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【観劇レポ】次世代にバトンを ミュージカル「ラグタイム」

ミュージカル観劇レポ。秋のラッシュの終盤を飾るのはミュージカル「ラグタイム」大阪公演初日ソワレ。

まず感想を一言で言うと、「好み!!!」です。

1900年代初頭のアメリカを舞台に、白人・黒人・ユダヤ系移民の3つの集団をメインに紡ぐ物語。

座席は1階後方。本作は映像もふんだんに使われているので、後方は全体が見えて良かったです。舞台近くの客席降り演出もあるので、そのドキドキ感は味わえませんが、俯瞰して観るのに適した作品だとも思います。

本note公開時点で大阪・名古屋の公演が控えていますので、ネタバレ等苦手な方はご注意ください。


聴く演出

タイトルにもなっているラグタイムは、音楽のジャンルの一つ。もちろん作中でもたくさん登場。

ミュージカルではリプライズ曲をはじめ、同じメロディ・フレーズが登場することはよくあることですが、本作は特にその要素が強い。テーマメロディであるオープニングのメロディがあらゆる場面で出てくるので、耳にも心にも残ります。今聞こえるシンコペーション♪

開幕一曲目の「Ragtime」はそのテーマメロディでもあり、本作をギュッと詰め込んだ曲。この曲がこの作品の全てを象徴的に映し出しているかもしれません。曲も演出も全て込みで、僕はもうこの曲で引き込まれました。僕の好きなミュージカルの世界がそこにあった。

海外オリジナルキャスト版ですが、サブスクでも聴けるはず(少なくともYouTubeMusicにはありました)。

このラグタイムは、音楽史の視点では一瞬のブーム的な流行だったようで、その後すぐジャズミュージックにとって変わられる歴史があります。
作中ではコールハウスとサラを結びつけ、マザーやヤングブラザーの心を動かします。そして、ファーザーをより保守的にさせる面もあり、ターテなどの移民が大量にアメリカへやってくることが代表例のように、変化や時代のうねりを感じる時代の局面を示す象徴でもあります。明るい曲調が新時代の到来への期待を示すようでもあり、物語の影をより色濃くするようでもあり。

視る演出

裕福な白人、ユダヤ系の移民、黒人の3つの視点で描かれる本作では、衣装でそれぞれの存在を識別しやすくなっています。白人は真っ白な衣装、ユダヤ系は黒やグレー、黒人はカラフル。

日本人=黄色人種が演じるにあたり、素の見た目ではどうしても設定が分かりづらくなってしまうところ、視覚的に印象付けやすい。
加えて、それぞれの振付も特徴的で、優雅さや余裕を感じるようでシンプル、どこかミニマルな動きの白人。夢や約束の地を追う気持ちからか、忙しなさも感じるユダヤ系。体を大きく使いリズムに乗るまさにダンスな黒人。劇中では、アンサンブルキャストはそれぞれを代わる代わる演じられますが、衣装と動きでその特徴を表現されていたと思います。

また、映像を多用することによる視覚的な効果を感じる本作。藤田俊太郎さんの演出では、以前「NINE」を拝見しましたが、藤田さんの特徴なのかな?
劇場に入るとまず、幕に映し出されている登場人物のシルエット。衣装の色味も映し出されています。そのシルエットに合わせてキャストが出てくるのもエンタメとしてすごく面白い。2つの船がすれ違う様子やアメリカ国旗、ターテの切り絵の絵本がめくれる様子など、ストーリー上で重要な演出となる部分も視覚的に分かりやすいのが、初見客にも易しいです。

交差と調和

移民問題、人種差別と難しいテーマを扱ってはいますが、一貫して「違い」による「分断・分裂」よりも、「調和」(あるいは調和を目指す希望)を主軸に描かれていた印象を持ちました。

バックグラウンドや生活、思想が異なる3つの社会集団が交差することで起こる変化
コールハウスとサラのように、交差の結果悲しい最期を迎える人もいれば、マザーのように時代を少し先どった感性を持って変化を受け入れる人もいる。またファーザーは守るべき家族の生活圏が、その交差によって脅かされることを危惧しより保守的な方向へ加速、ヤングブラザーは逆にその交差によって生まれるものに強く心と動かされます。

アメリカは人種のるつぼと言われ、まさに多様性と変化に富んだ国ですが、激動の20世紀が始まったばかりという時代背景もあって、多分日本人である僕にすべてを理解することは難しいのだと思います。白人の中にも色んな白人がいて、黒人の中にも色んな黒人がいるということは、この作品でも伝わってきますし、アイデンティティやイデオロギーの複雑さは、頭で理解したとしても肌感覚では理解したと言えないかもしれません。

演出面では、登場人物が三人称で物語を紡ぐのも特徴的で、主観と客観とが交差するのも面白いポイント。
もちろん通常のプレイのように、一人称・二人称で展開するところもありますが、人物の紹介、状況説明など、各キャラクターがナレーションのように、かつ自分自身の言葉で紡ぐ主観と客観が絶妙に混ざりあった語りが多く登場します。作品への没入感もありながら、どこか俯瞰的・客観的な視点も常にある感じ。

