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チー牛の心理学的問題

皆さんは「チー牛」という言葉をご存じだろうか。
これは、「チーズ牛丼を注文してそうな顔」の略であり、すき家の「とろ~り3種のチーズ牛丼」を注文していそうな人を指すネットスラングである。
一般的に、暗く目立たない性格である「陰キャ」を示す言葉だが、ワシは「陰キャ」をさらに焦点化した概念のように感じている。

「陰キャ」は、先にも記した通り、「暗く目立たない性格」を示しているとされるが、このなかには、イケメンだが暗い人も含まれる。
逆に、「チー牛」には、明るいがチー牛顔の人も含まれる。
つまり、「陰キャ」と「チー牛」では質が違うのである。

そこで、まずはチー牛の特徴についてみていこう。


チー牛の特徴

チー牛顔がどのようなものかを示したものには、某掲示板に転載されたイラストがある。
このイラストには原作者が存在し、元々は自画像として描かれたものであるため、ここではその画像を載せないが、これには以下の特徴が描かれている。

  • メガネ

  • 子どものような髪型

  • 童顔

  • 根暗

このようにイラストは評価されているのだが、ワシは単に整えられていない容姿が特徴だと思っている。
しばしばあるコンテンツだが、いわゆるチー牛顔の人が理容師に容姿を整えてもらうだけですごいイケメンに変わるものがあるように、メガネをコンタクトに変え、髪をセットし、少しメイクをした上で、服を流行りのものにし、さらに姿勢を正せば普通に平均的な容姿になると考えられる。

つまり、チー牛の最大の特徴とは、自身の容姿を整えない特性をもつことだと考えられる。
では、その特性はどこに由来するのか?
次はそれを考察していきたい。

チー牛を構成するもの

これについて、チー牛は「テストステロン値の低さ」「精神障害」「虐待やいじめ経験」によって構成されるという言説がある

テストステロン値の低さ

テストステロンは男性ホルモンとして広く知られており、これは顔の男性らしさを構成するとされている。
たとえば、出生前や思春期のテストステロン値が高いと、顔の幅が広くなる傾向がある。

Roosenboom, J., Indencleef, K., Lee, M. K., Hoskens, H., White, J. D., Liu, D., ... & Weinberg, S. M. (2018). SNPs associated with testosterone levels influence human facial morphology. Frontiers in genetics, 9, 497.

そして、顔の幅が広い男性は、短期的な関係で魅力的に見られることがわかっている。

Valentine, K. A., Li, N. P., Penke, L., & Perrett, D. I. (2014). Judging a man by the width of his face: The role of facial ratios and dominance in mate choice at speed-dating events. Psychological science, 25(3), 806-811.

逆にいうと、テストステロン値が低い人は、顔の幅が狭くなり、魅力が低減するということである。

ただし、前述した通り、ある程度顔が悪くても、メイクアップ次第でどうにかなると考えられる。
そのため、チー牛顔はテストステロンの低さに由来するかもしれないが、テストステロンが低いからといってチー牛顔になるわけではないのである。

では、なぜ容姿を整えないのか?
それを考えるために、次に精神障害について考えていこう。

精神障害

ここでいう精神障害とは、とりわけ自閉スペクトラム症(ASD)とする。
ASDとは、「社会性」「コミュニケーション」「想像力」の不適応をもつ発達障害です。

  • 社会性の障害:他人との関わり方を学び、暗黙のルールを習得することが難しくなります。その結果、自分のしたいように行動してしまうという「自己中心性」が強く出てしまい、対人関係においてトラブルに発展してしまうことがあります。

  • コミュニケーションの障害:相手にわかりやすい言葉で、相手の対応を見ながら、会話をしていくことが難しくなります。また、言葉を字義通りに受け取ってしまうのも特徴です。

  • 想像力の障害:決まったパターンにこだわってしまい、それを繰り返し行い、他のやり方には興味を示さないようなことを指します。たとえば、スケジュールの変更やものの配置、手順へのこだわりなどが見られ、それに変更があると混乱したり、パニックになってしまうこともあります。

