見出し画像

【超短編小説】小名浜の犬1999

 犬が埋まっていた。
 通りかかった空き地に見えた土饅頭は小さかった。掘り返したのは単なる興味からだ。別に環境だとかに対する正義感からでは無い。
 蹴散らした土饅頭の下に、黄金の毛が見えた。
 埋められていたのが人間では無いことに安堵した。掘り返したら赤子である可能性も考えていた。
 漁師とヤクザとソープ嬢が人口の大半を占める町だ。あり得ない話では無い。
 だが埋まっていたのは犬だった。
 金色の毛をした犬だった。

 
 近くに建っているバラック小屋を眺めた。
 諦観と怨嗟が入り混じった生活感として物干しに下がっている。
 別に彼らが埋めたと決まった訳じゃない。
 だからと言って自身の差別心を羞じる事も無かった。
 空き地に棄てられた家具の数々。裏に流れる溝川に棄てられた塵袋。真新しい車。
 その車輪は全く甘美なものでは無かった。文学、いや文字が入り込む隙間も余地もなかった。

 
 必要なのは神でも金でも無かった。
 日々にあったのは祈りでも願いでも無かった。約束や決まり事も無かった。何ひとつ達成できない日々だけがあり、それでいて陽茎と陰唇を合わせては死んでいた。
 それは単なる倦怠だった。
 憎しみであり恨みであった。
 日々そのものが祈りや願いから遠ざかる。その中に紛れ込んだ犬が死んだ。
 そうして埋められた。


 犬が埋められていた。それを掘り返した。
 犬は死んだ。その事実だけがあった。
 錆びたドラム缶で燃やされる事も無かった。
 花が添えられる事も無かった。
 それは単なる物質になった。あとは分解されて土に還るだけだった。
 空き地には何の花も咲いていなかった。
 掘り返した土を戻した。
 犬は見えなくなった。
 バラック小屋に目をやった。誰もこちらを見ていなかった。
 バラック小屋から目を逸らした。そして埋められた犬のことを忘れた。

サポートして頂けると食費やお風呂代などになって記事になります。特にいい事はありません。