そして架空の人物と実在の人物とが交差するのも、このストーリーの特徴。メインのお話は架空の人物たちが作っていきながら、要所要所で実在の人物がシンボリックに描かれます。鬱屈とした世界からの脱出を夢見る人とリンクする脱出王・フーディーニ。アメリカ1と称される美とスキャンダルで人々を惹きつける女優イヴリン・ネズビッド。資本主義・産業の一層の発展を象徴するヘンリー・フォード。社会的地位を得た黒人の代表であるブッカー・T・ワシントン。ユダヤ系のアナーキストであるエマ・ゴールドマン。
それぞれが1900年代初頭のアメリカにおける価値観、社会の様子、世相、当時の人々の関心などを表していたように思いました。

また、個人的に強く印象に残ったのは、大人と子どもの違い。代表的なのはマザーの息子(エドガー)とターテの娘で、大人が持っている価値観を親から言われても何のその、お互いに好奇心で関心を寄せ、言葉多く交わすことなく仲良く遊び始める。この物語の1つのメッセージは、「次の世代が幸せであるように」という祈り、世代のバトンだと思うのですが、二人の子どもがまさにその理想の未来予想図のように見えました。

ターテ、コールハウス、マザーのメイン3役は、3者が3者として物語上の強い接点があるかというと、必ずしもそうではありません。ターテとマザー、コールハウスとマザーは強い接点があるという点では、マザーの立ち位置が交差点として機能しているように思います。
マザーが元々「従来の女性観」に縛られない、自由な精神を持っていることを土台にしながら、次の世代へつなぎたい調和の精神を、ターテとは新たな家族として、コールハウスからはリトルコールハウス(コールハウスとサラの子)をシンボルとして、それぞれ受け継いでいるようにも感じました。

またターテもコールハウスも、我が子が生きる世代がもっと幸せであることを祈って行動に移します。特にコールハウスは、自分の世代で悲しい差別は終わらせるという決意もありながら、物語上悲しい最期を迎えますが、この作品がしんみりと終わらず、どこか希望を感じ得るのは、次世代への希望のバトンが見えるからだと思います。

キャスト

これでもか!と歌うまキャストを揃えている本作。ふと思うと、この規模の作品ですべての役がシングルキャストというのも、昨今珍しいのではないでしょうか。また、扱うテーマ上の意図的かは不明ですが、海外にルーツのあるキャストが目立つのも特徴だと思います(遥海さん、ネスミスさん、土井ケイトさんなど)。

ユダヤ系のメインキャラ・ターテは石丸幹二さん。お歌の上手さは言うまでもないですね。ただのセリフである「よってらっしゃい、みてらっしゃい」すらええ声。そんな声で言われたら財布ごと渡すけどな。
娘の裕福な生活のため、稼ぎを夢見てアメリカへ渡ってきますが、一幕では悲惨で貧しい現実に見舞われます。一転、二幕では映画監督として成功。娘のために生きる姿や、芸術を愛する姿が印象的な役。最後にはマザーとも結ばれ、苦労はあるものの最期はハッピーエンド。
メインでありながら、冒頭をはじめ各シーンで、どこか俯瞰的に傍から舞台を観ているところもあつて、この作品自体が、ターテが撮っている映画なのではないか?という感覚も持ちました。

黒人のピアニスト・コールハウスは井上芳雄さん。芳雄さんの歌声はミュージカルとして最高峰。もちろん録音でも素敵なのですが、生の舞台でこそその至高の声が堪能できる。
ラグタイムという新時代の象徴のような音楽を奏でる心の豊かさもありながら、サラを奪うことになる非道な差別への憤怒と憎悪、そしてサラとの子であるリトルコールハウスが幸せである未来を望むがため、復讐心を乗り越えた矢先の哀しい銃弾。あまりにも色々ありすぎて感情が暴れてる。この物語がターテやマザーの視点がなく、サラとコールハウスの悲劇の物語だけだったとしたら、僕の心はズタズタだったでしょう。コールハウスを歴史の1ページとして、バトンをつないだ人として描いているのが救い。

白人家庭の婦人・マザーは安蘭けいさん。芯の強さとエレガントさのあるお声で聞き取りやすい。前作(キングアーサー)では真っ黒な魔女だったので、白いお姿が新鮮ですし、姿も心もきれいすぎて眩しい。
先にも書いた通り、この物語の「交差点」として重要なキャラクター。伝統的な家を守る女性を懸命に務めながら、隣人愛を実践する清廉な人。その人が「交差点」としてターテやコールハウス・サラと交わるのは、伝統や既存の価値観にとらわれない視点と自由への憧れを持っているからこそ。もちろん、彼女が裕福な白人という恵まれた環境にあるということも忘れてはならないのですが。

