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現実を生きようとした努力を振り返る

 先週、僕は不意に、現在(現時点/今)が一番良い・楽しいのではなく、むしろこれから先、よりその思いが多く感じられる(より良くなっていく)のではないだろうかと、気づいたのです。
 いかに辛いことがあろうとも、寿司や蕎麦にワサビを入れたくなるように、スパイス的な強調をもたらすものなのでは。

 実際、人やモノ(本やグッズ)との出会いを繰り返し、自室も年々快適に。知識も少なからず、日々増えている。
 これまでは「今が一番」だから「今後が嫌」で、希死念慮さえ抱いたこともありました。
 しかし、こういったある種の天啓のような、これからの人生が待ち遠しいという果てしない考えは、躁状態なのではと茶々を入れたくなるほどに、自分でも驚きの結論です。

 今回は僕が、どういう方法を取り、苦しい時に――たとえ効果が無かった、あるいはもともとの性格のおかげで今があるとしても――希死念慮に全傾しなかった打開策としての試行錯誤を、簡単に振り返ってみたいと思います。

 これによって、僕はそれらを克服し、超克すると思われますし、あるいは誰かの救いにもなるのではないかと思うからです。


①感情を捨てる

 いきなり凄いことを言っていますね。仏教僧でも容易なことではないでしょう。今でこそ、そう認識できます。
 しかし当時は、辛い現実を乗り越えるには、感情を捨てて事に当たらねばという危機感があったのです。
 綾波レイを敬愛していましたから、まず始めたのは無表情と無関心。

 「好きの反対は無関心」という言葉もありますが、何かを嫌うという事にも、かなりの意識を必要とします。好きではないことには、無関心でいる。案外、こう書けば、一理あるものですが、感情を捨てるのは、あまりオススメしかねますね。

②美少女キャラに癒される

 これは比較的オススメですし、今でもそういうところはあります。
 以前、どこかで書いた気がしますが、僕はとあるアルバイトをしていた時、嫌で嫌で仕方なく、ロッカーの鍵に『ご注文はうさぎですか?』のココアちゃんのキーホルダーを付けることで、ほんのわずかでも、自分の世界・自我を維持しようとしていました。

 また、彼女たちも学生でありながら、喫茶店「ラビットハウス」で働いているという事実(設定)にも励まされました。天使ですら働くのです。
 ポイって今日を投げ出さない約束をしました。

 「店員A」に過ぎないものの、“鍵”に趣味と癒しを付与しておくことで、まるで自分の荷物だけでなく、心をも預けていたようでした。
 ちなみに近頃はシャロちゃんの方が好きです。

③神社参拝・自然を体感する

 こちらも今でも、僕の中では有効です。何も宗教に帰依しなくても、コンビニと同じくらい、寺社仏閣が日本にはあるわけです。
 僕の中で、日本人にとって一番優雅な生活には、森が近いことなのではないか、という仮説があります。皇居や富裕者の別荘がその証拠です。
 
 癒しのために自然を感じることこそ、養老孟司先生に言われるまでも無く、“自然な”人間心理かと思います。
 なお、お寺の場合、多くはお参りするのに入館料がいりますが、神社は基本的にはいらないので、小題では神社のみを指定しました。
 
 言葉は悪いですが、ビジネス書をいささか低く見ている僕ですが、一番オススメの自己啓発書は、おみくじに他ならないと思います。
 2000円もつかって、行間ガラガラ、ページに空白が多すぎる本を買うよりも、神道という権威と、和歌と己の指針が200円で手に入ると思えば、これほど良い自己啓発本もないでしょうに。

④文章を残す

 日々実践中です。個人的に、これに勝る自己セラピーは無かったと思っています。
 日記、(削除したが)Twitter、そして小説、評論、エッセイ。僕の中で一番大きかったのは小説ですね。強烈な自我となったからです。
 「綾波宗水」という自我が、遺書ではなく、生きた存在として発生したのです。
 単に文章を残すだけでなく、ここには、残す為のインプット(読書や映画鑑賞、イベント参加、グッズ購入などなど)があったからこそ、日々が楽しくなったとも言えます。

 むしろ、小説を書いていなかったら、評論(考察・批評)やエッセイを書こうと思っていなかった事でしょう。
 自分の中で小説執筆が第一にあって、多少は読んでもらえているからこそ、文筆活動を発展させて、批評や随筆にも広げているに過ぎないのです。
 
 このようなこだわりや自分の軸を得ることは、これから先、生きる上での基準にもなろうかと思うのです。

番外編


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