見出し画像

感想『盤上の向日葵』著:柚月裕子

 年末年始に読書をしよう!企画第二弾はこちら『盤上の向日葵』。
 著者の柚月裕子さんは、私の知っている作品だと『孤狼の血』を書いている。
 また、『臨床真理』という作品でこのミス大賞も受賞しているようで、ミステリ好きとしてはこちらもいつか読みたいところ。
 さて、先日、私の好きな漫画家さんの雨がっぱ少女群先生(一般向け名義は雨群先生)が、この『盤上の向日葵』のコミカライズを手掛けていることを知り、現在連載中の3話まで読んだところ、将棋をテーマにしたミステリ作品で、絵柄もストーリーもとても好みだったため、小説の方も読もうと思った。

 関係ないが、奇しくも、天才棋士の対決シーンから始まるこの本を読んでいた時、テレビから羽生善治九段と藤井聡太王将による王将戦の第一戦が流れていた。藤井・羽生の存在は本当に事実は小説よりも奇なりだなあ。

以下ネタバレ注意





あらすじ

 山中で数年経った白骨遺体が発見され、佐野と石破という2人の刑事が事件を追うパートと、上条桂介という棋士の人生を追うパートが交互に進む。見つかった遺体からは初代菊水月作の錦旗島黄楊根杢盛上駒(きんきしまつげねもくもりあげこま)といわれる、高級な将棋の駒が同時に発見される。
 この駒の行方が重要な犯人の手がかりとなると踏んだ刑事の捜査と、この駒の持ち主であった上条桂介の生涯がそれぞれ進行し、ラストに交差する時、事件が全て明らかになる。
 上巻では駒探しパートと上条桂介の幼少期が、下巻では上条桂介が将棋道場で出会った真剣師、東明重慶との旅打ちパートが始まるが、真剣師とは、将棋の真剣、つまり、賭け将棋を生業とひている人のことだ。
 上条桂介には、将棋を教えてくれた唐沢光一郎という親代わりの恩師と、真剣師である東名重慶という2人の将棋の師匠がいる。
 父親から虐待を受けていた上条桂介にとって、逃げ場所と将棋の戦い方を教えてくれた唐沢は、第二の父であった。そんな唐沢の下での成長、そして、人間としては最悪だが、鬼気迫る真剣での勝負には並ぶもののいない東名重慶の下での成長が、上条桂介を奨励会に属さずにプロ試験を通過した異例のプロ棋士へと育て上げていく。





感想


 錦旗島黄楊根杢盛上駒のもつ妖艶な魔力が、将棋指しを狂わせていく描写の巧みさと、推理パートの完璧な結末、少年漫画のように強くなっていく上条と、常に付き纏う死体の謎が絡まり合い、飽きることなく夢中になり、あっという間に読み終えてしまった。
 

「錦旗島黄楊根杢盛上駒」(ネットから)
木目が放つオーラが凄い

 作中にあるように、将棋の駒は、将棋打ちにとっては美術品ではなく、あくまで実用品であって、それは武士にとっての刀のように、使ってこそ意味があるものらしい。
 しかし、作中でこの駒はなかなか使われることはなく、使われたのはたったの二度、東名vs元治の七番勝負と、東名vs上条の最期の試合だけだ。
 東名vs元治、真剣師同士の大金を賭けた命懸けの対決は、錦旗島黄楊根杢盛上駒が、まるで2人の命を吸い取ったかのように、お互いボロボロになり決着する。
 そして、物語はラスト、悪性の骨肉腫に蝕まれ余命間近な東名と、東名の思い出の地、天木山の中腹の展望台にて錦旗島黄楊根杢盛上駒を用いた最期の勝負が行われる。
 上条が勝ったら俺を殺してくれ、そういう条件で真剣での勝負を持ちかけた東名は、覚せい剤を打ってまで痛みを誤魔化しつつ死力を尽くす。
 しかし、最終局面で、読みが煮詰まった東名はついに、悟ったかのように笑い、おもむろに二歩を打ち反則負けとなる。
 そして、東名は「もう思い残すことたァねえ」と言い終わり、匕首を深々と自分の腹に突き刺し、自決したのであった。
 まさにこの東名の遺体こそが冒頭で見つかった死体であり、上条が香典代わりに一緒に埋めたのが錦旗島黄楊根杢盛上駒なのであった。
 言葉通りの意味でついに親殺し、師匠殺しを達成した上条。駒が狂わせた将棋打ちたちの人生の哀愁と狂気、その圧倒的生き様は、憧れさえ感じさせるものだった。

 将棋の対戦シーンもとても巧みで、将棋の知識が殆どない私でも熱を強く感じられた。この点、ヒカルの碁に通じるものがある。
 また、上条と東明の師弟関係は、ギャンブラー伝説哲也の哲也と房州さんを思わせた。裏の世界でしのぎを削り、最強の存在になっていくストーリーは少年、青年漫画的でもあり、一方でそこに推理パートが巧みに絡み合うことによって、唯一無二の作品が出来上がっている。
 推理パート、上条の人生パート、それぞれが交互に、冗長にならないように細かい章立てで構成されており、各パートの引きも素晴らしく、各章ごとになんて面白いんだ……とじっくり噛みしめることができた。
 読み始めれば止まらない、盤上の向日葵、ぜひ。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?