見出し画像

【ホラー短編】なぜ桃太郎が桃から生まれたのか、おばあさんは気になって仕方ない。

昔々、あるところに、
家庭的で平和主義なおじいさんと、
好奇心旺盛なおばあさんが住んでいました。

おじいさんは山へ芝刈りに、
おばあさんは川に洗濯にいきました。

すると、川の上流から、どんぶらこ、どんぶらこ、と大きな桃が流れてきました。

おばあさんが桃を持ち帰って包丁で割ると、中から、小さな赤ちゃんが出てきました。
おじいさんはその子に、桃から生まれた桃太郎と名付け、大事に育てました。

おばあさんは川を眺めていました。
「なぜ?」
桃から人間が生まれてくるのは、常識では考えられない。桃が上流から流れてくるのも、不思議でならない。
その謎を解き明かさなければならない。おばあさんは使命に燃えていました。

「女は家で家事をするんだ、外に出るな」
おばあさんのお父さんの言葉が、おばあさんの頭の中に響きます。

おばあさんは、行ったことのない場所へ行きます。一歩、足を踏み出します。
おじいさんは病で息を引き取りました。
桃太郎は、鬼ヶ島で鬼を倒すと言って出ていってしまいました。

おばあさんが残すものは、もうない。

川に沿って歩く。歩く。歩く。それは今まで歩いたどんな道より果てしない旅でした。
周りの景色はたいして変わらないのに、どこかめまいのするような、奇妙な違和感がつきまといました。
木の枝とは、あんなに長かっただろうか?
葉っぱとは、あんな色をしていただろうか?
川の流れは、こんなに早かっただろうか?
空が落ちてきているように見えるのは、錯覚だろうか?
太陽が不規則に動いていないだろうか?
自分の指の本数は、合ってるだろうか?
じゃり。
おばあさんは、なにかを踏みました。

小さな桃でした。そして、その桃から、赤い液体がこぼれています。
おばあさんの鼓動がどくりどくりと早くなります。

見れば、桃はそこら中に転がっているではありませんか。
小さい桃から、大きな桃まで。おばあさんの家くらいの、とても大きな桃もあります。

川は? いつしか、川はどこにもなくなりました。水源のようなものはない。どこかで途絶えた。
おばあさんは包丁を手に持つ。震える手で、ゆっくりと大きな桃に近づく。おばあさんは息も絶え絶えに、桃に包丁を突き刺す。そして、包丁でギコギコと、家ぐらいある巨大な桃を開ける。
ばこん! 突然、桃の側面から何かが飛び出す。桃の中から、腕が飛び出した。腕がおばあさんの腕を掴む。強い力。おばあさんは叫んだ。
おばあさんは飛び出た腕にもう片方の腕で包丁を突き刺し、なんとか逃げおおせた。すると、
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ」
と、大きな赤子の泣き声が響き渡る。

あちこちに散乱していた桃が割れる、割れる、割れる。中からなにかが飛び出した。おばあさんはもはや正気を保つことは不可能だった。狂乱したおばあさんは頭を抱えて道を引き返し、走る。走る。走る。

残したものが何もなくても、命をなくすのは何よりも怖い。耐え難い恐怖だった。おばあさんはそこにいると命を落とす。その確信があり、そこから死物狂いで逃げ出す。聞こえるのは、声。声。声。赤子の大きな泣き声だ。

……いつしかおばあさんは、自分の家の前に立っていた。おばあさんは、痩せこけ、青白い顔をして家の前に立っていた。
家の玄関を誰かが開ける。桃太郎だ。
「なんだばあちゃん、鬼ならもう倒したぜ。これ、お宝」
家の中にはなぜか猿と、犬と、雉がいた。豪勢な食事が食卓の上に並んでいた。

おばあさんは吐き気をこらえたまま、桃太郎に別れを言い、どこか遠い場所に行ったとさ。おしまい。

この記事が参加している募集

ホラー小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?