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いざない

図書館の前の、堤防の階段に並んで座って、川向こうの桜並木は満開に近くて。

私は唐揚げ弁当、あなたは味噌カツ弁当。

パチンと割り箸を割ると、上手に割れた私の隣で、あなたは片方が尖って不格好に割れて、残念そうな顔をしていた。

何も話さないでも静寂が気にならないのは、轟々と流れる川のせいかもしれない。

唐揚げを一つ、あなたのお弁当へ乗せると、味噌カツの端っこの一切れを、同じように私のお弁当へ乗せてくれる。

向こう側の堤防の道を、桜並木を、自転車がゆっくりと通って。

止まる。

桜を見上げ写真を何枚か撮って。

そのうちに。

また、自転車がきて、止まり、写真を撮る。

やけに黄色い四角い卵焼きをかじりながら、向こう岸の景色のような人々のやりとりを眺めていた。音のない小さな人形劇みたいに、色合いはパステルに。

轟々ゴウゴウと川は変わらず流れ、
風が、割り箸の紙袋を飛ばしていった。

ふと見るとあなたは、向こう岸を見つめたままに、手を止めて。
辿ったその先に、向こう岸で、髪の長い女性がこちらを見つめていた。

「ねぇ、今、あの人と、目が、合ってる」

「うん」

もちろんはっきりと合っているなど、そんなことは見えないのだし、気のせいだと言われれば、そう、だけれど。

合っていた。

まるで、虫めがねが太陽の光を集め、ひとところを焦がす、その丁度みたいに。
顕微鏡のミジンコが、急にそのぷっくりとしたお腹までくっきり姿を顕すみたいに。

先に逸らしたのは、向こう岸の人だった。

あなたは、また
かじりかけの味噌カツを頬張りはじめ、
私は唐揚げを箸にはさむのだけれど。

ふいに怖くなって、

「置いていかないでね」

と、どうしても。


口の端に味噌をつけてあなたは、けれども

「そんなこと言わないで」

と、割り箸が上手く割れなかった
みたいな顔をして
力無く笑った。


花筏がふいに沈む。


どうして

あなただったの?

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