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第二章 第二歩 何かの縁

ついさっき初めて知り合ったおじさんと、
たくさん話した。
僕がなぜ旅を始めたのか。
おじさんの仕事は何か。
なんならお互いの家族構成まで。

不思議なものだ。
街ですれ違う人には何の関心も持たず、
その人の過去も未来も気にならないのに、
一旦関係を持つとそれだけで
自分の人生において意味のある人物となる。

ましてや自分のことを助けてくれた人だ。
その人との関係構築に熱が入るのも
自然な行為である。

僕が助手席の背もたれに安心感を
覚えるようになった頃、
もっと不思議なことがおこった。

おじさんと会話するうち、
僕とおじさんには共通点があったのだ。

なにやらおじさんは
僕の親戚に魚を卸していたらしい。
しかも、朝僕を見過ごして
昼に僕を車に乗せるまでの間にも、
僕の親戚と会っていたらしい。

何故かは分からないが、
僕には「縁」としか言いようのない
見えない力が働いているのだと強く感じた。

おっと。
『見えない力』なんて言うと、
そんな非科学的な…と
拒否反応を起こされる方もいるだろう。

念の為先に断っておくが、
この本は「僕が体験、見聞きしたこと」しか
書かれていない。
つまり、客観的ではなく主観的なものだ。
何人たりとも僕の見聞きしたことに
難癖をつける資格などないことを理解してほしい。
“まえがき”でフラットに読むようにと言ったのは
そういうことだ。

否定的に読んでいるとしても、
たとえ僕が否定的に考えていたとしても、
旅をするうちに『見えない力』があると
思わざるを得ない出来事が度々出てくるんだ。

では、話を戻そう。

初めてヒッチハイクで乗せてくれたおじさんが、
僕の親戚と繋がりがあった。

「僕のばーちゃんのお姉さん、
このおじさんから
魚を買ってくれてありがとう。」


僕を乗せた車は、
大阪から兵庫県に入ったあたりのSAに到着した。
「本当にありがとうございました!
僕の大伯母を
これからもよろしくお願いします!」

「これからの旅楽しんでね、それじゃ。」


現時刻、午後二時。
「何はともあれ、進んだぞ。」
僕は少し休憩して、
初めてのヒッチハイクで
乗せてもらえた嬉しさを噛み締めた。

と、ふと思ったのだが、
車なしでSAに居るのって、変すぎない?
野球の試合でバッターが
ゴルフクラブを構えているくらい変だ。
それは言い過ぎか。

休憩終わり。
目的地まではあと1時間ほどだが、
旅初日の疲れた体で野宿はしたくない。
僕は再びフリップボードを掲げた。
ただし、書く文字は岡山ではない。
岡山方向に行く人が多いのは分かっているので、
もう少し範囲を狭めて市の名前にした。

数十分経過。
皆んなの僕を見る目がおかしい。
正確にはフリップボードを見る目だが、
一回目のヒッチハイクと何かが違う。

「ニイちゃん、そこ誰も行かへんで。」
え?
警備員のおっちゃんが話しかけてきた。
なんでも、高速道路の路線が違うらしい。
僕の今いるSAは岡山市内、下に行く道で、
僕が行きたいのは岡山の上に行く道だったのだ。

「マジですか。」

どうしよう。いや、どうしようもない。
なぜなら僕はSAという、
さながら海の上に浮かぶ島に
船無しで居るようなものだ。

途方に暮れる。

無人島に漂流した人が波を眺めている時も
きっとこんな感情になっただろう。

しばらく、波を眺めるごとく
高速道路へと戻っていく車を
死んだ魚の目で見ていると、
海から船が、いや、車から人が降りてやってきた。

「遠回りになるけど、乗って行くか?」
トラックの運転手のおじさんだった。

僕と警備員のおっちゃんの会話を聞いていて、
考えてくれたらしい。
…助かった。


トラックに乗り込む前に、
おじさんから注意があった。
社用のトラックなので
部外者の声がドライブレコーダーに入るのは
具合が悪いそう。

「乗った後は静かにしていてね。」
「わかりました。よろしくお願いします。」

静かに走り出したトラック。
無言の二人。
初めて会った青年に対して話も無しに
乗せてくれるおじさんに
父のような安堵感を覚えた。
僕はあまりの心地よさと、
初日のヒッチハイクの疲れから
深い眠りに入っていった。



「着いたよ。降りてちょっと待ってて。」

はっ!すみません、寝てしまって。
トラックから半目で降りてしばらく待っていると
トラックのおじさんが
自家用車に乗り換えてきた。

「たくさん寝てたし、疲れたんやろ。
目的地まで送って行くよ。」

仕事を早退して僕を送ってくれるというのだ。
この感謝の気持ちをどう言葉にすればいいのか
分からないほどの嬉しさが込み上げてきた。

自家用車に乗り換えて発進してからは、
僕が旅に出た理由や目的を話し、
おじさんの仕事や子どものことを聞いた。

ヒッチハイクでこのような会話は
お決まりになるだろう。

それにしても自分の考えを
全く知らない人に話すというのは良い。

自分の中にある感情や夢を
引っ張り出して言葉にすることで
具体的に見えて、頭の中が整理できる。
より一層ヒッチハイクをしてよかったと思えた。

考えを話し、いろんな人の意見や経験を聞く。
新境地に行って学びを得る。
そしてまたヒッチハイクをして人に考えを話す。


夕日が沈みかけ、空がオレンジに染まる頃、
僕を乗せた車は目的地に到着した。

僕はおじさんに改めてお礼を言い、
車は山を下っていった。

山の山頂付近に広がる畑。
そこにポツンと立っている古民家。
よく見る日本家屋ではなく、
所々チグハグで、日本らしさもありつつ
オリジナリティの溢れた家だった。

ポツン。ポツン。ザーーーー。

さっきまで晴れていた空が暗くなり、
雨が降り始めた。
まるで僕が目的地に着くのを待っていたように。
祝福の雨。

家に入ると、
少し髭の生えた優しそうな中年の男の人がいた。
これからここでお世話になる農家「山口さん」だ。

「この家のものは好きに使っていいし、
何日いてもいい。ベッドも用意したから、
今日はゆっくり寝てね。」

有難い。
こんなに何もかもが
有難いと感じたことがあっただろうか。

僕は感謝を伝えた。
ヒッチハイクで乗せてくれた2人に、
その道中に声をかけてくれた人たちに、
日中暖かい日差しで応援してくれた空に、
受け入れてくれた農家の山口さんに。

僕一人では到底辿り着くことはできなかった。

僕はベッドに横になり、
フカフカの布団に身を包むと
一瞬で眠りについた。

岡山の山奥、「ほのぼのハウス」。
僕の最初の目的地。
これからどんなことが待っているのだろうか。

初めてのヒッチハイクは、
自分の車で行くとニ時間の道のりを
十時間ほどかけて到着した。

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