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旅の最後は、深夜の街へ飛び出したくなる

ふと、初めて台湾へ行った旅を思い出した。それも、旅の最終日の夜のことを。

その夜、僕は高雄にいて、22時過ぎにはホテルにチェックインした。

明日は早朝のフライトで、台湾を発つことになっている。6時には起きて、空港へ向かわないといけなかった。

早めに寝るつもりだったけれど、荷物を整理して、シャワーを浴びて、歯を磨いて……としているうちに、日付は変わっていた。

そのとき、唐突に、寂しさを覚えた。

このまま、台湾の旅が終わってしまうということに。

初めて旅した台湾は、とても素敵な土地だった。見る風景は懐かしくて、食べるものは美味しくて、出会う人は優しかった。

大好きになれた台湾を、朝には離れなくてはいけないという事実が、悲しくてたまらなくなったのだ。

だからといって、滞在を延長するわけにもいかない。帰ってするべき仕事もあるし、そもそも航空券は変更できない。

もう台湾でできるのは、この部屋で寝て、朝が来たら空港へ行くことだけなのだ。

でも、そのとき、ふと気づいた。

別に朝まで部屋で過ごさなくたっていいのではないか……。

時刻はすでに深夜1時に近くなっている。それでも、空港へ出発するまでは、まだ5時間も余裕があるのだ。

僕は無性に、深夜の高雄の街へ飛び出していきたくなった。

そして、本当に飛び出してしまおう、と思った。

このまま眠りについて、あとは空港へ向かうだけなんて、絶対に嫌だと思った。

台湾を発たなくてはいけないという現実に、最後まで反発したいと思った。

ショルダーバッグの中に、パスポートと財布、スマホを入れて、部屋を出た。

誰もいないフロントを抜けて、深夜の高雄の街へ出た頃には、腕時計は1時を回っていた。

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深夜1時過ぎの高雄には、人通りはほとんどなかった。たまに車が走り抜けるくらいで、街には静けさが漂っていた。

僕はスマホで、この時間でも営業しているお店を探した。すると、15分ほど歩いたところに、早朝までやっているお店があった。

大通りを歩き、小道に入り、やがてそのお店が見えてくると、びっくりした。こんな真夜中でも、たくさんの客で賑わっていたからだ。

看板に書かれたメニューを指差して注文し、小さなテーブルの前に座った。周りを見ると、若者グループやおじさんたちが美味しそうに台湾の料理を食べている。

すぐに運ばれてきたのは、大好きになった魯肉飯と、牡蠣と玉子の炒めもの。素朴であったかい美味しさに、僕はあっという間に平らげた。

近くの屋台で買ったマンゴージュースを飲みながら、深夜の喧騒の中に身を置いていると、まだ旅が終わっていないことの嬉しさが、まるで涙のように込み上げてくる。

時刻は深夜2時。お店の人に別れを告げると、僕はあてもなく高雄の街を歩き始めた。観光客として写真を撮りながら歩いていた昼間と違って、深夜の高雄散歩は、ちょっとだけ身軽になれたような気がした。

しばらく歩いて行くと、ゲームセンターがあった。台湾のゲームセンターには、いつもUFOキャッチャーがずらりと並んでいる。ここも同じで、ぬいぐるみやお菓子、スマホグッズ、その他わけのわからないものが入ったUFOキャッチャーが揃っていた。

機械音だけが響く店内では、何人かの台湾の若者が静かに遊んでいた。ほとんどが1人客で、深夜の寂しさをこの空間で紛らわしているようにも見えた。

財布の中に台湾の硬貨が余っていたので、僕もUFOキャッチャーで遊んだ。ぬいぐるみなんか取っても困るので、お菓子のキャッチャーで遊んで、意外と簡単にいくつも取れた。

深夜3時。さすがに飽きてきて、僕は再び高雄の街を歩き始めた。すると向こうに、黄色いMのネオンサインが見えてきた。マクドナルドだ。

一旦通り過ぎたけれど、その人工的な灯りが恋しくなって、真夜中のマクドナルドへ入った。チキンフィレオのセットを注文して、それを持って2階へ上がった。

さすがに客は少なかったけれど、それでもちらほらと、若者たちが長い夜を過ごしていた。楽しそうにおしゃべりをしている2人組の女の子、もう何時間もここで過ごしていそうな学生グループ、1人で試験勉強をしている男の子……。

僕はそんな彼らに混じって、チキンフィレオのセットを食べた。この時間を愛おしむように、わざと時間をかけながら。

やがてお腹いっぱいになったせいか、眠くなってきた。そして、そろそろホテルへ戻ってもいいかな、と思った。

マクドナルドを出ると、時刻は深夜4時に近くなっていた。高雄の街にも、ほんの少しだけ、朝の香りが漂っている気もした。

それでもまだ暗い街を歩きながら、まるで家出少年みたいに過ごした深夜の数時間に、深く満足できている自分に気づいた。

不思議と、台湾の旅が終わってしまう寂しさも、小さなものに感じられるようになっていた。

あとはホテルで2時間くらい寝て、朝が来たら空港へ向かおう。そう前向きに思えた。

大丈夫。また日本でちょっと頑張って、そして再び、この台湾へ戻ってくればいい。そう決意している自分もいた。

たぶん、この深夜の街に出ることなく、そのまま眠りについていたら、寂しさを引きずったまま台湾を発つことになっていただろう。

でも、深夜の小さな逃避行が、旅の終わりの寂しさを、ささやかな幸せに変えてくれたのだ。

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その旅からだった。台湾や韓国を訪れると、その最終日の深夜、街へ飛び出していくようになったのは。

そして、繁華街を歩き回ったり、お店でのんびりご飯を食べたりしながら、旅の最後の時間を心ゆくまで味わうのだ。

あるいはこれは、比較的治安の良い台湾や韓国だからできることなのかもしれない。

でも僕は、そうして過ごす最後の夜が大好きだ。

深夜の台湾や韓国の街には、いつも光があって、それを求めて集まってくる若者たちがいるから。

そして僕もまた、現実にちょっとだけ逆らって、夢の時間を追いかけることができるからだ。

また台湾や韓国へ旅に出る日が来たら、その最後の夜、僕は街へ飛び出していくと思う。

深夜の街に、旅のラストシーンを探すのだ。

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眠れない夜に

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