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トレンディー。

「アキラですっ」

毎回、電話口でも出会ってもそう言う彼は、バイト先の店長の友達だった。こんな田舎のリサイクルショップへ、スーツをめかしこんで、腹話術の人形みたいな笑顔でやってくる。

「こんにちは!柊さん」

引きこもりからおずおずと日なたに出たような、もっさんもっさんな私は、それでも笑顔で「接客業」をしていた頃のことだ。

「いらっしゃいませ」

都会のアパレル業をしていたというヤリ手な店長は、アライグマのようないい人でも悪い人でもある顔で、不用品を安く買い叩き、相場のわからない値札をつけニンマリと笑う。

「アキラ、柊とごはん行きたいんだってよ?     美味しいもの食べさせてもらえるぞ?」

そう言われて「アキラさん」とごはんへ行くことになったのだけれど、バイト終わりに迎えにきたアキラさんは、左ハンドル、テカテカベンツでご到着。スリーピーススーツ。

どうやらボンボン*やという。

「いやぁ、柊さんとお食事行けるなんて。」

にこやかに腹話術人形みたいに笑っていて。
私はさながら、ピノキオが遊びに誘われるシーンみたいなゾワゾワした感じのまま。長らくお店にマメに通うアキラさんに、そろそろ断り続けるのも気まずいものだから。

アキラさんとごはんへ行った。
一度だけ。
お店もお料理もまったく覚えていないけど。

ただ、帰り際、

後部座席から、大きなバラの花束を
ふぁっさ~っと出されたんだよね。

「柊さん、今夜はありがとう」

大きな、深紅の薔薇の花束を。


─────いやいやいやいや。

まじでか。




で、実家に帰るのよ。
そんなバラの花束を抱えた17の私がよ。


え、なにごと?



朝ごはんの時とか、
お味噌汁とごはんと、納豆たまごみたいなのの食卓に、新聞ペラ〜する父親のおるとこに、だいぶなボリュームのバラの花束がしばらく飾ってあったよね。


いたたまれない。

なにこれ。


トレンディーよ、オイ。



                            ちなみにアキラさん、
                          「アキラ」って苗字だった件。

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        ボンボン*
              お金もちのお坊ちゃま、の意。

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