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始まりはいつも夜|掌編小説(#シロクマ文芸部)

 ――始まりはいつだって夜から。

 僕らが真っ暗な海の底から、小さな泡粒と一緒に生まれたように……。

***

 高台の公園の広い駐車場に車を停め、エンジンを切る。夕方くらいまでは小型トラックやどこぞの会社の社名入りの車が停まっているのだが、さすがに日付が変わる頃になると車も人影もない。

 お情け程度の薄暗い街灯とは違い、遠くに見える海沿いの工業地帯は、白や赤や緑色など、不気味で怪しげな光を放っていた。ニョキニョキと不揃いに生えている煙突からは、絶えず煙が吐き出されている。

 いつも思う。

 あそこでは、一体何がつくられているんだろう……と。
 そんな疑問はスマートフォンに数文字打ち込むだけで簡単に解決してしまうが、なぜかそうする気にはならない。ただ、健全な人間が寝静まっている時に、こうしてぼーっとこの光景を見ているのが好きなのだ。

 ――あいつは、どの辺で働いているんだろう。

 工業地帯を左から右へ、ゆっくりと視線を移していく。

 つい先日、神奈川から地元にUターンした友人から「40過ぎの転職はなかなか辛いよ」とメッセージが来た。都会へ出て、20年以上も地元に寄り付かなかった奴が、一体どういう風の吹き回しなのか不思議に思ったが、面倒なので細かいことは聞かなかった。

「どこも人手不足だから、根気強く探せばきっとどこか決まるよ。とにかく頑張れ」

 応援する気なんて全くないのに、よくもまぁこんな文章がスラスラと打てるもんだと、我ながら感心する。

「おうよ! ありがとな!」

 その返信に、理由もなくムカッとした。

 ――今さら地元にお前の居場所なんてないんだよ!

 心の中で吐き捨てる。

 予想に反し、転職が決まったという報告が来たのは、その4日後だった。

「臨海工業地帯のLNGプラントだよ。液化天然ガスな」

 あれこれと聞き返す気にもならなかった。
 そういえば、あいつは難しそうな国家資格をたくさん持ってたっけ。やっぱり資格は身を助けるってことか。

 確か24時間稼働のプラントで、今週は夜勤と言っていた。あいつは、あの煌々こうこうと輝く世界の中で、今まさに何かを生み出しているのだろうか。

 ――時間を無駄に使って、何も生み出していない自分と違って……。

 エンジンをかけ、乱暴にアクセルペダルを踏む。

 ルームミラーに映った工業地帯の夜景は、あっという間に息苦しくなるような暗闇の中に溶けていった。

(了)


小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。

工場夜景、綺麗ですよね。
北海道に移住する前は、茨城の鹿島臨海工業地帯の夜景をちょくちょく見に行ってました。


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