かわしまようこさん vol.3 沖縄の個人リトリートへ①決める
きっかけを作ってくれたのは私の学生時代の恩師でした。
2022年に入院したことも施設へ行くことも、ほとんど誰にも言わずに旅立った私でしたが、唯一事情を話させていただいていたMさんからのお手紙。
「沖縄に行きませんか」と書かれていました。
直感的に、かわしまさんのことが頭に浮かびました。
かわしまさんに会いたいと。
2024年年明けにかわしまさんへリトリートの問い合わせを入れ、またその際も電話の方が伝えやすいからと直接お電話にて詳細を聞きました。
でもそこから、本格的に決めて動くまで、私は迷走していました。
日帰りの外出ですら疲れて食べ吐きして寝込む、2023年の11月から12月にかけて家族構成の変化で、摂食障害や発達障害の症状がドッと溢れるように出ていて週に2日は寝込んでいる状態でした。
今の私にはとてもハードルが高すぎるように感じていたのです。
優柔不断な私。決めるパワーも弱い私。
本当に迷って迷って。
いつも主治医の先生に言われていたのは、
「あなたの場合はデメリットを引き受けて自分で決めること」ということです。
今までは誰か、何かに依存することで、自分のことを全てあけ渡して決めてもらうか、自分で全てを抱え込んで自滅することが多かった。
施設や病棟で訓練して学んだことは、「決めてもらうのではなく、相談しながら自分で決める」ということです。今まで読んできた本の中にも、そのヒントがありました。
暮らしのおへそ vol.25 の中で見つけた禅僧の南直哉(みなみじきさい)さんの言葉です。
私にはいつも、第3者の存在が必要です。
不安や恐れから心が定まらなくて、その時もいつも相談している市の保健師さんにも何度もお話しして、考えをまとめるお手伝いをしてもらいました。その時にかけていただいたのが
「まず、行った時と行かなかった時の自分の感情を想像してみて」という言葉でした。
もう、言われたその場で、「沖縄へ行ったらそれがどういう結果であっても、食べ吐きをしながらになってしまっても、自信になる。行かなかったら、自分はまたダメだった・・・と病気の殻に閉じこもるだろう」と直感的にわかりました。
“もう決まっている”
あとは自分がどうしたら楽か
どうしたら関わる人と気持ちよく過ごせるか
何をどこまで話すか
安全に自分が旅行をするためにすること、準備できること、伝える必要があることを自分でわかっておく必要がありました。
でも、初めての経験。右も左もわかりません。
2022年からの2年間は、障害者としての人生の始まりでもあったのです。
かわしまさんとのやりとりも続き、そんな私にご配慮してくださり、何度もカウンセリングもしてくださいました。セルフケアのレクチャーや、受け取り方の変え方なども。(これは、また別の記事で詳しく書いていこうと思います。)
そんな中で、一度決めたスケジュールが私の不安がぶち壊してしまうという経験もしました。飛行機も宿も全てキャンセルした時の「また、ダメだった・・・」という気持ち。その日は丸一日寝込みました。
でも、その中で大きな気づきがありました。「私はこうやって自分の人生の全てを不安や恐れから壊してきたんだ」ということ。そして、「諦めたくない」という気持ち。
その気づきが、決め手となって再び沖縄へ行くという意思を固めてくれました。そんな自分の気持ちに寄り添ってあげたいと思い、長い間止まっていた車を動かすような力を見つけていく作業が再スタートしていきました。
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