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無駄なものには人の思いが詰まっている

無駄な時間が彩を加える


最近、文通をしています。
SNSで知り合った人と文通するという、一見、アナログなのかデジタルなのかわからない関係性ですが、個人的には大変満足しています。『適度な不自由さ』を味わえるということが心地いいのです。
不自由さの心地良い点は、無駄なことが多いことです。
無駄なものが無く、コスパ優先に傾いている現代社会は、生きにくいと感じます。無駄なことを大切に思うのは、私だけではないと思います。
私が学生時代には、スマホどころか携帯電話もありませんでした。
「あの頃は良かった」昭和・平成の時代を、少しだけ感じてみてください。


好きな子ができた。
通学途中にであう彼女は、制服から、わが校の近くの女子高の生徒らしい。いつも友達に囲まれているためガードが堅い。
仲良くなりたいと思うのに、きっかけがない。

ところがある日、友人がコンパをセッティングしてきた。
聞くと、あの噂の女子高が相手らしい。わが校は男子校だったので、コンパや文化祭、体育祭などでしか女子と知り合う機会がない。
セッティングした友人がバイト先で知り合った彼女は、噂の女子高に通っているため、完成したコンパだった。
当然、参加者に希望する。希望者多数。じゃんけんに運命をゆだねる。
「よっしゃー!」
勝った。よし! これでバラ色の高校生活のはじまりだ!

このコンパに参加した本当の理由は、通学途中に出会う彼女に会うためだった。しかし、彼女は来なかった。テンションが少し下がった僕は、誰とも話が合わずに家路についた。

ところが、バイト先に、とてつもなくかわいい子が入ってきたと噂が立った。それが彼女だったのだ。運命だと思った。
バイト先は「健康ランド」と呼ばれる、当時人気があったお風呂屋さんだった。彼女はそこのフロント係に入り、私はそこの食堂だったのだ。

彼女が食事に来るたびに、用もないのに近くに入りびたり、勝手に話に加わった。
フロントに用事があるたびに、自分で率先して行き、わざわざ彼女のところに並んだ。

思いが積み重なり、デートに誘うことを決意した。
少し前に読んだ『恋愛情報誌』に書いてあった、「知り合ってから3か月以内にデートに誘おう」という3か月が目前に迫っているのだ。

彼女のバイト帰りに誘うことにした。通学途中はガードが堅いし、他では出会う確率が低い。
バイトが終わり、彼女が出てきた! よし、行くぞ!! と思った次の瞬間、他のフロントのバイト仲間の女性たちも一緒に出てくるではないか!
なんてことだ。ここで誘ってもいいが、彼女が嫌な思いをするかもしれない。冷やかすようなバイト仲間かもしれない。

そこで、仕方なく後をつけることにした。
誘うと決めた自分の決意と、この機会を失いたくない。
すると、車に乗り込むのが見えた。いや、彼女は歩いて駅まで行くはずだ。たぶん、あのバイト仲間の誰かの車だろう。
原付で通っていた僕は、スクーターで車を追いかけた。

「めちゃくちゃ早い!」
車の速さを感じた瞬間、道路の縁石に乗り上げてコケた。
痛てぇけど、そんなこと言っている場合じゃねぇ。この機会を逃してたまるか! すぐさま立て直して、走り出した。
すさまじいスピードの車を、全速力で追いかけた。

僕の目に見えていたのは、走って逃げる車のナンバープレートだった。見失っても、ナンバーを覚えていれば、探すことも可能になる。
知らないうちに、駅についた。彼女がおりて、お礼を言っている。
「やばい! 地下鉄に降りてしまう!」
そう思うのが早いか、スクーターを倒すのが早いかというタイミングで、階段を全速力で駆け下りる。間に合わない。彼女は改札をくぐって、階段を下りてホームへいく姿が見える。
「くそ!」
しかし、冷静に「すみません! 見送りです」と駅員さんに言って、改札を通り、ホームに降りた僕の目の前に彼女がいた。彼女はビックリした顔をしていた。
もう、ここしかない。勇気を出せ、男だろ!
「今度の日曜日、コンサートのチケットが手に入ったので、一緒に行きませんか!」
駅のホーム。多くの人が見ている。そんな中で、プロポーズのような誘い方をしてしまっていた。
「はい」
一言だった。聞いたとき、まさかと思い、長い長い沈黙があった。
でも次の瞬間、「ありがとう!!」と全力で笑って彼女の手を取った。
彼女の顔がとても嬉しそうだった。

スクーターをていねいに起こし、走り始めると急に実感がわいてきた。
喜びのあまり、言葉にならない声で叫びながら走り、達成感をかみしめた。
声がガラガラになり、落ち着いてきたとき、ふと思った。
「あ、待ち合わせ場所と時間を伝えるのを忘れた」
興奮しすぎて、肝心なことを伝え忘れていた。


いかがでしょうか。
スマホがない、携帯もない時代は、どんなことも無駄でいっぱいです。
知り合ってから、どのように声をかけたらいいのか考えますし、誘えるチャンスがあっても、すぐには誘わず、時間をおいて慎重に進めていきます。
会っている時も、会う前も、フル回転で頭を使って、相手の立場や自分の思いを伝える方法を考えていました。
こうした一見、無駄な時間には、今よりも濃密な、人の思いが詰まっていたように思うのです。ですから、「あの頃はよかった」のでしょうね。


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