日本においての喫茶の始まり②

漢詩集に見られる茶
9世紀の喫茶の様子は漢詩集に窺うことができる。

『凌雲集』・・・書名正式名『凌雲新集』。平安初期の漢詩集。814年(弘仁五年)成立。一巻。わが国最初の勅撰詩集。嵯峨天皇の勅命により、小野岑守・菅原清公等撰定。平安初期、平城・嵯峨・淳和の三天皇をはじめとする当時の代表的詩人24人の91編を収録。唐詩の影響のもと、格調の高い作品が多い。勅撰三集の第一。
「雲を凌ぐほどにすぐれた詩を集めた詩集」の意で凌雲集と呼ばれる。

『凌雲集』に収められている嵯峨天皇が皇太弟(淳和天皇)と共に藤原冬嗣の邸を訪ねた際に冬嗣邸で作られた詩が以下の通りである。

  「詩を吟じ、香茗(茶)を搗つくのをいとわない、
   興にのって宜しく雅弾などの音楽を聴くべし」(『凌雲集』)

以上の文字から、天皇周辺の喫茶の様子を見ることができる。また他にも、

  「静まりかえってかすかな興をもよおす処、院裏に茶煙が満ちる」
   (『凌雲集』)

  「あい談らって緑茗(茶)を酌む、煙と火が暮れの雲にまぎれる間」
   (『本朝文粋』)

  「多く茶茗(茶)を煮て、飲んでみれば如何、体内を調和し病を除く」
   (『本朝文粋』)

など、「仙境(仙人が住むという所。また、俗界を離れた静かで清浄な土地。仙界。)琴の音色を楽しみ、漢詩を吟じて茶を喫する、その茶は薬用であった」というのが当時の喫茶の風景であったようである。
また「茶を搗く」「茶を煮る」「茶煙が満ちる」という表現から、この時期の茶は抹茶ではなく、固形の茶を炙って、砕く中国式の喫茶形式であったとされる。

参考文献
布目潮渢『中国 名茶紀行』1991、新潮社。
茶道文化検定事務局編『茶の湯を学ぶ本』2021、淡交社。

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