マザーの夫であるファーザー・川口竜也さん。バリトンボイスといいましょうか、安定感と安心感のあるまさに大黒柱のような声。
この物語におけるファーザーの立ち位置は、マザーの夫だけあって重要。この物語をどこに力点を置いて観るか(誰に共感するか)もありますが、多分一般的にファーザーは「ヒール役」側に見えがちだと想像します。コールハウスやマザー、ヤングブラザーが時代の先を行く役割ならば、ファーザーは今の時代を守ろうとする役割。それは一家の家長としての伝統的な役割でもあるのかもしれません。マザー以上に、ファーザーのこの物語での役割や印象は読解も難しいし、筆舌しがたいです。
「世界を旅をしてきて何を観てきたんだ」のようなことを言われるシーンがありますが、人は見ようとするものしか見えない生き物だということを突き付けられたようでした。

マザーの弟のヤングブラザーは東啓介さん。マタ・ハリ以来かな。190センチ台の恵まれた体格から発される太く強い声。終盤のエネルギーは特に素晴らしかったです。
白人ですが、ユダヤ系のアナーキストや黒人たちの怒りに共感を示し、それが「人生をかけて情熱を捧げたいこと」だと信じて行動を変えていく、交差による変化をファーザーとは対極的に激しく描かれる人物。恵まれた環境がゆえ情熱を持てるものがない中で、一度それを見つけると業火のように燃え上がる。現代の若者の価値観とリンクするところも多いキャラであるように感じます。

コールハウスの恋人・サラは遥海さん。もう、これはすごい人が出てきたなと。ソウルフルな歌声は、この歌ウマカンパニーの中でも圧倒的・唯一無二で、僕は遥海さんの歌パートでもれなく号泣でした。
コールハウスの奏でるラグタイムに、そしてコールハウス自身に惹かれ子を授かるものの、コールハウスに愛想を尽かして彼の元を去ります。でも、我が子に愛した彼の面影を見て愛おしく感じたり、彼がよりを戻そうと奏でるラグタイムに心揺れ、再び彼の元へ。この揺れが歌からビシビシ伝わってきて、僕の心は耐えられなかった。涙。
物語上では、フラグが立ちまくりでヒヤヒヤしたのですがその通り、白人による差別について大統領に陳情しようとしたところ、一幕の最後で白人の暴力により悲劇の死を迎えます。

前段で書いた実在の人物を演じる方たち。

ヘンリー・フォードは畠中洋さん。フォードはコールハウスの愛車でもあり、当時のアメリカの産業界を象徴する人物。マザー一家の祖父役でもあり、典型的な頑固ジジイで、セリフ通り「常にイライラしている」人。サラを預かるというマザーにも嫌悪感を示しています。

脱出王フーディーニは舘形比呂一さん。かつての○M.Revolutionを彷彿とさせるお衣装がインパクト大です。実在の人物の中でも一番不思議な存在。実在ですが、苦しみから脱出したいと願う人々の象徴なのかなと感じました。

女優イヴリン・ネズビットは綺咲愛里さん。世間の注目を一新に集める美貌とスキャンダラスな話題の持ち主。ヤングブラザーからの求愛を華麗に(?)躱すのですが、ヤングブラザー視点で言うと、後に彼が影響を受ける「闘う女性」エマとの対比で、男を虜にする美という伝統的女性の価値を体現する人なのかなと思いました。

啓蒙活動家ブッカー・T・ワシントンはEXILEのネスミスさん。めっちゃええ声で、歌のシーンはほんの一部ですが、印象に残ります。コールハウスからも尊敬される黒人で、黒人の闘争の歴史を踏まえ、その1つの結論としての寛容を説く人。

女性アナーキストのエマ・ゴールドマンは土井ケイトさん。思想がはっきりした気の強い女性。一番の見せ場は演説シーンですが、ターテとの出会いのシーンも、静かながら強い印象を残すところ。

アンサンブルの人数も多く、シーンごとに各集団を演じ分けられているのがグランドミュージカルという感じで大好き。アンサンブルメンバーでは、一幕ラストでサラの友人としてゴスペルを歌う塚本直さんが特に印象的です。

総括

テーマそのものは日本人には中々馴染みのないテーマではありますが、社会の分断と調和というテーマ自体は、パンデミックや様々な社会変化を経ている現代の日本人にも、感じ得るところはあると思います。

また、終演後の初日挨拶で石丸さんが言っていましたが、テーマもさることながら音楽がとにかく素晴らしい作品。視覚的効果もたくさんありますが、耳だけでも楽しめると言っても過言ではないほど、本当に音楽がステキ。
ちなみに挨拶冒頭で珍しく(?)、石丸さんが噛み噛みやったのも別の意味で忘れられません。

作品自体は海の向こうで四半世紀も前に作られたもの。日本で上演するにあたり、世界初演からこれだけの時間を要したのは、テーマの難しさもあって困難があったのかなと想像するのですが、こういう作品が日本でも広まり、受け入れられ、何度も上演されたらいいなと思いました。あとぜひ、円盤化をば…!!

しばらく余韻を楽しめそうです。カンパニーに賛辞の拍手を!無事に名古屋まで千穐楽を迎えられますように。このステキなRagtimeが多くの人の耳に届きますように。そして世界から少しでも悲しい差別がなくなりますように。

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