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Re: 【小説】神だのみThunder歩き

 おれたちは富嶽になれなかった。
 おれたちは神風を拝みながらそう言う。
 駅前まで迎えに来た黒塗りの高級車に乗って辿りついた廓を潜る。
 下着姿の女が微笑む。
 おれは願いを伝える。
 女は頷く。
 がらんがらん。
 氷が解けてグラスの中で鳴る。
 そうやっておれたちは何者にもならないことを選んだ。
 おれは救われない。
 そんなことは知っているからだ。

 ベンチに座って巨大な鳥居を眺めながら、その上にとまっている八咫烏を想像した。
 ここでは仕事も負債も女の止まった生理について考えるのもやめだ。
 その為の場所だ。
 すると隣に見知らぬ男が音もなく腰かけた。
 男は不意に「私の祖父は、神風になったのですよ」と言った。
「そうですか、それはさぞや立派な最期であったのでしょう」
 おれは短くなったアメリカンスピリットを灰皿に落とした。
 灰は音を立てて火を消した。
 それだけだった。
 煙がおれ男の間を通って手水舎の方に流れて行った。
 男も吸い終えた煙草を灰皿に落とすと、黙って立ち上がり一礼をして去って行った。
 男が神である可能性は否定しない。
 だがおれにはどうすることもできない。
 缶の底に残っていた薄いコーヒーを飲んで立ち上がった。
 アメリカーナ。
 おれは緑茶の味を知らない子どもたちだ。

 おれたちはすっかり負け犬だ。
 ブロンドのマンコに欲情する負け犬だ。
 生麦事件を忘れた亡国の負け犬だ。
 嬉しそうに3回まわってピザ食ってやがる。コーラを舐めて尻尾を振ってやがる。
 金ピカの首輪。金ピカの鎖。
 ぼんやりとした時間、モラトリアム。
 戦後そのもの。


 両手をポケットに入れて参道の端を歩いていると前方から女が歩いてくるのが見えた。
 鋲のついた革ジャン。
 引き裂かれたシャツは重ね着。
 ホットパンツに破れた網タイツ。
 分厚い底のブーツ。
 女がおれを見て笑う。
 顎を上げる挨拶。
 アメリカーナ。
 もしかしたらおれが展示してあるゼロ戦の整備員に見えたのか?
 脳みそもチーズバーガーになったらしいな。
 仮におれが整備士に見えたとしても女はパイロットには見えない。
 時代錯誤のパン助にしたって些かアヴァンギャルドが過ぎる。

 アナーキーin the 靖国。
 どうあがいたっておれたちは国会議事堂にキャンドルを灯せない。
 おれたちは生まれる時代を間違えた。
 間違えた人生で続けておめおめと生き永らえてはそんな愚痴を炭酸水で割って飲み続ける。
 不安の塊が食道を逆流して音として飛び出る。
 屈辱がキックするモーティブ、スタート、空ぶかし。

 鳥居の上にゼロ戦が停まっている。
 プロペラが回っている。
 エンジンが唸っている。
 煙草の煙が攪拌されている。
 革ジャンを着た女の肉が引き裂かれて俺に降り積もる。
 おれは俯いて参道を歩いている。
 参道は赤く光っている。

 女の革ジャンが軋む。
 破れた網タイツの隙間からタトゥーが笑う。
 おれは身を委ねる。
 潜望鏡で見える未来は近視眼的でしかない。

 おれはその参道を歩いている。
 ずっとそうだった。
 目を開けたまま夢を見ている。
 後ろを振り向くと死体が転がっている。
 苦痛。
 おれの影を縫い付ける苦痛。
 あの苦痛から伸び続けた影は酷く薄い。
 それでも苦痛が薄れる事は無い。

 鳥居の上からゼロ戦が飛び立つ。
 影を縫い付けた痛みに向けて滑空して撃ち抜かれた記憶が転がっていく。
 鈍痛と言う色の雲が分厚い空を飾る。
 晴れ間が埋まっていく。
 苦痛が擦れて電気を帯びる。
 ニューロンが焼け付くまで過去の苦痛が走り回る。
 おれは参道を歩いている。
 願い。
 祈り。
 おれの存在は軽過ぎる。
 恨み、辛み。
 おれの願いは薄過ぎる。

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