さて、これらの特徴だが、チー牛と呼ばれている人々に共通していないだろうか。
たとえば、アニメや鉄道などの特定のことに過度に強い興味や関心があり、社会的に逸脱した行動をとったり、うまくコミュニケーションをとれなかったりというのは、ASDに共通していないだろうか。

診断基準的には俗にチー牛と呼ばれている人はASDとはいえないかもしれないが、それでもASD特性はあるように思えないだろうか。

ASDの人々は、定型発達の人々と比較して、身だしなみや服装に対する関心が低いこともある。
これは、社会的な期待や規範に従うことが難しいためだと考えられる。

Rojas, C. A., El-Sherief, A., Medina, H. M., Chung, J. H., Choy, G., Ghoshhajra, B. B., & Abbara, S. (2010). Embryology and developmental defects of the interatrial septum. American Journal of Roentgenology, 195(5), 1100-1104.

その他、チー牛の「ぎこちない」「フラフラしてる」「リズム感がない」「つま先で歩きがち」といった特徴は、ASDの歩き方やバランス感覚などの運動に関する問題の特徴と一致している。

Green, D., Charman, T., Pickles, A., Chandler, S., Loucas, T. O. M., Simonoff, E., & Baird, G. (2009). Impairment in movement skills of children with autistic spectrum disorders. Developmental Medicine & Child Neurology, 51(4), 311-316.

また、外見的にも、自閉症様特性のレベルが高い男性の顔は、低特性男性よりも男らしくない

Gilani, S. Z., Tan, D. W., Russell-Smith, S. N., Maybery, M. T., Mian, A., Eastwood, P. R., ... & Whitehouse, A. J. (2015). Sexually dimorphic facial features vary according to level of autistic-like traits in the general population. Journal of neurodevelopmental disorders, 7(1), 1-10.

しかし、ASDの子どもたちは、ASDでない子どもだちよりも体内のテストステロンレベルが高い傾向があることが示されている。
さらに、思春期のASDの若者は、同年齢の定型発達の若者と比較して有意に高いテストステロン値を示したという報告もある。

Mullard, A. (2009). What Is the Link between Autism and Testosterone?. Nature.

Dooley, N., Ruigrok, A., Holt, R., Allison, C., Tsompanidis, A., Waldman, J., ... & Baron-Cohen, S. (2022). Is there an association between prenatal testosterone and autistic traits in adolescents?. Psychoneuroendocrinology, 136, 105623.

これは先述のテストステロン説と矛盾する事実であるが、以下のように考えることもできる。
ASDの特性が不適切な環境を誘引し、それがテストステロン値を低下させる可能性である。

発達障害の人は、一般的に幼少期から仲間はずれにされたり、暴行を受けたり、虐待や親の過干渉に晒されやすい。
こうしたストレスはコルチゾールのレベルを高める。

Spratt, E. G., Nicholas, J. S., Brady, K. T., Carpenter, L. A., Hatcher, C. R., Meekins, K. A., ... & Charles, J. M. (2012). Enhanced cortisol response to stress in children in autism. Journal of autism and developmental disorders, 42, 75-81.

ヒトを対象とした研究では、安静時にコルチゾールを循環系に投与すると、血中テストステロン濃度が低下することが示されている。

Cumming, D. C., Quigley, M. E., & Yen, S. S. C. (1983). Acute suppression of circulating testosterone levels by cortisol in men. The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism, 57(3), 671-673.

そのため、出生時テストステロン値が高いことでASD特性が発現し、その影響で逆境体験が生じ、それによるコルチゾールの高まりがテストステロン値を低下させ、チー牛顔を形作るというのである。

ただし、比較的に新しい研究では、男性における自閉症特性と出生後のテストステロン濃度との間に関連性がないことを示していることは憂慮すべきである。

Tan, D. W., Maybery, M. T., Clarke, M. W., Di Lorenzo, R., Evans, M. O., Mancinone, M., ... & Whitehouse, A. J. (2018). No relationship between autistic traits and salivary testosterone concentrations in men from the general population. PLoS One, 13(6), e0198779.

