見出し画像

元気を取り戻す理論と実践:中西晶「マネジメントの心理学」

これも12年ほど前に購入し、何度も読み直した本である。そういえば、この数年間、手にとっていなかったが、最近、また引っ張り出してパラパラ見ていると、このごろのはやりの観点も網羅しているし、前に読んだときにはピンとこなかったことが、今、なるほどな、と思うところも多いことに改めて気付く。

まず、「はじめに」から引用してみよう。

もしかしたら、今、日本の会社にもっとも足りないものは「元気」なのかもしれません。そこで、この本では、「会社を元気にする方法」をマネジメントの視点から考えていくことにします。

著者紹介を見ると、京都大学文学部哲学科で心理学専攻、筑波大学で経営・政策科学研究科で経営学修士、東工大で社会理工学研究科価値システム専攻で博士号をとっていて、大学の先生になる前にジャスコ(現イオン)にも勤めたこともあるらしい。しっかりと理論と現場の実践をふまえた上で、背景の心理学を軸に深く考えられ、その上でマネジメントの様々な理論を、それぞれコンパクトにまとめていて、そんな著者ならでは、と感じさせる。

「おわりに」から言葉を拾ってみる。第1章では、ほぼ100年前から始まるマネジメントの古典的な理論を振り返り、その中で理論の背景にある「人間観」、すなわち背景にある「思い」や「価値観」を理解する。第2章以降では、こうした価値観の変遷を考えつつ、リーダーシップやモチベーション、組織や意思決定についての理論の発展を解き明かす。さらには、第6章の組織文化や第8章のメンタルモデルの話を学ぶことで、人間の行動や思考がこうした価値観に影響を受けることが理解できる。

そしてこのように続けている。

しかし、一方でこうした価値観を形成し、理論を構築し、実践に移すのも同じ人間であるということを忘れてはなりません。

この本のよいところとして私が感じた点は、次の2点である。1点目は、マネジメントに関するテーマやコンセプトを論ずるときに、一つの側面だけでなく様々な側面から検討しているところだ。また、会社員としての経験もあるからだろう、単に理論を紹介しているだけでなく、会社員としての個人のありかたや組織との関係、組織のありかたや社会との関係、といった主観的な側面からも丁寧に検討考察されている点が非常によいと思った。

人間関係論における公式組織と非公式組織、モチベーションにおける内的報酬と外的報酬、リーダーシップにおける仕事系と人間系、意思決定における事実前提と価値前提、組織のハードな側面とソフトな側面、キャリアの主観的側面と客観的側面、など、この本で紹介した多くの理論では、合理的・客観的な側面だけでなく、心理的・主観的な側面を考えなければならないことを明らかにしています。
(引用者注:太字は原文のまま)

今回、ぱらぱらと読み返して響いたのは、まず、第4章の「なぜ会社は不祥事を起こすのか」である。不祥事そのものではなく、そこに、意思決定のメカニズムと、集団による意思決定における陥りやすい問題点、そして失敗から学ぶ重要性と、風土、マインドフルネス、強い現場、といった切り口も解説されている。また、組織としてスマートであるとはどういうことか、学習する組織、ナレッジマネジメント、といった部分も、改めて考えさせられた。学習する組織:5th Discipline については、別に近々投稿することになると思う。

また、第7章の「ヒトが育つ会社、会社を育てるヒト」もよかった。この魅力的な題の章だが、7.1で「会社で働くとはどういうことか」で、E・H・シャインの心理的契約の概念と日本の会社におけるキャリア形成の変化について述べて個人と組織の関係を振り返る。7.2の「キャリアという考え方」でキャリアに関する定義をD.E.スーパー、D.T.ホールに求め、シャイン他による、キャリアの主観的側面と客観的側面を考察し、キャリアアンカーという考え方を紹介し、多様なキャリアの生かし方を提言している。そのうえで、7.3 「よきキャリアを形成するために」7.4「「自己責任」を考える」において、多様なキャリアの方向性を考え主体的に選択して広げていくために、個人と組織が何をすべきか検討し、次のように提言している。

会社は個人に対して、個人は会社に対して、お互いに依存ではなく期待と信頼にもとづいて、キャリアの意味やその理由について考えていく必要があります。個人は会社の元気の源泉であり、元気な会社をつくる主体なのです。

画像1

さて、ちょうど、さっきロイターの記事で「自覚症状なき経済衰退の兆し、「日本病の実態」というコラムを読んだ。

出版されたのが 2006年、それから13年以上たっているわけだが、今でも、やはり、日本の会社にもっとも足りないものは「元気」かもしれないなと思う。

会社はさまざまなステークホルダー(利害関係者)とのつながりの中で生きている社会的存在だということを忘れてはなりません。経営者や株主、顧客はもちろん、そこで働く人々や社会全体が「この会社は元気だ」と認めることができてこそ、真の意味で「元気のある会社」だといえるのです。

全部で135ページほどで、各項目がコンパクトにまとめられている。手元においておくといろいろな場面で役に立つヒントが見つかることだろう。プロジェクトや組織のマネージャーだけでなく、広く読んでほしい本だと思った。それぞれの立場で気付きがいろいろあるはずだ。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?