[短編] メゾンdivers
僕のルームメイトはマッチ棒。
彼は、毎朝5時にきちんと起きて、布団もきちんと整える。
「おはよう」と少し遅く起きた僕が言うと、
「おはよぉーう」と低音のいい声で言う。
一緒に暮らしていて、彼が機嫌の悪いところを見たことがない。たまに仕事の話をしていると、熱く情熱的に語り出すことはあるけれど、たいていは飄々として。僕の話には、ちょっと間延びした低音のいい声で「へぇ」と、ちょうどいい相槌を打つ。サクサクと動くし、なんというかスマートで。僕とは育ってきた世界が違う気がしてくる。
ここメゾンdiversの2階、僕たちのお隣には、食パンとビート板が住んでいる。
彼らはとても仲が良く、いつ会っても和やかで社交的で、来客も多く、賑やかだ。
その夜もお客さんが来ていたようで。
夜も深け、賑やかなお隣さんの声が静かになり、きっとお開きになったんだろうと、僕たちも寝ようとしていたころ、ベランダから、食パンの声。
「こらぁ、こんなとこで寝んな!おいー」
飲みすぎたらしいビート板がベランダで寝てしまったようだ。
さすがに夜中だ。耐え兼ねて、マッチ棒と
「すみませーん」
とベランダ越しに声をかけた。
「あ。すみません。あの。ちょっと、
手伝ってもらってもいいですか?」
と食パンがなんとも情けない声で言うのだ。
玄関にまわり、マッチ棒と2人でビート板救助に向かうことになった。
僕とマッチ棒と食パンでガタイのいいビート板をズルズルと部屋の中まで運びこんだ。
そっと小さな毛布をかける食パン。
「助かりました、こいつどこでも寝ちゃうんすよ、今日は飲ませすぎてしまいました」
そう言って食パンは、なんだか母親のような笑みをして、今だ熟睡中のビート板を見る。
「いえ。では。おやすみなさい。」
就寝前のマッチ棒は、社交力ゼロだ。綺麗な回れ右をキメ、サクッと部屋へ戻っていく。
「おふたりは仲良いんですね」
僕がそう言うと、食パンは
「そうですかねぇ。まあ、似たもの同士というか、ね。なんか憎めなくて。そういう君たちも、仲良さそうじゃないですか。」
食パンはふんわりと微笑む。
「遅くにありがとうございました。とても助かりました、おやすみなさい」
部屋に戻ると、マッチ棒はすでに静かに寝息をたてていた。
スースー スースー
僕たちは仲良く見えるのか。
そっか。
僕はマッチ棒ほど、ちゃんとしてないし、いつも彼のことをすごいなぁと見ている。ちっとも似たところなんてないんだけど。
仲良く見えたりするんだな、とちょっと嬉しくなった。とりあえず今夜は、お隣さんの役に立てたわけだし、よく眠れそうだ。
布団に入るとすぐに、眠りに落ちた。
朝5時。
相変わらず、マッチ棒がきちんと起きる。
僕も、何となくすっきりと目覚めがよく、いつもより早く起きた。
「おはよう」
「おはよぉーう」と低音のいい声。
「今朝は早いんだねぇー、綿棒くん」
僕たちはルームメイト。
まったく似ていないと思っていたけれど、
そう言われてみれば、少しだけ、似た者同士な気がしてくる。
「はぁーーっくしょい!」
ビート板のでかいクシャミが壁越しに聞こえ、マッチ棒と僕は
「風邪ひいとるやん」
と同じ瞬間に同じ台詞を言ったのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?