虐待やいじめ経験

虐待やいじめ経験の影響は先述したテストステロンへの影響もあるが、表情の読み取りや表出の能力に影響を与えることがある。

たとえば、いじめ被害者は非被害者よりも顔感情の認識精度が低いことが示されている。

Franzen, M., de Jong, P. J., Veling, W., & Aan Het Rot, M. (2021). Victims of bullying: Emotion recognition and understanding. Frontiers in psychology, 12, 729835.
ISO 690

また、いじめや虐待の被害は抑うつ傾向を高め、その影響で表情の表出が抑制されると考えられる。
その結果、表情筋が発達しないなどの影響で、童顔や根暗といった特徴が現れると考えられる。

チー牛の心理学的問題

ここまで、rei氏の記事を下地に記述してきたが、ワシが強調したいのは、チー牛がASD特性が高いことを示しているということである。

精神障害の項でも述べたとおり、チー牛はASDの特徴と微弱ながらも一致している。
そして、チー牛は一般的に「話の通じないやつ」の蔑称である。
つまり、現在起こっていることは、ASD特性の高い者を「チー牛」と称して行う攻撃行動である。

近年、発達障害の問題が重視され、その権利は徐々に守られるようになっている一方で、日常生活上でその迷惑を被っていることに不満を抱いている人々がいる(以前はアスペルガー症候群を略して「アスペ」という蔑称が蔓延っていた)。
しかし、発達障害はセンシティブな問題であるため、声を大にして不満を漏らすことができない。
そこで、「チー牛」という新たな言葉に発達障害を暗に投じ、攻撃の機会にしたのではないかと考えられる。

そう考えると、そこに心理学的問題がある。
発達障害は言わずもがな、心理支援の対象である。
発達障害は前述した通り、いじめや虐待の被害を受けやすい。
そのため、社会性を育てるためにソーシャルスキルトレーニングを実施したり、被害後のケアをしたりが必須である。
ところが、チー牛は「話の通じないやつ」の単なる蔑称であるため、正式に支援を受けているわけではない。
そのため、チー牛と呼ばれている者はそのレッテルのためにいつまでも支援を受けることがないし、社会に適応する機会を失ってしまう。
つまり、チー牛とは潜在的な発達障害の可能性があり、そのために迫害の対象となりうるのである。

ここで専門家は何ができるのだろうか。
その一つとしては地道に啓発活動をしていくことだと考えられる。
チー牛と呼ばれている者が、迫害の対象としてのチー牛ではなく、発達障害の可能性がある者として認知されていくことが、今後必要なのではないかと考えている。
そして最終的には支援につながれることが必要である。

チー牛に対して嫌悪感を示している方については、確かにチー牛と呼ばれている者に腹立たしく感じることが多いだろう。
しかし、彼らは好きでそうなっているわけではないことを留意してほしい。
彼らは社会性やコミュニケーション技術を身につけることに苦手があるのだ。
だから、チー牛という人権を無視した呼び方をするのは控えてほしい
ただし、すべて甘んじて受け入れろとは言わない
必要なときには逃げたり、戦ったり(建設的にという意味で)してほしい
たとえチー牛と呼ばれる人々が発達障害であったとしても、他者を傷つけてもいいという理由にはならない
逃げたり戦ったりすることは、彼らが支援につながる機会にもなる。
だから、チー牛をチー牛として攻撃する前に、自分を守るための行動をしてほしい

追伸

これを書くのは正直恐れ多かった。
なぜならば、先述したとおり、発達障害とはセンシティブな問題であり、それを診断するには慎重なアセスメントを要するからだ。
そのような問題をこのような素人の記事で取り上げてもいいのかという懸念はあった。
しかし、一方で必要性も感じていた。
誰もチー牛がASDの特徴と一致していることを言及しないのである。
専門家はチー牛という問題から目をそらしている
だからワシが代わり(と言うのも恐れ多いのだが)として、この記事で取り上げたのである。
この記事の内容に疑念を抱く方も多いだろう。
実際チー牛はネットスラングであり、科学の「か」の字もない概念である。
それでもチー牛の心理学的問題は取り上げるべきだと考えている。
世の中はチー牛と呼ばれている者が傷つくべきではないし、チー牛を嫌悪している者が傷つくべきでもない
弱小な自称ライターの戯言のような記事だが、これが少しでもチー牛の心理学的問題に取り組む機会になればと思う。

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