメンコなんて、本当に1番やっかいなものに手を出しちゃったなって思っています。『あ!これってこういうことですか!?』って先生に言ったら、『10年間ずっと言ってるよ!』なんてこともしばしば(笑)不器用なんですよね。でもやめたいって思ったことは、不思議と一度もないんです」

本当に楽しいんですね、フラメンコが。

「難しくてつまづいてばかりです。だけどその度に、自分に向き合っている気がするんです。できる・できないでも、知識のある・なしでもない。私の中のフラメンコを差し出せるようになりたいんです。ちゃんとではなく、自分の言葉でコミュニケーションする。だって、私は私だから」

***

自分のことを話しているのか、フラメンコのことを話しているのか、途中でわからなくなっちゃったと笑うmihokoさん。ゆっくりとだが迷いのない言葉は、真摯にフラメンコと向き合ってきた時間を思わせた。

30代後半で本格的にフラメンコを始めたmihokoさんは、時折「もっと早く出会っていればな」と思うことがあったという。だけどもう、そんな風に思うことはやめたそうだ。

今の自分が感じたように、過去の自分が感じるとは限らない。経験を積み重ねてきた過去の自分がいたからこそ、今、こんな風に気づける。

何かを始めるのに、遅すぎることなんてない。いつだってスタートできる。

変わりたい。面白そう。なんか気になる。

理由はなんだっていい。

心の声に耳を傾けて、素直に行動してみる。頭で考えすぎずに、飛び込んでみる。年齢を重ねても、1歩を踏み出せる大人でありたい。

春はすぐそこ。

ワクワクする季節が気持ちを後押ししてくれる。そんな気がしている。

文責:CHIHIRO
写真:mihoko

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